なぜ私は、すぐに答えを出さないのか【コンサルの視点23】

M&Aの最終契約を締結し、株式や事業の引き渡しが完了すると、経営者はひとまず大きな仕事を終えたように感じます。
しかし、中小企業のM&Aでは、成約しただけで目的が達成されるわけではありません。むしろ、二つの会社をどのように動かしていくかという、本当の仕事がここから始まります。
買収した会社の社員が相次いで辞める。取引先が不安を感じて離れていく。新しい方針が現場に伝わらず、以前より仕事が進まなくなる。
こうした問題の多くは、買収の判断そのものではなく、成約後の進め方に原因があります。
M&Aの「成立」と「成功」は違う
M&Aの契約が成立した段階で変わるのは、主に会社や事業の所有関係です。
一方、社員の意識、仕事の進め方、取引先との関係、社内の暗黙のルールまで、その日を境に切り替わるわけではありません。
買収側の経営者が「今日から同じ会社なのだから、同じ方向を向いてほしい」と考えても、譲渡側の社員は、次のような不安を抱えています。
- 自分の雇用や給与はどうなるのか
- これまでの仕事のやり方は否定されるのか
- 誰の指示に従えばよいのか
- 前の経営者はいつまで会社にいるのか
- 会社名や職場、取引先との関係は変わるのか
説明がないまま時間が過ぎると、社員は限られた情報から自分なりの答えをつくります。事実ではない噂が広がり、将来への不安から転職を考える人が出てくることもあります。
M&Aの成立は法律上・財務上の節目です。
しかし、現場にとっての統合は、そこから少しずつ始まるのです。
成約直後に起こりやすい三つの混乱
M&A後の現場では、特に次の三つの混乱が起こりやすくなります。
1.誰が決めるのか分からない
新しい経営者、旧経営者、既存の管理職の関係が曖昧だと、現場は誰に確認すべきか判断できません。
旧経営者がこれまでどおり指示を出す一方で、買収側から別の方針が示されれば、社員は板挟みになります。
小さな判断にも時間がかかり、責任の所在も不明確になります。
2.何が変わるのか分からない
経営者が「当面は何も変えません」と説明しても、社員の不安がなくなるとは限りません。
社員が知りたいのは、「当面とはいつまでか」「何を検討しているのか」「変更するときはどのように知らせるのか」という具体的な見通しです。
決まっていないことを無理に断言する必要はありません。
ただし、決まっていないことも含めて、現在の状況を説明する必要があります。
3.買収側の改革が先行する
買収側から見ると、譲渡側の業務には非効率な部分が多く見えることがあります。
そこで、会計、勤怠、会議、稟議、営業管理などの仕組みを一気に変えたくなります。
しかし、現場を十分に理解しないまま制度を変更すると、必要な業務まで止めてしまうおそれがあります。
一見すると非効率な手順にも、顧客との約束や過去のトラブルへの対応など、何らかの理由があるかもしれません。
変える前に、その仕組みが担ってきた役割を確認することが大切です。
最初に必要なのは「改革」より「把握」
中小企業庁は、PMIを「M&Aの目的を実現させ、統合の効果を最大化するために必要なプロセス」と説明しています。
また、PMIを進める実践ツールとして、次の三つを公表しています。
- PMI分析ワークシート
- PMIアクションプラン
- 統合方針書
このうち、最初に使う分析ワークシートでは、M&Aの目的と譲渡側企業の現状を確認し、優先課題と対応方針を整理します。
つまり、行政のガイドラインも、成約直後から何もかも統一することを求めているわけではありません。まず目的と現状を確認し、それから優先順位を決めるという順序です。
参考:中小企業庁「PMIを実施する」
M&A後、最初に確認したい五つのこと
成約後の経営者は、少なくとも次の五点を確認する必要があります。
1 今回のM&Aは何のために行ったのか
売上拡大、人材獲得、技術承継、商圏拡大、事業存続など、目的を明確にします。
2 事業を止める可能性のある問題はないか
資金繰り、主要取引先、未処理のクレーム、許認可、システムなどを確認します。
3 誰が会社を実質的に支えているか
役職だけで判断せず、顧客関係、技術、業務、人間関係の要となっている社員を把握します。
4 社員は何に不安を感じているか
全体説明だけでなく、管理職や主要社員との個別面談も必要です。
5 今すぐ変えることと、しばらく変えないことは何か
緊急性と影響度を考え、変更の優先順位を決めます。
ここで重要なのは、すぐに答えを出すことではありません。分からないことを把握し、確認する順番を決めることです。
「100日」は統合を終わらせる期限ではない
本連載では、M&A後の最初の100日間を一つの区切りとして扱います。
ただし、100日ですべての制度や組織を統一するという意味ではありません。会社の規模やM&Aの目的によっては、統合に一年以上かかることもあります。
最初の100日で目指したいのは、次のような状態です。
・M&Aの目的が経営陣で共有されている
・重大な経営リスクが把握されている
・社員が今後の見通しを理解している
・誰が何を決めるのか明確になっている
・優先課題と担当者、期限が決まっている
100日間は、統合を完了させる期間ではなく、会社が新しい体制で前に進める土台をつくる期間なのです。
成約後こそ、経営者の姿勢が問われる
M&A後の社員は、新しい経営者の言葉だけでなく、行動をよく見ています。
自分たちの話を聞いてくれるのか。これまで積み重ねてきたものを尊重してくれるのか。問題が起きたときに責任を持って判断してくれるのか。
買収側が最初から正解を持っている必要はありません。大切なのは、分からないことを分からないままにせず、社員と対話しながら事実を確かめる姿勢です。
M&Aは、会社を「買って終わる」取り組みではありません。引き継いだ会社の人、事業、取引関係を生かし、当初の目的を実現して初めて成功といえます。
その第一歩は、大きな改革を打ち出すことではなく、現場を知ることから始まります。
次回は、「PMIとは何か」を中小企業の経営者向けに分かりやすく解説します。


