価値をつくるプロセスにこだわる お客の支持を得て継続発展するスーパーの作り方
まず「安さとは何か?」を考えることから始める必要があります。
お客が「安い」と判断する場合、絶対的な安さと相対的な安さがあります。絶対的な安さは、競合店の売価に対して、自店の売価が比べられるときの価格です。一方、相対的な安さとは、「この商品価値なら納得の価格」と言うように、お客がその商品の品質と売価に対して値ごろを感じるような価格を指します。絶対的な安さには顧客の認識において個人差はありませんが、相対的な安さには顧客個人の価値観が反映され、個人によって「安さ」の意味は変わります。「ポジショニング戦略」はこの顧客の価値観の差異を狙ったものです。
さらに注意が必要なのは、売る側の「安さ(値ごろ感)」と、お客の考える「安さ」には、ギャップがあるということです。それを理解することが大事です。
お客は「売値」と「価値」とのバランスを賢く判断して、購買を決定しています。大まかに言えば、どこの店でも売っているナショナルブランド商品やコモディティ商品は、低価格を提示せざるを得ません。一方、ローカル商品やこだわり品、ノンコモディティ商品などは、その価値をお客に伝えて、価格の妥当性や値ごろ感を訴えることが重要となります。
「よその売価なんか見るな!」
私はクライアントに「よその売価なんか見るな!」と指導しています。
これは主に野菜や鮮魚など生鮮部門についてのことです。この言葉の真意は、価格ではなく、お客に提供する商品の価値を優先して考えるようになってもらいたいというところにあります。
売価を先に考えると当然、競合店のことが気になります。しかし、本当に考えなければならないことは、ターゲット顧客に対して「お客のためになる商品は何か」を問い続け、そうした商品を選定して提供することです。
きれいごとを言っているのではありません。私の指導しているあるローカルスーパーマーケット企業は、実際にそのような取り組みを行った結果、昨年の夏と冬に臨時ボーナスを出すことができるほどの成果を上げました。
この企業の出店エリアには、この2年ほどで上場企業のドラッグストアが、至近距離に3店舗も出店してきました。しかも野菜や果物、肉などを取り扱っています。このドラッグストアに今まであった競合店を加えると、5店舗の店と競合することになったのです。
1店舗目の出店がわかった時点で、あらためて店舗コンセプトと行動指針を立てました。その時に私がクライアントに言った言葉が、「よその売価なんか見るな!」です。「鮮度と味で、地域ダントツ1番を目指そう」という意味です。顧客にとって、本当に「お得で良い買物をしてもらう」ための施策を考えようと指導したのです。
さらに「グロサリーの売上げと粗利益は、毎年下がる」と付け加え、「他店で売っていない、良いものを売ろう」ということを考えて実践に移しました。
競争で苦しんでいる店舗には、基本的にこのことを理解してもらいたいと思います。
フロントエンドとバックエンドの「値ごろ感」
実践的なマーケティングには、フロントエンドとバックエンドの取り組みがあります。
フロントエンドは、お客の支持率の高い商品を低価格で販売することや、楽しいイベント企画などを新聞折り込みチラシ、あるいはインターネットやアプリなどの広告媒体を使って、商圏内の潜在顧客に訴え、集客率を高めるという手法です。来店客数を増やすことを目的としたマーケティングの仕組みのことです。
一方、バックエンドは来店したお客に、粗利益がしっかり確保できる商品やサービスを買ってくれるようにする仕組みのことを言います。バックエンドのマーケティングは、商品自体の価値やお客がそれを買う(使う)ことによって得られるベネフィットを、効果的に価値情報としてお客に伝えることが重要になります。
フロントエンドとバックエンドは、昔から商売で言われている「損して得取れ」に近いものです。お客はその店の安さと値ごろ感を体感することになります。フロントエンドの「低価格」とバックエンドの「価値」を効果的に使い分けることによって、自店の営業戦略モデルを完成させていくのです。これは集客率と買上率を高めることにつながります。
ピーター・ドラッカーの有名な言葉に、「マーケティングはセールスを無用にする」というフレーズがあります。これを実践的に言うと、「売れてしまう仕掛け(仕組み)をつくる」ということです。
このときに重要なのが、インストアマーケティングとしてのPOPや試食、陳列演出などのプロモーションです。
2つのマージンミックスを戦略的に活用する
ドラッグストアはOTC医薬品や化粧品、食品や日用品を販売するに当たって、マージン(粗利益率)ミックスの技法を取り入れています。これは1930年、米国でスーパーマーケットを登場させたマイケル・カレンの原則です。
たとえば食品を集客装置と位置づけて低粗利益率にしても、他の商品で利益を稼ぐことができます。それが現在の日本ではドラッグストアなどで展開されている方法です。スーパーマーケットも、もっともっとマージンミックスを戦略的に、科学的に行えばいいのです。そのために「うちの会社は、どのような形が考えられるか」を真剣に考えることです。
ここでいうマージンミックスは、大きく2つに分けて考える必要があります。第1は、一般的に単品粗利益をコントロールするマージンミックスで、第2は部門別損益をコントロールするマージンミックスです。
第1は、カテゴリーや単品のマージンミックスです。競合店の「安さ」に対して、自店の強みを活かしながら、お客に対して低価格を打ち出すカテゴリーや単品と、確実に粗利益を稼ぐカテゴリーや単品とに分けて運営し、全体の粗利益率をコントロールします。顧客に安さや値ごろ感を感じさせるためには、原則的で有効な施策です。
具体的には、たとえばナショナルブランド商品や卵など、支持率(PI値)の高い商品(カテゴリー)の低価格を打ち出して、その他の商品やカテゴリーで粗利益を確保して、全体の粗利益高(率)予算を確保するというやり方です。いわば当たり前の手法ですが、これを丁寧に1カテゴリーごとに、あるいは1単品ごとにやり切るのです。
商売上手と言われる企業は、実に丹念にマージンミックスを施しつつ、逆にわかりやすい価格設定をしています。大阪の万代や東京のオオゼキの商売のやり方がそれです。
全体的に安さイメージをポジショニング化した企業が、このマージンミックスを導入すると、劇的な効果が得られます。
自社独自のMD力を活かした戦略的部門ミックス
しかしこれだけでは限界があります。競合店もやや粗雑ではあっても、同じようなことをやってくることが十分予想されるからです。
これに対して、第2の戦略的なマージンミックスは、部門別損益を大胆に活用したマージンミックスです。部門別損益をより厳密に算出して、各部門の営業利益に意図的に差異をつけるのです。より戦略的なやり方であり、商圏内で自店のポジショニングを設定するうえでも、重要な作戦となります。
わかりやすく言えば、人件費を含むすべてのコストを「ケチる部門(カテゴリー)」と「カケる部門(カテゴリー)」に分けます。また、粗利益を稼ぐ部門と、低値入れで低価格を打ち出す部門とに分けます。先のドラッグストアの戦術がこれです。大胆にこのマージンミックスを展開することによって、お客が感じる劇的な安さを実現させるのです。
戦略部門の設定は、自社のマーチャンダイジングや仕入れと調達の強みによって、あるいは自店の置かれた競争状況や、また各部門の営業利益の状況などによって、選択する政策は異なります。
ドラッグストアをターゲットにした場合のスーパーマーケットならば、大まかな話になりますが、洋日配や加工食品などの価格設定は中立化を意識して、ドラッグストアの売価に近づけます。ドラッグストアの売価を大きく下回ってしまうような売価設定をすることによって、相手を刺激して、地域ぐるみの価格消耗戦になっては意味がありません。とくに相対的に資本力の小さい企業は、絶対に避けるべきです。
他方で、加工作業がないグロサリー部門は、店舗レイアウト、陳列什器、陳列作業などを見直し、ランニングコストを計画的に低減するための改善活動が重要になってきます。
生鮮部門に関しては、相場変動の激しい野菜など、支持率の高いカテゴリーの値入れを抑えて低価格で販売します。集客効果もあり、成果は大いに期待できます。また惣菜部門や日配部門は、1品から、1カテゴリーから、一つひとつ差別化商品をつくり上げていけば、一定の値入れを担保することができます。
このように部門別の営業利益の大胆なマージンミックスを行って、自社独自の営業戦略を構築します。これらは、お客に対して「安さ」を打ち出しつつ、「味」や「鮮度」を高めていくことです。前向きにコツコツと仕事をすれば、良い循環が生まれます。そのようにトップは戦略を定めることです。
言わずもがなの生鮮強化とFLコスト削減
低価格販売を実現するためには、継続的に実行可能な仕組みをつくり上げねばなりません。相対的なローコストオペレーションを実現して売価を下げるという「正しい手順」を組み、実行することが重要です。目先の売上げを追うような単なる安売りは、確実に会社の体力を低下させることになります。
たとえば、2019年度のコスモス薬品の粗利益率は19.9%で、販売管理費率は15.9%となっています。営業利益率は4.1%です。そして食品の売上構成比率は56.3%です。
販売管理費率の高いスーパーマーケットにとって、このような店舗が近くに出店すれば脅威以外のなにものでもありません。とりわけ生鮮部門が強くない店舗は、コスモスをはじめとするドラッグストアとは戦えません。
スーパーマーケットやそれを内包する総合スーパーが生き残るためには、生鮮部門の活性化は必須であり、最重要課題です。しかしそれとても必要条件に過ぎません。必要十分条件ではないのです。
一方、コスト削減については、人件費、販促費など損益計算書の経費のすべてが例外なく対象になります。その中でも経費率が圧倒的に高いのが人件費です。作業種類の削減や作業訓練、それらの仕組みの見直しなどによって、投入人時のムダをなくして、生産性を高めていくことが、コスト削減では一番貢献度が高く、優先すべきことです。
たとえば、FLコストを考慮に入れて現場作業の改善を図ることは、効果的です。FLコストのFはFood(食材費)、LはLabor(人件費)です。食材原価と人件費を足した経費です。飲食業界で使われる数値ですが、小売業界やスーパーマーケット業界でも使うと便利です。
商品原価だけでなく商品加工や陳列など、入荷からお客が買い上げるまでに、それぞれの単品に対して掛けている(掛かってしまっている)人件費(投入作業人時)の総和を低減させるという考え方です。FLコストの概念を持つからこそ、フードサービス業では早期からセントラルキッチンを導入しました。食品小売業でも惣菜のセントラルキッチンや生鮮のプロセスセンターを活用する企業が増えていますが、これはFLコストの戦略によるものです。そしてFLコストを下げることができれば、単純に売価を下げることが可能になります。
またチラシ広告などの広告費用とその効果測定も重要です。カラー刷りできれいなチラシをつくっても、集客率が低ければムダな経費を使っていることになります。
このように、経費比率の高い項目について重点的に費用対効果を測定することが重要なのです。
※「FLコスト」に関しては、商人舎WEBコンテンツ2020年1月号で解説しています。
価格だけの顧客を相手にしたら儲からない!
「お客は、価格だけを見て買物をしているのではない」ということを正しく理解することが重要です。競争が激しいからといって、利益の伴わない短期的な安売りをするようなことは絶対に避けるべきです。
日本の多くのスーパーマーケットは、生産性が低いと断定できます。逆に言えば、コツコツと業務改善を行って、ムダなコストを削りながら生産性を高めることは十分可能であり、そのための方法はいくらでもあると言っていいでしょう。
価格競争を考えているだけでは、会社の存続はありません。これは大手企業も例外ではありません。また低価格だけを重視するお客を相手にしていては、ビジネスは成り立ちませんし、儲かりません。
競争上、必要最低限の低価格戦略を行うことはやむを得ませんが、「価格以外の価値」に焦点を当てて、店舗コンセプトを見直し、戦略的な売場づくりを考えるべきなのです。
■月刊商人舎[電子版]の記事は、こちらからご覧になれます↓
月刊商人舎 新谷千里の「お客と社員に支持される生産性向上策」
新谷 千里(しんがい・ちさと)Profile
スーパーマーケットの業務改善のコンサルタント。20年以上にわたって、100社以上の業績向上を実現している。「営業利益を2倍にする」ことを念頭に、生産性アップのためのオペレーションと仕組みの改善を指導する。また「売れる」「売れてしまう」、実践的マーケティング戦略と売場づくりを、現場起点で総合的にコンサルティングする。とくに高い鮮度と味を実現して、お客さまに提供するための作業と仕組みづくりは、科学的で高い実績を上げている。