生産性を上げる、戦略的人事考課 【商人舎magazine12月号】原稿
従業員の残業が減らない。サービス残業がある。
そして、長時間労働など、労務管理で悩んでいるスーパーマーケットの経営者や管理職の方も多いのではないでしょうか。
私の知っている企業の中にも、労働基準監督署の指導を受けた(受けている)企業が少なく有りません。
これらの問題は、従業員の労働時間をカットすれば解決するという簡単な問題では有りません。
現場の人時削減は、売場の出来栄えやサービスレベルに関わり、売上や粗利益に関係する重要で複雑な問題です。
また、やり方を間違えれば、現場の士気の低下を招く場合もあるデリケートな問題です。
枝葉末節的な対応策では、問題は解決しません。
企業は、問題の根幹の部分に手を打ち、真に生産性を上げるという視点を持つことが重要です。
今回も、全号に続き、弊社クライアント(以下A社)の事例を紹介しながら、問題の解決策の一つを紹介していきます。
その全てをお伝え出来ませんが、重要で皆さんの参考になると思われるユニークな部分をお話しして行きます。
従業員の時給は低いのに、会社の人件費率は高い
「従業員一人ひとりの時給は高くないのに、会社の人件費率が高い」という企業の事例が多く有ります。
これは、地域の競合他社に比べて、自社の従業員の時給が低い。新規募集の際、提示する時給が地域の他社企業に比べて低い。
そして、その割には売上に対する人件費率や、粗利益高に対する人件費(労働分配率)が高い。ということです。
あなたの会社は、どうでしょうか。A社は完全にこのパターンでした。
A社では、決められた契約時間内でキッチリと勤務している従業員もいる反面、「人がいない」「忙しい」と言い訳をして、ダラダラと残業をしているベテラン従業員がいました。
正にA社は、無法状態で人時管理がされていませんでした。
そして、この状態に、不公平感から不満を口にする従業員も多くいました。
会社が現場の管理を怠ったまま何年も経ったある日、長時間労働やサービス残業などから、労働監督署の指導を受けるという結果になってしまったのです。
原因は、幾つも有ったと思いますが、労務管理の問題に対して、具体的な手を打ってこなかったことや生産性向上のための努力を行ってこなかったことが基本的な原因です。
A社には、社会保険労務士も入っていましたが、根本の解決をすることなく、対処療法を繰り返すことに終始していたようです。
しかし、人手不足や求人難、そして、賃金の上昇と問題は深刻化していきます。
また、業態を超えた競争が益々厳しくなってくる現実の前に、今までの様なやり方を続けていては、会社の存続にも影響しかねません。
クリアしなければならない課題の洗い出し
A社の場合、法令順守や生産性向上、従業員の働き方など、改善しなければならない問題が山積していました。
しかし、大きな問題に直面しなければ、会社も従業員もなかなか意識を変えられません。このピンチをチャンスに変える絶好の好機で有ることも確かだったのです。
①残業を無くすためには?
②労働時間を短くするためには?
③時給を上げてやるためには?
④人件費を増やさないためには?
⑤売場の品質レベルを低下させないためには?
⑥サービスレベルが低下しないためには?
そして、出来るならば、
⑦社員のやる気を引き出すためには?
など、クリアしたい課題を洗い出しました。
出来れば、全てをクリアできる方法は無いかと考えます。
この様な場合重要なことは、会社と従業員、そして顧客を、Win-Win-Winの関係になる方法が無いかを考えることです。
「地域で一番働きたい会社、No.1を目指す!」
先ず業務改善には、コンセプトが重要です。
今までのやり方に対す小手先の改善ではなく、近い将来、どういう状態になりたいか(してあげたいか)をイメージすることが重要です。
A社では、「地域で一番働きたい会社、No.1を目指す!」と決めました。
そのためには、
1.「賃金を上げてあげる」ための仕組みづくりに全力をあげる
2.「やる気の出る」コミュニケーションを取ることに努力する
3.「躾のできた、素晴らしい人財」をスカウトする
4.「素晴らしいサービスを提供し続ける」ためのマニュアルを作成する
5.「人を育てる」ことを戦略的に継続して行う仕組みを作る
6.「やる気の出る」人事考課制度の確立を行う
そして、そのためには、
①会社が目指したい『有るべき形』の教育
②法令とその順守のための教育
③やる気の出る人事制度の確立
ex.オープンで公平な人事制度
ex.スキルアップ計画
④戦略的且つ公平な人事考課制度の確立
などが必要であると考えました。
その中で、実施したユニークな施策の一つが、『残業時間削減プロジェクト』プロジェクトです。
「給料は下げないから、残業を止めてくれ⁉」
「残業を減らせ」と言ったところで、すぐに改善できるとは思えません。
A社では、残業を当てにして、生活設計を立てている従業員も少なくありませんでした。会社側もそれを事実上何年も容認して来ています。
また、会社側もこれまでの長い間、改善の努力を怠ってきたのですから、いきなりきつくも言えません。
そこで考え付いたのが、『残業時間削減プロジェクト』です。
このプロジェクトの重要なポイントは、
1.従業員側のデメリットを極力出さないこと
そして、
2.。会社側にとっても大きな損出にならないこと
です。
私は、オーナーと話をして、全従業員の給与の保証をお願いして、了承してもらいました。
そしてその後すぐに、A4サイズ2枚にその説明内容を記したコピーを作成しました。
全従業員に対して、数回に分けて集まってもらい、直接説明会を開きました。
説明会の冒頭では、オーナーから、「地域で一番働きたい会社、No.1を目指したい」という思いを語っていただきました。
そして私が、今回の取り組みについて、具体的に説明をしていきました。
<プロジェクト要旨説明文の一部分>
「1.全従業員の残業時間を削減します。(業務命令)」
「2.上記1による、残業時間削減分の各個人の全支給額(月給)のカットは、原則致しません。」
と、一文ずつ補足を入れながら説明していきました。
全員がしっかり私の方を向いて、話を真剣に聞いてくれています。
自分の残業時間が減っても貰える給料の額が変わらないのですから、興味が湧かないわけが有りません。説明が終わってから、従業員の方から幾つかの質問を受けましたが、説明会は大きな問題も無く無事終了しました。
「給料は下げないから、残業を止めてくれ⁉」
絶対に外してはいけないことは、会社も従業員も、『生産性を上げる』という考え方の共有と、それを実現するための確実な行動です。
個々の従業員が、活動の意味を正しく理解していないと、望むべき結果は得られません。
ビジネスを遣っているのか、業務を遣っているのか、はたまた、作業をこなしているのか。
仕事と言っても、その内容と貢献度は、人によって全く違います。求められる成果も違ってきます。
どちらにしても、一人時当たりの付加価値(粗利益)が生産性です。それを上げることが求められます。
特に現場では、「投入した人時に対して、どれくらいの付加価値を生んだのか」ということが重要になってきます。
「時間の長さではなく、時間の質で働いてくれ⁉」
「ただ無駄に消費した時間に対してお金は払えない」という旨を全従業にハッキリ伝えました。
そして、「今後は、勤怠管理やそのルールの順守についても、人事評価をする」という旨を各リーダーにも伝えたのです。
そして、「営業利益が拡大出来れば、貢献度に応じて分配する」ことも付け加えました。
残業ゼロ、週40時間、週休2日を目指す
それぞれの目標やゴールの設定も重要になります。
残業を無くすことや休みをちゃんと取ることなどの目標。
そして、週40時間勤務、週休2日を実現するといことがゴールです。
A社の現場では、4週6休もまともに取れていない状態でしたので、先ずはそれをクリアすることを第一の目標にしてもらいました。
月間の稼働計画(日別・出退勤計画)を作成して、日(曜日)別・個人別出退勤とその合計人時を集計し、月次の予算化をしてもらいました。
また、有休についても、その消化率には個人差が大きく、課題の一つでした。
各部門のメンバーで協力してアイデアを出しながら、日々コミュニケーションを取って、改善に取り組んでもらいました。
目標を明確に打ち出すことによって、次第に互いの無駄な気遣いや、お互いの遠慮も無くなり、休みの取得は早期に改善に向かい、連休取得も問題なく進められていったのです。
当初考えられた、売場づくのやサービスレベルの低下という問題も、実行直後には小さな問題も発生しましたが、時間の経過とともに改善され、「その為の工夫(協力)をする」という考え方が全体に根付いてきました。
まだ、週休2日に向かって、完全ではないのですが、確実に実現の方向に向かっています。
改善を『根付かせる仕組み』を作る
改善活動を行う上で重要なことは、継続して出来る『仕組み』にすることです。
その中でも効果的なことが、「会社の戦略や方針を人事考課と結びつけること」です。
人事考課の具体性については、他の機会にご紹介しますが、今回のA社の事例のポイントをご紹介します。
人事評価と聞いて、売上や粗利益などの業績の部分を頭に浮かばれる人が多いと思います。確かに実績は重要で有るのですが、それは過去のものでしかありません。
会社のこれからを見せてくれるものではないのです。
重要なことは、従業員が、
「何をすれば、認めてくれるのか」、
「何をすれば、褒められるのか」。
そして、
「会社は、何処に向かっているのか」
ということを、明確に、そして、より具体的に説明し、共有することです。
そして、今後、何を評価するかを解りやすく教えることです。
言うまでも有りませんが、お客のための品揃えやサービスの質を高めて行くことです。
そして、それと並行して、生産性やリーダーシップについても教えていく必要が有ります。
幾ら良い戦略や方針を立てても、その為のプロセスが実行されなければ、何の効果も得られませんし、会社は強くなれません。
1人ひとりの従業員が、日々細かい努力をしてくれなければ目標は達成できません。当然目指すゴールには近づけません。
「遣っても褒められない(評価されない)」のであれば、そのうちだれも遣らなくなります。
ですから、人事考課の中に、業績+プロセス(行動)の評価システムを作ることが重要であり、効果的なのです。
トレードオフ(片方を立てれば、片方が立たずの状態)ではなく、方針(会社)と評価(従業員)のWin-Winの関係の仕組みを作るのです。
そういう意味では、現場だけではなく、人事部もそのための努力をすることが求められます。人事部の仕事は、給与計算や新規募集、人事評価を遣っていれば良いということではありません。
今後会社が目指す方向性や目標、そして、それを実現のするために、社員に求めるものを見える化して、社員のモチベーションを向上させる様な、戦略的に考えられた人事考課制度の確立が求められます。
A社では、社会保険労務士の方にも手伝っていただき、人事考課制度の策定と運用を行っています。併せて、法的、社内的ルールの教育など行い、仕組みを作り上げていき、確実に運用出来るようになって来ています。
限界は、リーダーの頭の中に有る
悩んでいるだけでは何の解決にも繋がりません。
特に、労務管理に関わる問題は、先延ばしにしていると、会社の大きな損出を招くことにもなります。
労働条件(環境)の悪さによる採用難や離職率アップなどの問題。更には、法令違反などによる訴訟やブラック企業認定など、大きな問題に発展して、会社のブランド価値は低下して、業績に大きなマイナスが起こる可能性が有ります。
人手不足だと言っている会社でも、実際に現場を確認してみると、単に、「作業のやり方進め方が悪い」とか、「生産性を上げるという概念が無い」という場合が、多く有ります。
少し改善すれば、ほとんど問題が無くなるという事例が少なくないのです。
そして、「うちの様な小さい会社では・・・」とか、「組織が大きくなりすぎて・・・」という、経営者や経営幹部の意見もよく耳にします。ハッキリ言ってこれは、リーダーの言い訳です。
勝手に、自分たちで限界を決めてしまっているのです。このようなリーダーのチームの場合、改善の方向に進むことはまず考えられません。
小さいから、スピードをもって変化することが出来ます。
大きければ、組織力を使って、戦略的に、確実に変化することが出来ます。
方法は、幾らでも有るのです。
事実A社も、特別に優れた人が社内に揃っていたわけではありません。
コンセプトを立てて、一歩前に踏み出して、少しずつ確実に実行しただけなのです。
「従業員に良くなってもらいたい」
「会社を良くしたい」
という思いの強さが、無駄の少ない行動を起こさせるのです。
可能性は、どんな企業にも有ります。そして、時間は、全ての企業に平等にあります。
結果を変えるのは、「どう考えて、どう行動するか」という、リーダーの強い思いです。
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