大人ピアノ指導法:大慌ての「ペダル演奏」
人より進みが遅いと感じる方へ
講座では、どうしても「みんな同じように進む」というわけにはいきません。
誰かと比べているつもりはなくても、「自分がいることで皆さんの進みを遅くしてしまっているのではないか」と感じておられる方は、実は少なくありません。
以前、Kさんという方がいらっしゃいました。
Kさんも、まさにそのようなお気持ちを抱えておられたお一人でした。
ある日、Kさんがこんなふうにおっしゃったのです。
「先生、皆さんはもう“タラリラ伴奏”を始めておられるのに、私はまだ一本指なんです。私なんかがいると、皆さんも進みにくくないですか?」
私は当初、多くの先生方と同じように、
「そんなことないですよ、大丈夫です」
とお返事していました。
もちろん、心からそう思っていました。
けれど今振り返ると、その言葉はKさんの心を本当の意味で軽くするものにはなっていなかったのだと思います。
ある日、講座の帰りにKさんをご自宅までお送りしたことがありました。
その坂道で、Kさんがぽつりぽつりと本音を話してくださいました。
「私は、ダンス教室に行っても、料理教室に行っても、人より遅いんです。何をしても覚えるのが遅くて、仕上げるのも遅いんです」と。
そして、これまでにも先生に申し訳ない気持ちを伝えたことはあったけれど、「大丈夫ですよ」と軽く返され、そのたびにしんどい思いだけが心に残っていたこと。
次の教室へ行ってもまた同じ思いを重ねてしまい、その積み重ねがとてもつらいこと。
「いっそのこと、全部やめてしまおうかと思う。でも、生きている限り、何かをやっていたいんです」
そう打ち明けてくださいました。
その時、私は初めて深く気づかされました。
ただ「大丈夫ですよ」と伝えるだけでは足りないのだ、と。
それ以来、私は“事実”をお伝えするようにしました。
「そうですね、今は皆さんが“タラリラ伴奏”に進んでおられるかもしれません。でも、Kさんは一本指で弾けていますよね。しかも、前は右手だけだったのに、最近は左手も“ポーン”と入れられるようになられました。それは本当に素敵な進歩ですよ」
そうして、できたことを一緒に確認し、言葉にするようにしました。
曲の上の余白に、その日“できたこと”をKさんご自身で書いていただくのです。
私はその横で、それを見守ります。
レッスンではつい、
「ここに気をつけましょう」
「ここは次回の課題ですね」
というように、できていないことに目が向きがちです。
もちろんそれも必要です。
けれど、できたことを自分で書き留め、それを目で見て確かめることは、それ以上に大切な場合があります。
ページをパラパラとめくった時に、「できたこと」が目に入ってくる。
その積み重ねが、ご本人の心を支え、自信へとつながっていくのです。
不思議なことに、それ以降、Kさんの表情は少しずつ変わっていかれました。
私はこの経験から、あらためて大切なことを学びました。
進みの早さは、人それぞれです。
急がせないことはもちろん大切です。
でもそれ以上に、その方の“良いところ”や“できるようになったこと”にしっかり着目し、言葉にして伝えること。
それが、学ぶ力を支え、前へ進む力になるのだと思います。
どうか、進みが遅いことを責めないでください。
大切なのは、昨日の自分より一歩進めたかどうかです。
その一歩を、これからも丁寧に見つめていきたいと思います。


