【第2部】毎月勤労統計を解き明かす~賃金・雇用の実態と中小企業が直面する財務と労務の課題~

江崎充豊

江崎充豊

テーマ:経営


 こんにちは、マネジスタ湘南社労士事務所です。

はじめに

 第1部では、令和7年度の毎月勤労統計調査から、日本の賃金動向を説明しました。
名目賃金が2.5%増加している一方で、物価高により実質賃金はマイナス0.5%という、企業にとっても従業員にとっても苦しい状況となっています。
 第2部では、このデータを「賃上げ要因の分解」や「規模間格差」という観点から、中小企業が直面している財務面・労務面の課題について整理します。

賃金上昇の構造を解剖する:「要因分解」が示す企業の苦悩

 厚生労働省が公表した「賃金の前年度比の要因分解」データを見ると、今回の名目賃金2.5%増の「内訳」が分かります。ここには、中小企業の経営を圧迫する構造変化が隠されています。

年度名目賃金前年比一般労働者の寄与(内訳:所定内 / 特別)パートタイム労働者の寄与パート比率の寄与
2024年度+3.0%3.15(1.66 / 1.36)0.39-0.54
2025年度+2.5%2.63(1.85 / 0.70)0.21-0.38

【財務×労務の分析ポイント】
1.基本給(所定内給与)の引き上げが主因
 一般労働者の寄与度のうち、所定内給与(基本給や諸手当)が「1.85」と前年(1.66)より拡大しています。
これは、一過性の賞与ではなく、一度上げたら下げることが極めて難しい、企業の固定費となる「ベースアップ(ベア)」や定期昇給が着実に進んだことを意味します。

2.賞与(特別給与)の伸びは大幅鈍化
 一方で、賞与の寄与度は「0.70」と、前年の「1.36」からほぼ半減しました。業績の先行き不透明感から、固定費(基本給)を上げざるを得ない反面、変動費(賞与)を削ることで、なんとか総人件費のバランスを取ろうとする企業の苦悩と対策が見て取れます。

 さらに、労働市場全体におけるパートタイム労働者の比率が 31.39%(前年度比 +0.38ポイント) と上昇を続けています。企業が人件費の柔軟性を確保しようとする動きの表れですが、相対的に賃金の低いパート比率が高まることで、全体の平均賃金を押し下げる構造(押し下げ効果 ▲0.38)が働いています。
これは、「正社員を採用したくてもできないため、パートで枠を埋めている」という中小企業の現場の実状を表してます。

「規模間格差」という中小企業の構造的危機

 注意すべきは、事業所規模別の「格差」データです。大企業と中小企業の差は、想像以上に広がっています。

企業規模、格差現金給与総額、差異
事業所規模30人以上現金給与総額 410,814円(前年度比 +2.8%)
事業所規模5人以上(中小零細含む)現金給与総額 357,979円(前年度比 +2.5%)
絶対格差月額 52,835円(年間で約63万円の差)

(出典:厚生労働省「毎月勤労統計調査 令和7年度分結果確報」)

 賃金の「絶対額」で月5万円以上の差があるだけでなく、「賃上げの伸び率」でも大中規模企業(+2.8%)に劣後(+2.5%)しています。
これは、「大企業との人材獲得競争における格差が、現在進行形で拡大している」 という事実を示しています。
ハローワークに求人を出してもなかなか応募がない理由は、この差にあります。

【財務面の課題】弱まる資金創出力と、借入返済の圧力

 大企業に比べて中小企業は売上高人件費率が高く、手元キャッシュ(内部留保)の厚みも違います。さらに、原材料費やエネルギーコストの高騰分を取引先に求める「価格転嫁力」が弱いため、人件費の上昇がそのまま企業の営業キャッシュフローを直撃します。
 人件費という「固定費」の上昇は、利益(資金創出力)の減少を意味します。かつてコロナ禍で原資を借り入れた「ゼロゼロ融資」の返済が本格化する中、本業のキャッシュフローが縮小すれば、金融機関からの追加融資などの交渉も厳しくなります。

【労務面の課題】属人化とモチベーションの低下

 データが示すもう一つの真実は、中小企業は「賃金水準は大企業より低いのに、労働時間は決して短くない」という点です。時間当たりの生産性が低いために、労働時間を削れず、賃金も上げられないという悪循環に陥っています。
 また、日々の業務に忙殺されるあまり、「リスキリング」や能力開発、社内研修への投資が後回しになり、業務が特定のベテラン社員にしか分からない「属人化」が進行します。
 そのベテランが突然離職した瞬間、現場の業務がストップするという致命的な労務リスクを多くの企業が抱えています。

まとめ

 第2部では、人件費の増加圧力、そして大中規模企業との間で拡大する構造的格差を説明しました。
注意すべきは、「実質賃金が下がっている環境下で、自社の賃金が市場平均から乖離すれば、優秀な社員から順番に離職していく」 というリスクです。

頑張って人件費を捻出しても、社員の生活は楽にならず、企業も疲弊する

 この膠着状態を打破する鍵はどこにあるのでしょうか。
第3部では、中小企業が生き残るための「価格転嫁」「生産性向上」、そして「賃金以外の処遇改善」など、財務・労務の対策について整理します。

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江崎充豊
専門家

江崎充豊(社会保険労務士)

マネジスタ湘南社労士事務所

現役銀行員としての財務分析力、社労士としての労務知識を融合させ企業を支援。資金調達や事業計画、人事労務体制整備からデジタルツール導入まで、経営者が本業に集中できる環境作りをアシストする。

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