一緒に片付けることで、生まれる気づきがあります
今日は、週に二回伺っている89歳のお客様のお宅へ行きました。
このお宅に伺うと、私はいつもお仏壇に目がいきます。
お客様は、歳の離れた奥様に先立たれました。
日に何度もお線香をあげているので、伺うたびに灰がこぼれていないか、燃えやすいものが置かれていないか、さりげなく確認しています。
お盆前には、お位牌や仏具をすべて出して、お仏壇を掃除しました。
「お仏壇もきれいにしておきましたよ」
そうお伝えすると、とても喜んでくださいました。
以前、お仏壇の近くにお寺から届いた手紙が置かれていたことがありました。
床には、昔マッチかお線香を落としたのでしょうか。黒く焦げた跡もあります。
ちょうどその頃、田中角栄元総理の旧邸が、線香の火が原因とみられる火災に遭ったというニュースがありました。
その話をしながら、手紙を別の場所へ移しました。
ご家族も、火を使わないお線香にしてはどうかと勧めたそうですが、ご本人は納得されなかったそうです。
私は、それも無理はないのかなと思っています。
お線香をあげることは、亡くなった奥様や愛犬を想う大切な時間なのでしょう。
危ないからと、その行為そのものを取り上げるのではなく、できるだけ安全に続けられるよう、周りが気にかける。
そんな方法もあるのではないでしょうか。
先日、94歳の母と一緒に、母の実家のお墓掃除へ行きました。
母は私が帰省すると知り、最初から手伝ってもらうつもりだったようです。
私は、お寺の場所はなんとなく覚えていましたが、どれが母の実家のお墓なのかさえ覚えていませんでした。
母はタワシを持って墓石を磨き始めます。
一番上を磨こうと、周りの石に足を掛け、バケツを持ちながら水をかけようとする母。
「いやいや、94歳ですから。危ないからやめてください」
石から下りてもらい、私が水をかけました。
その後は、お地蔵さんのある祠へ。
そこも母がずっと掃除してきたことを、私は今回初めて知りました。
母がお地蔵さんと祠を掃除している間、私は周りの草取り係です。
雷が鳴り始め、急いで作業を終えたものの、とうとう雨が降ってきました。
ずぶ濡れになりながら母の実家へ戻り、開けておいた窓を閉め、道具を片付けて、ようやく車へ。
「さあ、帰ろう」
そう思ったら、
「目の前の草だけ取っていく」
と、また車を降りる母。
仕方なく私も手伝い始めると、
「ここは任せた」
と言って、母は別の場所へ。
一つ気になれば、あそこも、ここも。
結局二人で、雨の中しばらく草取りをしていました。
もうずぶ濡れです。
ここまで濡れたら、なるようになれです。
今回、母と一緒にお墓掃除へ行って、本当に良かったと思っています。
母の実家のお墓がどこにあるのか。
お地蔵さんの存在。
そして、母が94歳になった今も、何を大切にしているのか。
一緒に行かなければ、私は知らないままだったかもしれません。
墓じまいや樹木葬、海洋散骨など、お墓のあり方も変わってきています。
母自身も、
「自分の代で終わりでいい」
と言っています。
同じ形のまま、守り続けていくことは難しいのかもしれません。
それでも、母がこれまで大切にしてきたものを、知らないまま終わらせたくはない。
お仏壇を掃除することも。
一緒にお墓へ行くことも。
ただきれいにするだけではなく、その人が大切にしてきたものを知るきっかけになるのだと思います。


