あの頃の私が、してほしかったこと。
数年前、お盆を前に、初めて障子を張りました。
そのお客様は、70歳の一人暮らしの男性。
月に2回、2時間。
水回りのお掃除を中心に伺っていました。
お話し好きで、いつも笑顔が印象的な方でした。
「俺は小曽根さんに任せてるんだから、やりたいようにやってくれ」
いつも、そんなふうに言ってくださっていました。
伺い始めたのは、その年の1月。
何度かお掃除を重ねるうちに、キッチン周りもずいぶん片付きました。
さて、今日は残った時間で何をしよう。
家の中を見渡した時、目に入ったのが、破れてボロボロになっていた障子でした。
もうすぐお盆。
本家の長男だったお客様のところには、ご兄弟も集まるだろうと思いました。
だったら、この障子を何とかしたい。
でも実は私、障子なんて一度も張ったことがありませんでした。
きれいにできるかどうかもわかりません。
それでも、この方なら。
多少うまくいかなくても、破れたままの障子より、張り直した障子の方がきっと喜んでくださる。
何より、
「やりたいようにやってくれ」
そう言って任せてくださっている。
それなら、やってみよう。
お盆までの日数を考えたら、今から始めないと間に合わない。
いつものお掃除の合間に、何回かに分けて張り替えていきました。
初めての障子張り。
やってみたら、思っていた以上に上手にできました。
これをきっかけに、その後も何度か障子張りをすることになるのですが、それはまた別の話です。
お盆ですから、お仏壇もきれいに掃除しました。
「障子、張りましたよ。お仏壇も掃除しておきました」
そうお伝えすると、とても喜んでくださいました。
それから半年後。
翌年の2月、弟さんから電話がありました。
お客様が亡くなったという知らせでした。
「えっ、本当ですか?」
まだ70歳。
お元気だと思っていたので、すぐには信じることができませんでした。
ご自宅の脱衣所で倒れているところを発見されたそうです。
弟さんは、私がいつも置いていた次回の訪問日時を書いた紙を見つけて、連絡をくださいました。
「兄の家を見て、随分お世話になっていたんだなというのがわかります。生前はお世話になりました」
そう言ってくださいました。
私は、お客様から鍵を預かっていました。
ご不在の時にも伺い、いつものお掃除以外にしたことや、次回の訪問日時を書いた紙を置いて帰っていました。
もう少しタイミングが違っていたら、私が第一発見者になっていたかもしれません。
人の暮らしに入り、鍵を預かって仕事をするということは、こういう場面に出会う可能性もある。
そのことを、改めて認識した出来事でもありました。
後日、弟さんに鍵をお返しすることになりました。
その前に、一つお願いをしました。
「もう一度、お家に入らせてもらって、お仏壇にお参りしてもいいですか」
誰も住まなくなった家に、生花を供えても枯れてしまいます。
プリザーブドフラワーを持って行き、お仏壇に供えました。
そして、お仏壇の前に座って手を合わせながら思いました。
そっちの方に、いっちゃったんですね。
お客様を迎える側じゃないんですね。
まだこちらで、客人を迎える側でいてほしかったですよ。
そのためのお手伝いを、もっとしたかったです。
あのお盆。
ご兄弟を迎えるためにと思って、初めて張った障子。
「障子、張りましたよ」
そう言った時の笑顔を、今でも覚えています。
「俺は小曽根さんに任せてるんだから、やりたいようにやってくれ」
そう言って任せてくださったから、私も「やってみよう」と思えました。
あのお盆の前に、障子を張れてよかった。
お仏壇をきれいにできてよかった。
そして、喜んでもらえてよかった。
でも本当は、
もう少し長く、こちらでお客様を迎えるお手伝いをしたかったです。
今でも、もういらっしゃらないことが、どこか信じられずにいます。


