一緒に片付けることで、生まれる気づきがあります
長女が帰省しているこの機会に、家族みんなで家の片付けをしました。
子どもたちが小さかった頃とは、家族の暮らし方もずいぶん変わりました。
長女は東京で暮らし、次女は自宅から仕事へ。
それなのに、部屋の使い方や置いてある物は、昔のままになっているところもあります。
だったら今の暮らしに合わせて、家の中を一度見直そう。
そんなところから始まった、今回の片付けでした。
面白いのは、同じ家族でも「捨てる」の基準が全く違うこと。
次女は、どんどん手放せる人。
長女は、なかなか捨てられない人。
そして私はというと、完全に長女と同じタイプです。
二階から次々と運ばれてくる不用品を、一階でひたすら分別しながら、
「えっ、これも捨てちゃうの?」
と思うこともしばしば。
中には、こっそり自分のスペースへ戻した物もあります。
次女に知られたら、
「だから、お母さんは片付かないんだよ。」
と言われそうです。
そんな私も、今回ひとつ手放そうと思った物がありました。
18年ほど前に使っていた、キタムラの財布です。
次女がまだ幼稚園だった頃、とても気に入って使っていた財布がありました。
ところが、たいして使わないうちに、車に置いてあったかばんごと盗まれてしまいました。
その時は、
「お金はいらないから、財布だけ返してほしい。」
そう思ったほど気に入っていました。
どうしても諦めきれず、結局まったく同じ財布をもう一度買いました。
その財布もやがて古くなり、新しい財布に替えました。
それでも捨てられず、ずっと持っていました。
今回こそ、手放そう。
そう思っていたのですが、その財布を見た長女が、
「えっ、それ捨てちゃうの? それくらい取っておいてもいいんじゃない?」
と言うのです。
「そう? どうしようかなぁ。」
捨てられない者同士。
そんなことを言われると、また気持ちが揺らぎます。
そして長女に、こんな話をしました。
「何十年か先に、お母さんが死んで遺品整理をしている時に、この財布を見つけたら、この話を思い出して笑ってね。」
結局、財布を手放すかどうかは、まだ決められていません。
でも、家族で片付ける良さって、こんなところにもあるのかもしれません。
ただ物を「いる」「いらない」に分けるだけではなく、
「これ、覚えてる?」
「これはね……」
そんな、物にまつわる話をする時間が生まれます。
そして今回、もうひとつ改めて感じたことがあります。
物は「いらない」と決めただけでは、家からなくならないということです。
化粧品はどう処分するのか。
紙類は、地域のリサイクル庫へ持っていく。
そして、意外と悩んだのがペンでした。
たとえば3色ペン。
黒はもう書けない。でも、赤や青はまだ書ける。
これは捨てる? まだ使う?
いざ捨てるとなっても、プラスチックと金属が使われています。
「ペンって、捨てづらいんだよね。」
そんな話を長女にしていました。
すると出先から、
「お母さん、ペンの回収ボックス見つけたよー。」
と連絡がありました。
それまで感じていた捨てづらさが、一気に楽になりました。
片付けは、「いる」「いらない」を決めれば終わりではありません。
手放すと決めた物を、どう手放すのか。
全部まとめてゴミ袋に入れられたら、どんなに楽だろう。
分別しながら、何度そう思ったことか。
でも、自分たちが買い、使ってきた物です。
手放すところまで、きちんと付き合う。
そこまでが片付けなのだと思います。
今回、家族で家の中を見直していて思いました。
子どもが家を出ても、その人の物だけは実家に残り続けることがあります。
「今は使わないから、実家に置いておこう。」
そうして置いた物が、5年、10年、20年とそのままになってはいないでしょうか。
実家の片付けというと、つい親の物を思い浮かべます。
でも、そこにあるのは親の物だけとは限りません。
私たち子ども世代が残してきた物もあります。
親に、
「そろそろ片付けたら?」
と言う前に。
お盆や年末年始など、家族が集まる機会に、まずは自分が実家に置いたままにしている物を見直してみる。
そして、できれば家族と一緒に。
物を減らすだけではなく、そこから思い出話が始まったり、手放し方を一緒に考えたりすることもあります。
さて。
あの財布を本当に手放すのか。
長女のひと言で、私はまだ迷っています。


