実家の片付け、”まだ大丈夫”と思っていませんか?
先日、友人と話していて印象に残った言葉がありました。
その友人のお母様は認知症を発症し、グループホームで生活されていました。
もう自宅へ戻ることはないだろうと、少しずつ片付けを進めていたそうです。
それでも、お母様が亡くなられた後、
「まだこんなに母の物があったのか」
と思うほど、多くの物が残されていたそうです。
その経験から友人は、
「子どもにはこんな苦労はさせたくない」
と思うようになったと言います。
驚いたのは、その友人が自分たちの結婚式の写真やビデオまで処分したと話してくれたことです。
「そんな思い出の品まで?」
と聞くと、
「だって困るでしょう。思い出が詰まっていて捨てづらい物こそ、自分で責任を持って整理しておきたいの」
と、あっさりした表情で答えました。
私にはなかなか真似できないなと思いました。
その話を友人たちとの飲み会で話したところ、
「昔は結婚式にお金をかけたよね」
「キャンドルなんて今となっては停電の時ぐらいしか使わないかも」
と大笑い。
時代が変われば価値観も変わります。
でも、その会話の奥には共通した思いがありました。
「子どもたちに苦労をかけたくない」
という親心です。
実家片付けのお手伝いをしていると、多くの方が同じ言葉を口にされます。
親の家を片付けるのは、想像以上に大変です。
書類、写真、思い出の品。
何を残し、何を手放すのか。
時間も体力も必要です。
だからこそ、生前整理には大きな意味があると私は思っています。
遺品整理になると、持ち主の想いを聞くことはできません。
でも、生前整理なら違います。
「これはお父さんと旅行に行った時に買った九谷焼なの」
「高かったのよ」
「これは思い出だから残したいの」
そんな話を聞きながら整理することができます。
物を整理しているようでいて、本当は人生の思い出を整理しているのかもしれません。
私は、そんな持ち主の想いがあるうちに行う整理こそ、生前整理の大切な意義だと思っています。
全部捨てる必要はありません。
少しずつでいいんです。
引き出し一つ。
棚一段。
アルバム一冊。
それだけでも、未来の家族への大きな贈り物になります。
「こんな苦労は子どもにさせたくない」
そう思った時が、生前整理を始めるタイミングなのかもしれません。
そして、生前整理は物を減らすことだけが目的ではありません。
親子で思い出を振り返りながら、これからのことを話すきっかけにもなります。
片付けを通して生まれる会話こそが、家族への何よりの贈り物なのかもしれません。


