新しい仕事をすばやくマスターする秘訣(最終編)
自然に触れる暮らし。
土の香り。
木漏れ日。
小川のせせらぎ。
鳥のさえずり。
ああ、癒やされる。
都会の喧騒を離れ、
ありのままの自然に身を委ねる。
……ところで。
自然のほうは、
こちらを癒やす契約を結んだ覚えがない。
お客様扱いされると思ったら大間違い
……草むらを歩く。
マムシがいるかもしれない。
……池に入る。
スッポンがいるかもしれない。
……知らない虫を見つける。
「かわいい!」
……それ、やけどする虫「アオバアリガタハネカクシ」です。
自然は、いちいち名札をつけてくれない。
「はじめまして。毒があります」
「噛みますので、ご注意ください」
「見た目より危険です」
そんな親切な案内板は、
虫の胸元にはついていない。
自然界、説明責任を果たす気がない
こちらは景色を楽しみに来ている。
あちらさんは、いつもどおりに生きている。
こっちは「癒やし」を求めている。
あちらは「捕食」やら「防衛」やら、
ずいぶん物騒な業務に励んでいる。
同じ場所にいても、目的が違いすぎる。
レジャーのつもりが、実技試験。
映え目的。
山に行く~。
川に行く~。
草むらを歩く。
どれも楽しそう。
ただし、
自然の中では、
見た目だけで判断すると痛い目に遭うことがある。
きれいな水だから飲めるとは限らない。
おとなしい生き物だから安全とも限らない。
ふかふかのワラだって、天然の高級ベッドとは限らない。
ハイジの気分で飛び込んだら、
ダニまで宿泊予約を入れていた。
しかも、こちらの許可を取る気はない。
自然界では、「知らなかった」という言い訳が通用しない。
そして、間違えたときの採点が厳しい。
不合格の通知が、先に救急車で届く。
……再試験をお願いする余裕もない。
ベテランは、野生をナメていない。
自然の中で暮らす人は、平気そうに歩いている。
草むらも歩く。
川辺にも行く。
山にも入る。
だからといって、無警戒なわけではない。
どこに近づかないか。
何に触らないか。
いつ、どこを避けるか。
そういう知識が、
いちいち口に出さなくても身についている。
危険を知らないから平気なのではない。
危険を知っているから、平気そうに見える。
ところが、慣れていない側は、見た目だけを見てしまう。
「ああ、自然って素敵!」
そして、裸足になる。
……自然体にも、ほどがある。
自然は、映えの協力会社ではない。
写真に撮れば、緑は美しい。
小川はきらきらしている。
夕暮れの山は、絵になる。
ところが、写真のフレームから外れたところに何がいるかは、別の話。
自然は、こちらのSNS投稿を盛り上げるために存在しているわけじゃない。
景色のよさと、安全性は別料金。
しかも、安全のほうは自分で確保する。
自然を楽しむのはいい。
癒やされるのもいい。
ただ、行く前に少しくらい調べておきたい。
自然に詳しくないのに、
自然の中では無敵のつもり。
それはもう勇気ではない。
取扱説明書を読まずに、
野生の製品を開封している。
しかも、返品不可。
……そして、間違えたとき。
採点結果は救急搬送。



