福岡の偉人:北九州市 愛媛から若松へ、港に生きた玉井金五郎

鎌田千穂

鎌田千穂

テーマ:この世界、知らんことだらけ

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さぁ、今週も金曜日になりました。
福岡を語る上で、忘れてはいけない人がいます。

生まれ育った土地を離れ、
新しい場所で、自分の居場所をつくる。

そこで出会った人々と関わり、
やがて、その土地の歴史に名を残す。

今回は、愛媛から福岡へ渡り、若松の港湾労働の世界で活躍した人物。
玉井金五郎(たまい きんごろう/1880年~1950年)のお話です。

愛媛に生まれ、九州へ渡る

1880年、現在の愛媛県松山市姫原に生まれました玉井金五郎。
福岡の生まれではありません。

故郷を離れ、
九州へ渡り、
やがて若松の港で働くようになった人物です。

当時の若松は、
筑豊炭田で採掘された石炭を全国へ送り出す重要な港でした。

明治時代、
日本の産業が発展するなかで、
石炭は鉄道や工場、船舶などを支える重要なエネルギーとなっていました。

その石炭を港で船に積み込む仕事も、
大きな需要を生み出していたのです。

しかし、港の仕事は決して楽なものではありません。

重い荷物を扱い、
危険と隣り合わせで働く。

仕事の確保も、
暮らしの安定も、
容易ではありませんでした。

玉井金五郎は、
そうした港湾労働の世界に身を置き、
仕事を通じて自分の足場を築いていきます。

生まれ育った土地ではない場所で、
どのように人と出会い、
仕事を得て自分の居場所をつくっていったのか。

その歩みを知ることは、
当時の若松という町を知ることにもつながります。

若松の港で、玉井組を興す

玉井金五郎は、船荷の積み下ろしを担う「仲仕(なかし)」として働きました。
やがて荷役業を請け負う玉井組を興します。

自分自身が働く立場から、
仕事を請け負い、
仲間を束ねる立場へと進んでいったのです。

港湾労働の世界では、
仕事を確保することも、
人を集めて現場を動かすことも重要でした。

荷主との関係、
ほかの業者との交渉、
働く人々との結びつき。

一つの仕事を成り立たせるためには、
多くの人との関係が必要になります。

玉井組の活動は、
若松の港湾労働の歴史の一部となっていきました。

そして、この港。
もう一人、忘れてはならない人物がいました。

吉田磯吉です。

芦屋に生まれた吉田磯吉は、
川筋の労働や地域社会のなかで頭角を現し、
若松の港湾労働にも大きな影響力を持つようになりました。

玉井金五郎と吉田磯吉は、
同じ時代の若松で、
それぞれの立場から港の世界に関わっていきます。

火野葦平の小説『花と龍』にも、
玉井金五郎と吉田磯吉をモデルとした人物が登場します。

作中の吉田磯吉は、
玉井金五郎の前に立ちはだかることもあれば、
手を差し伸べることもある存在として描かれています。

ただし、小説は史実をそのまま記録したものではありません。

作品の描写と実際の人物関係は、
区別して捉える必要があります。

それでも、
二人の存在を通して、
当時の若松の港湾労働が、
人間関係や地域の力関係とも深く結びついていたことが見えてきます。

妻マンと築いた玉井家

玉井金五郎の人生を語るうえで、
妻のマンも欠かせません。

二人は若松で暮らし、
協力しながら玉井組を築いていきました。

玉井金五郎が港の仕事を切り開いていく一方で、
家族の生活を支え、家庭を築くこと。
それもまた、二人の人生の一部でした。

そして、
この玉井家から、
後世に名を残す人物が生まれます。

長男の玉井勝則。
火野葦平という筆名で作家となりました。

火野葦平は、
戦争を題材とした作品などで知られ、
父と母をモデルにした小説『花と龍』も執筆。

父の生きた港の世界、
そこで働く人々の姿、家族の歩み。
それらは、息子の文学を通して、後の時代にも伝えられることになりました。

さらに、アフガニスタンで医療支援や農業用水路の建設に取り組んだ医師、中村哲も輩出されています。

港で働く人々を束ねた玉井金五郎。
文学を通して人間と時代を描いた火野葦平。
そして、国境を越えて人々の暮らしを支えようとした中村哲。

三人の活動は、
それぞれ異なる時代、
異なる場所で行われたものです。
単純に同じ価値観で結びつけることはできません。

けれど、
一つの家族の歴史をたどることで、
時代を超えて受け継がれていくものについて考えるきっかけが生まれます。

玉井家と吉田家、そして杉山家

玉井金五郎の生涯を追っていくと、
もう一つ興味深い歴史に出会います。

それが、
福岡県芦屋町を軸に結びついた、
玉井家・吉田家・杉山家の三家です。

三家の縁は、
明治初頭の芦屋湊にさかのぼります。

杉山家の当主だった杉山三郎平は、
明治維新後、幼い息子の茂丸を伴って芦屋へ移り住みました。

この杉山茂丸は、
後年、政界の有力者たちと関わり、
政治や経済の分野で影響力を持つ人物となります。

一方、芦屋に生まれた吉田磯吉は、
港湾労働の世界から地域の有力者へと成長し、
やがて国会議員としても活動しました。

そして、若松で玉井組を築いた玉井金五郎。

三家は、血縁だけで説明できる関係ではありません。

芦屋での出会いや地域社会とのつながり、
若松の港湾労働をめぐる関係など、
複数の縁が重なっています。

一人の人物を調べていたはずが、
その背景をたどることで、
地域を越え、
世代を越えた人々のつながりが見えてくる。

それもまた、
福岡の歴史を学ぶ面白さではないでしょうか。

編集後記

玉井金五郎は、愛媛で生まれ、福岡の若松で活躍した人物です。

生まれた場所と、
自分の人生を築いた場所は違いました。

けれど、
玉井金五郎の歩みをたどると、
若松という町の歴史のなかに、
確かな足跡を残したことがわかります。

そして、
その人生を調べていくと、
吉田磯吉や杉山茂丸とのつながりが見えてきます。

一人の人物の歴史は、
その人だけで完結しているわけではありません。

どこで生まれ、誰と出会い、どんな仕事に携わったのか。

その一つひとつが、
思いがけない人や出来事につながっていく。

自分では当たり前だと思っていた経験が、
別の場所では誰かの役に立つこともある。

自分が築いてきた人間関係が、
次の世代へ何かをつないでいくこともある。

玉井金五郎の生涯は、
一人の人物の成功物語にとどまらなかった。

土地と人とのつながりが、
どのように歴史を形づくっていくのかを考えさせてくれます。

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鎌田千穂
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鎌田千穂(産業カウンセラー)

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組織課題を広い視野で捉え、主体性を持った思考と行動力、公私の均衡を図る自律型人材育成を行うこと。分析・統計による業務改善の解決策を示し、個人の悩みを解き放ち、企業の繁栄に繋げることが専門です。

鎌田千穂プロは九州朝日放送が厳正なる審査をした登録専門家です

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