知らないと恐怖は増幅する。——オオスズメバチと対峙した朝

さぁ、今週も金曜日になりました。
福岡を語る上で、忘れてはいけない人がいます。
世の中から距離を置かれ、
名前すら呼ばれなくなった人たちのために行動した人物。
今回紹介するのは、 宗像市出身の日蓮宗の僧侶。
綱脇龍妙(つなわきりゅうみょう/1876年~1970年)
綱脇龍妙は明治から昭和にかけて
ハンセン病患者の救済に人生を捧げた人物のお話です。
今でこそ医療や福祉という言葉があります。
ですが、 当時のハンセン病患者たちは、
「病気」以上に、社会からの差別と孤立に苦しんでいました。
近づくことすら嫌がられ、 家族と離され、 人として扱われない。
そんな時代です。
その中で綱脇龍妙は、
誰も近づこうとしない場所へ関わっていきました。
宗像で生まれた少年
綱脇龍妙は1876年、現在の宗像市で生まれました。
幼い頃から仏教に触れ、 若くして僧侶の道へ進みます。
修行を重ねる中で、
現実社会の苦しみと向き合わなければ
仏の教えは意味を持たない。
そんな考えを強く持つようになったようです。
そして、綱脇龍妙の人生を大きく変える出会いが訪れます。
それが、ハンセン病患者たちとの出会いでした。
“病気”ではなく、“人間”として見た
当時、ハンセン病は強い偏見の対象でした。
感染への誤解も大きく、
患者たちは町から追われ、
山奥や洞窟で暮らすことも珍しくありませんでした。
誰も近づかない。
誰も触れない。
誰も声をかけない。
そんな状況を目の当たりにした綱脇龍妙。
「この人たちを放っておいていいのか」と考えます。
そして、患者たちのために尽くすことを決意しました。
とはいえ、口で言うのは簡単。
当時は情報不足もあり差別的扱い。
ハンセン病患者に関わることは、 自分自身も差別される覚悟が必要でした。
周囲から距離を置かれる。
理解されない。
危険視される。
石を投げられる。
出て行けと脅される。
それでも綱脇龍妙は離れませんでした。
むしろ、最も苦しんでいる人の側へ行ったのです。
身延深敬病院をつくる
ハンセン病の理解を促す啓もう活動と募金
綱脇龍妙は、ハンセン病患者を救うために全国を回ります。
そして、自らが矢面に立ち募金を集める活動を行いました。
当時、ハンセン病患者のために資金を集めること自体が危険。
決して簡単なことではありません。
偏見が強かった時代です。
「なぜそんな人たちを助けるのか」
そう言われることも少なくありませんでした。
それでも彼は頭を下げ続け支援を集めた。
患者たちの居場所をつくるために行動し続けます。
山梨県に「身延深敬病院」設立
そして山梨県に「身延深敬病院」を設立。
ハンセン病患者の治療と生活支援に取り組みました。
病気を診るだけではありません。
患者たちが人として生きられる場所をつくろうとしたのです。
当時の社会では世の中から見放された人たち。
その人たちに対して、 綱脇龍妙は真正面から向き合いました。
食事を用意し、 話を聞き、 一緒に時間を過ごす。
“人間の尊厳”を守ろうとした行動です。
そしてその活動は、 長い年月をかけて、多くの患者たちの支えになっていきました。
詳細は下記の資料から
山梨医大紀要:身延深敬病院の運営方法 募金活動に関して
綺麗事だけでは続かない
こういう話をすると、
「立派な人」で終わってしまいがち。
ですが、実際は綱脇龍妙の人生。
そんなに簡単な「ヒーローもの」ではありません。
資金不足。
偏見。
反対。
理解されない苦しさ。
何度も壁にぶつかっています。
それでもやめなかった。
ハンセン病とは何か
ハンセン病は、かつて強い差別と偏見の対象となった感染症。
現在では治療法も確立され、
適切な治療によって回復できる病気とされています。
ですが当時は、「恐ろしい病気」
多くの偏見や誤解が蔓延。
患者や家族まで社会から隔離されることも。
病気そのものだけではなく、
人間関係や暮らしや生きる場所まで奪われていったのです。
綱脇龍妙が向き合ったのは
病気だけではありません。
社会の偏見によって、
孤立させられた人たちでした。
今の時代にも残る問い
今は昔より便利になりました。
情報も増えました。
その一方で、
「関わると面倒だから距離を置く」
という風潮は、 形を変えて残っています。
困っている人を見ても、
自分に火の粉が飛ばないように離れる。
関わらない方が楽。
確かにそうかもしれません。
ですが、綱脇龍妙は、 そこへ踏み込んだ人でした。
誰かが避ける場所に行き、 誰かが目を逸らす人と向き合った。
それは強さというより、 覚悟だったのかもしれません。
その仕事は何のために誰のためにあるのか
企業で働き始めると、 数字、結果、人間関係。
いろんなものに追われます。
他にも、
年数が長くなること
職責者としての役割
経験者としての責任 etc…
そんな何かの経験が増えれば増えるほど、
更に追い方にも厳しさを増す。
そのなかで、誰しも
「自分は何のために働いているんだろう」
と、さっぱりわからなくなる瞬間があります。
そんな時、あなたは“誰のために、何のために動くのか”について目を向けていますか?
合わせて、自分自身にも問われている気がします。
編集後記:働くということ
働くということは地味な積み重ねの連続。
継続したからこそ積み上がってきた唯一無二の財産を手に入れられます。
SNSで誇張されたような気軽さや手軽さとは違う。
泥臭いものの方が圧倒的に多い。
派手さはない。
評価されない。
そして目の前の人と関わる。
会社は社会の公器。
目の前に困っている人がいたら手を差し伸べる場所。
それが、たまたま仕事として対価が生まれただけ。
その積み重ねがあなた自身の選択肢であり生き方。
困っている人の前で、 自分は離れるのか。
それとも、立ち止まるのか。
それとも、生きる価値を剥奪するのか。
仕事の価値は、 案外そこに出ているのかもしれません。


