福岡の偉人:福岡市 主役にならずに、場を支え続けた女優・生田悦子
〜ちゃんと話してるのに、何も伝わってない〜
「これ、今日やっとっていい?」
「よかよ。」
その一言で終わった会話。
・・・終わってない。
会話は成立している“風”
福岡の夫婦、会話はちゃんとしてる。
返事もある。
やり取りもある。
・・・でも、ズレる。
理由はシンプル。
“よかよ”が曖昧だから。
「よかよ」の中身が違う
例えばこの「よかよ」について。
言った側はこう。
「別にいいよ」
「どっちでもいいよ」
「任せるよ」
聞いた側はこう。
「OKもらった」
「問題ない」
「やっていい」
ここでズレる。
小さいズレが積み重なる
その日は何も起きない。
でも、積もる。
「前もそうやったよね」
「あの時も勝手に決めたよね」
出てくるのは、過去の“よかよ”事件簿。
一番よくあるやつ
「なんでそれやったと?」
「いや、“よかよ”って言ったやん」
この会話、完璧すぎる平行線。
同じ日本語なのに、会話だけ別の惑星の言語。
しかも、お互い“ちゃんと通じてる”と思ってる。
夫婦から始まる宇宙戦争勃発の兆し。
本音はどこにあるのか
「よかよ」と言った側は、
本当はこう思ってる。
「できれば、聞いてほしかった」
「一言でいえば、やりたくなかった」
「ちょっとは都合を気にしてほしかった」
でも言わない。
いったつもりの気持ちがMAX。
口には出してないのに、なぜか伝わってる前提。
外したときだけ、急に責任が発生する。
福岡民のやさしさの副作用
・否定しない
・流れを止めない
・空気を優先する
このやさしさが、ズレをそのまま通す。
分かってくるとこうなる
・・・とはいえ、どっぷり福岡民歴だと不思議と阿吽の呼吸。
長く一緒にいると変わる。
「あ、この“よかよ”は違う」
「あ、これ放置したら後でくるやつ」
息をするかのごとく、空気で判断するようになる。
それでもズレる理由
全部を空気で読むのは無理。
疲れてる日もある。
余裕がない日もある。
そのとき、“よかよ”は事故になる。
最後に
ここで注意点。
夫婦の「よかよ」は、同意じゃない。
保留に近い。
そして「よかよ」で決めたこと、
だいたいあとで蒸し返される。
しかも、思ってもいない方向で都合よく精度が上がってる。
誰も止めることのないままに驚くほど育っている。
もれなく、その場にいなかった感情まで、あとから追加される。



