第21回 明治時代初期における東北6県からの特許出願
2020年2月8日にNHKが再放送した「チコちゃんに叱られる」の番組のなかで、日本の「段ボール」の名付け親は、レンゴーの前身である三盛舎を設立した井上貞治郎氏であることが紹介された。
§1 日本で最初に段ボールを開発したのは誰か
§2 段ボールは英国で発明された
§3 三盛舎の3名の出資者
§4 実用新案登録第12313号の内容
§5 石郷岡さんの系譜が平川市の木製ボードに
§1 日本で最初に段ボールを開発したのは誰か
全国段ボール工業組合連合会のHPによれば、井上氏は1909年(明治42年)に実用新案権を取得した旨の記載がある。しかし、J-Platpatで検索しても井上氏の名前は見つからない。筆者が検索してヒットしたのは、図1に示すように、青森縣西津軽郡柴田村大字中館48番を戸本籍とする石郷岡武雄氏の考案になる実用新案登録第12313号である。登録日は明治42年3月24日で、考案の名称は『段「ボール」製造機』である。
【図1】実用新案登録第12313号のトップ頁(出典J-Platpat)
§2 段ボールは英国で発明された
段ボールの原型は1856年に英国のE,C.ヒーレイ(Healey)とE.E.アレン(Allen)が発明し、特許を取得したといわれている。ヒーレイらの発明は、シルクハットの内側に用いる、通気性とクッション性を兼ね備えた波状の厚紙であった。
1871年に米国の A. L.ジョーンズ(Jones)が図2に示すような「片面段ボール」を発明して特許を取得している(米国特許第122023号)。
【図2】A. L.ジョーンズ(Jones)の米国特許第122023号のトップ頁に記載された図面
更に1874年にアメリカのO.ロング(Long)が図3に示すような、両面段ボールを発明して特許を取得している(米国特許第150588号)。包装材としての段ボールは主に米国で発展し、1800年代の終り頃には現在の段ボール箱の原型がほぼできあがっていたようである。
【図3】O.ロング(Long)の米国特許第150588号のトップ頁に記載された図面
§3 三盛舎の3名の出資者
ここで、日本の段ボールの開発の話に戻る。井上氏は、日本経済新聞社の『私の履歴書――放浪の末、段ボールを思いつく』の中で、国産初の段ボールの開発の話を説明している。自著の『私の履歴書』の中で、陸軍大尉の荒川氏、荒川氏と品川に住んでいた石郷岡大尉、荒川氏の援助者の一志茂敬氏の三人が、我が国で最初の段ボールの製造販売をする会社である三盛舎の出資者となったことを述べている。
井上氏の『私の履歴書』に記載されている「品川に住んでいた石郷岡大尉」は、実用新案登録第12313号公報の冒頭に権利者(考案者)として記載されている、青森県出身で、東京荏原(えばら)郡品川町大字品川宿217番地寄留の石郷岡武雄さんのことであろうと推定される。
しかし、『私の履歴書』には、井上氏の商売の方が赤字続きで、悪戦苦闘しているうちに出資者たちがつぎつぎと井上氏から離れていったことも記載されている。そして、出資者たちが離れてしまった結果、井上氏は、事業名を「三盛舎」から「三成社」に改め、単独で段ボールを製造販売をする事業を継続したということである。
なぜ、実用新案登録第12313号の考案者が井上氏ではなく石郷岡大尉になったのか、その経緯は不明である。
§4 実用新案登録第12313号の内容
【図4】実用新案登録第12313号公報の図面(出典J-Platpat)
実用新案登録第12313号の明細書は以下のように説明している:
図4及び図5に示すように、実用新案登録第12313号に記載された段ボール製造機の(1)(1)は左右のフレーム、(2)(3)は歯輪状「ロール」の組合、(4)は「ロール」(2)の軸受、(5)は「ロール」(3)の軸受、(6)は軸受(4)上に樹立せる突杆、(7)は突杆(6)の頭を押える梃子(てこ)、(8)は梃子(7)の支點、(9)は重錘、(10)は「ボール」紙誘導用の網版、(11)は火鉢である。
【図5】実用新案登録第12313号公報の図面(出典J-Platpat)
更に、実用新案登録第12313号の明細書は以下のように説明している:
「ロール」(2)(3)は場合に依り、内部に蒸氣若しくは熱氣を通して適度に加熱する為にその軸を中空に作り、軸端には蒸氣若しくは熱氣の漏洩を防止し、しかも廻転に差支えなき適當の接続機構を装設することもある。
又その周面には長さの方向に凸條を附して恰も幅廣き歯輪状に形成しその凸條のげつ合部に湿潤せる「ボール」紙を通過して波状に屈曲するものとする。
ここで、「げつ合」の「げつ」は刀で彫って刻みつけるという意味の字である「㓞」の下に、「歯」の旧字体を書く総画数21画の漢字である。「げつ合」とは特許慣用語で「噛み合わせる」という意味である。
更に、実用新案登録第12313号の明細書は以下のように説明している。
そして上の「ロール」(2)の軸受(4)は普通の「ロール.フレーム」に於ける如くフレーム(1)の誘導部に嵌入して上下に摺動が可能なようにして、その上面に突杆(6)を定立し、この杆の上部はフレーム(l)の梁上に突出せしめその杆頭を、梃子(7)の根部にて押す。即ち、重錘(9)、梃子(7)、突杆)(6)、軸受(4)の組み合わせによって、「ロール」(2)(3)のげつ合力は適度に調節できる、と説明されている。
更に、実用新案登録第12313号の明細書は以下のように説明している。
前記「ロール」(2)(3)に対する伝動機構は任意たるべきこと勿論なるを以て概略の説明とする。「ロール」(2)(3)のげつ合部の前後に金属製網版(10)を平面状若しくは後方に傾下せる斜面状に附設して「ボール」紙を誘導して、屈曲せられつつ網版上を通過する半湿潤の「ボール」紙に加熱し以て乾燥を迅速にすれば、同時に製品には不変的完全の波状が形成される。
§5 石郷岡さんの系譜が平川市の木製ボードに
なお、青森県平川市の株式会社今井産業が木製の段ボールの製造方法に関する特許第6012091号 (波形ボード製造システムおよび波形ボード製造方法)及び特許第6031152号(波形ボードの製造方法)を2016年に取得している。
井上氏は「弾力紙」、「波型紙」、「しぼりボール」、「コールゲーテッド・ボード(corrugated board)」……などいろいろ考えた末、「段ボール」に決めたそうであるが、今井産業の社長今井公文氏は「波形ボード」の名称を選ばれたようである。
特許第6031152号は2012年の出願である。2016年の出願である特許第6012091号は、製造方法の他に製造装置も権利化している。
今井公文氏が発明した木製の波形ボードは、2012年産業交流展、2013年国際雑貨expo、2013年インテリアライフスタイル展等を含めて、市場で高い評価を受け、更には新国立競技場の設計で有名な隈研吾建築都市設計事務所のスタッフから商業用店舗の内装材に採用したいという引き合いもあったそうである。
柴田村大字中館の石郷岡さんがした日本で最初の考案の系譜が、平川市の今井公文氏の波形ボードに引き継がれたということであろうか。英国でシルクハットの内側に用いる素材として発明された1856年の発明の系譜が、2012年の青森県の発明によって、建築物の内装材にまで応用が広まったのである。
弁理士鈴木壯兵衞(工学博士 IEEE Life member)でした。
そうべえ国際特許事務所は、「独創とは蓋然の先見」という創作活動のご相談にも積極的にお手伝いします。
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