中小企業の企業型DC導入メリットとは?公的年金との違いと運送会社の福利厚生を考える
運送業・企業型DC・助成金専門社会保険労務士の吉元です。
【企業型DCを導入する前に、まず自社の人材課題を整理する】
「求人を出しても応募が来ない」
「せっかく採用しても、数年で辞めてしまう」
「給与を上げたいが、会社の負担にも限界がある」
運送会社をはじめ、多くの中小企業の経営者が抱えている悩みです。
人材不足への対策として、給与の引き上げや休日の増加、福利厚生の充実を検討する会社もあるでしょう。
その選択肢の一つに、企業型確定拠出年金(企業型DC)があります。
私は企業型DCの制度設計・導入支援を行っていますが、経営者に最初から企業型DCの導入をお勧めするわけではありません。
むしろ、最初に考えていただきたいことがあります。
「自社の人材課題は何なのか?」
企業型DCを導入するかどうかは、その答えを整理してから考えるべきだと思っています。
今回は、中小企業の採用・定着に必要な視点と、福利厚生を人材戦略として活用するための考え方を解説します。
1. 企業型DCを導入すれば採用・定着に効果があるのか?
企業型DCは、従業員の老後資産形成を支援する企業年金制度です。
会社が掛金を拠出し、加入者自身が運用商品を選択して、将来の給付につなげます。
福利厚生制度として、採用活動や従業員の定着に役立つ可能性があります。
しかし、企業型DCを導入しただけで採用がうまくいくわけではありません。
例えば、次のような問題を抱えている会社を考えてみましょう。
・同業他社と比べて給与水準が低い
・長時間労働が常態化している
・休日が少なく、有給休暇も取得しにくい
・職場の人間関係に問題がある
・教育制度やキャリアパスが整備されていない
・会社の将来像が従業員に伝わっていない
こうした問題がある会社が、新たに企業型DCを導入したとしても、それだけで従業員が長く働きたいと思うでしょうか。
福利厚生は、給与や労働時間、休日、職場環境などと切り離して考えるものではありません。
企業型DCは人材不足を解決する万能策ではなく、人材戦略を構成する選択肢の一つなのです。
2. 中小企業が最初に整理したい3つの人材課題
人材不足という言葉でひとくくりにしても、会社によって課題は異なります。
私は、まず次の3つに分けて考えることが重要だと思っています。
① 採用できない理由は何か?
求人を出しても応募が来ない場合、給与水準だけが原因とは限りません。
求人情報の伝え方、労働時間、休日、会社の知名度、仕事内容など、さまざまな要因が考えられます。
例えば、給与水準は同業他社と大きく変わらないのに、応募が少ない会社もあるでしょう。
その場合、給与を引き上げる前に、求人票や採用ページで自社の魅力が伝わっているかを確認する必要があります。
② 採用しても定着しない理由は何か?
採用できても短期間で退職する従業員が多い場合、採用活動だけを強化しても問題は解決しません。
入社前に聞いていた労働条件と実態が違う。
教育体制が整っていない。
上司や同僚との関係がうまくいかない。
将来の昇給やキャリアが見えない。
こうした問題があれば、まず職場環境や人事労務管理の見直しが必要です。
③ 長く働いてもらうために何が必要か?
現在の従業員に長く働いてもらうためには、給与や休日だけでなく、将来の生活設計を考えられる環境も重要です。
例えば、退職金制度がない会社や、制度はあっても従業員に内容が伝わっていない会社があります。
このような場合には、退職金制度や企業型DCなどの福利厚生制度を検討する意味があります。
つまり、採用、定着、長期的な就労支援では、必要な対策が異なるのです。
3. 福利厚生は制度を増やすことが目的ではない
福利厚生を充実させようとすると、新しい制度をいくつ導入するかという話になりがちです。
しかし、本当に大切なのは制度の数でしょうか。
私は、会社が従業員に何を提供したいのかという考え方が重要だと思います。
例えば、
「安心して長く働いてほしい」
「従業員の健康を守りたい」
「仕事に必要な資格や能力を身につけてほしい」
「働いている間だけでなく、退職後の生活も支援したい」
こうした目的があって、その実現手段として福利厚生制度があるはずです。
健康管理を重視するなら、健康診断や健康相談の充実。
人材育成を重視するなら、教育制度や資格取得支援。
退職後の生活を重視するなら、退職金制度や企業型DC。
目的によって、選択する制度は異なります。
福利厚生は単なる費用ではなく、会社が従業員をどう考えているかを具体的に示す仕組みです。
この視点に立つことで、福利厚生は人材戦略の一部になります。
4. 運送会社では賃金制度と労働時間制度の見直しが重要
運送業の人材問題を考える際には、特に賃金制度と労働時間制度の関係を無視できません。
例えば、歩合給の割合が高い運送会社では、運行内容や仕事量によって給与が変動することがあります。
また、長時間労働を前提とした賃金体系では、労働時間の短縮によって給与が減少するという問題も生じます。
労働時間を減らしたい。
しかし、給与が減ればドライバーの生活に影響する。
給与を維持したいが、会社の人件費負担にも限界がある。
こうした課題は、福利厚生制度を追加するだけでは解決できません。
まず、現在の賃金体系や労働時間制度が、会社の経営方針や実際の働き方に合っているかを確認する必要があります。
そのうえで、退職金制度や企業型DCなどの福利厚生をどう組み合わせるかを考える。
この順番が重要です。
運送会社に限らず、飲食業、美容業、医療・介護などのサービス業でも、賃金制度と労働時間制度は人材確保・定着の基盤になります。
5. 企業型DCは従業員の将来を支える福利厚生になる
企業型DCの特徴は、従業員が自分の年金資産を確認しながら、老後に向けた資産形成を進められることです。
会社にとっては、従業員の退職後の生活を支援する仕組みを用意できるという意味があります。
従業員にとっては、公的年金に上乗せする老後資産を準備する機会になります。
さらに、厚生年金の被保険者である法人役員も、規約などの要件を満たせば加入できる場合があります。
経営者自身の退職後資金を考えるうえでも、選択肢の一つになります。
ただし、企業型DCには運用による資産減少の可能性や、原則60歳まで引き出せないといった制約があります。
また、選択制DCなどの制度設計によっては、給与や社会保険料、将来の年金給付に影響する場合もあります。
だからこそ、制度のメリットだけを説明するのではなく、注意点も含めて従業員に理解してもらうことが大切です。
企業型DCは、制度を導入したら終わりではありません。
加入者が運用の仕組みを理解し、自分で選択できるように、継続的な投資教育を行うことも重要です。
6. 採用活動では「企業型DCあり」だけでは伝わらない
企業型DCを導入している会社が、求人票に「企業型DCあり」と記載することがあります。
しかし、企業型DCという制度を知らない求職者に、その価値は伝わるでしょうか。
特に、これまで企業年金や資産運用に馴染みのなかった人には、制度名だけでは内容をイメージしにくいと思います。
例えば、次のような説明ならどうでしょうか。
「当社では、従業員が安心して長く働ける環境づくりに取り組んでいます。その一環として、退職後の生活に向けた資産形成を支援する企業型DCを導入しています。」
このように説明すれば、制度名だけでなく、会社がなぜ導入しているのかという考え方も伝わります。
重要なのは、福利厚生制度の名称を並べることではありません。
会社が従業員の現在と将来をどのように考えているのか。その姿勢を、具体的な制度とともに伝えることです。
7. 企業型DCの導入前に確認したい5つの項目
実際に企業型DCを検討する際には、少なくとも次の5つを整理しておきたいところです。
①自社の人材課題
採用、定着、退職金、福利厚生など、何を改善したいのか。
② 現在の賃金・労働時間制度
固定給や歩合給の構成、各種手当、労働時間、賃金規程などがどうなっているのか。
③既存の退職金制度
中退共などの制度がある場合、企業型DCを追加するのか、制度全体を見直すのか。
④会社の負担と制度設計
会社がどの程度の掛金や運営費用を負担できるのか。従業員の選択をどう取り入れるのか。
⑤ 従業員への説明と投資教育
制度の目的、税制、社会保険への影響、運用の仕組みなどを、どのように説明するのか。
これらを整理した結果、企業型DCが自社に合っていると判断できれば、具体的な制度設計に進めばよいのです。
8. 運送業専門社労士として、人材戦略と企業型DCを一緒に考える理由
私はこれまで、20社以上の運送会社で賃金制度、労働時間制度、就業規則、賃金規程などの整備や助成金に関する相談に携わってきました。
また、企業型DCについても20社以上の制度設計・導入支援を行っています。
こうした経験から、運送会社の人材問題は、一つの制度だけで考えるべきではないと感じています。
採用、賃金、労働時間、職場環境、人材育成、退職金。
これらは別々の問題のようで、実際には深く関係しています。
例えば、採用した従業員が長く働き、経験を積み、将来の生活設計を描ける会社になっているか。
そのために、会社として何を整備すべきなのか。
企業型DCは、こうした人材戦略の中で考える制度だと思っています。
私は企業型DCの可能性を高く評価しています。
だからこそ、企業型DCの制度説明だけでなく、会社の賃金制度や労働時間制度、経営課題まで踏まえた制度設計を大切にしています。
まとめ. 企業型DCを導入する前に、自社の人材課題を考える
中小企業の人材不足対策では、採用活動だけでなく、従業員が長く働ける環境づくりが重要です。
給与や休日、労働時間、職場環境、教育制度、退職金制度などを総合的に考える必要があります。
企業型DCは、従業員の老後資産形成を支援し、福利厚生を充実させるための有力な選択肢です。
しかし、すべての会社に同じ制度が適しているわけではありません。
まずは、自社が人材について何に困っているのかを整理する。
そして、会社として従業員にどのような働く環境と将来を提供したいのかを考える。
その結果、企業型DCが自社の課題に合っているのであれば、具体的な導入を検討する。
「企業型DCを導入しましょう」から始めるのではなく、「自社の人材課題は何なのか?」から考える。
これが、私が中小企業の経営者にお伝えしたいことです。
YUTOLI 社会保険労務士・FP事務所
運送業・企業型DC・助成金専門社労士
運送業の賃金制度・労働時間制度の整備、企業型DCの制度設計・導入支援についてご相談を承っています。
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