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小田原漂情

国語力に定評がある文京区の総合学習塾教師

小田原漂情(おだわらひょうじょう) / 学習塾塾長

有限会社 言問学舎

コラム

仙石線全線運転再開に寄せて

2015年6月1日 公開 / 2017年2月21日更新

テーマ:小田原漂情

コラムカテゴリ:スクール・習い事

 5月30日(土)、仙台と石巻を結ぶJR仙石線の高城町(たかぎまち)-陸前小野間が、津波で被災した東名(とうな)駅、野蒜(のびる)駅とその前後の4kmほどの線路とを内陸側に移設した上で運転再開を果たし、東日本大震災以来4年2ヶ月ぶりに、全線開通しました。当初から沿岸の鉄道線の復旧を願い、小説を書いて来た身として、心からお祝い申し上げるとともに、関係各位のご尽力に敬意を表したいと思います。あわせて亡くなられた多くの方々に、改めてお悔やみを申し上げるものであります。

 今から32年前となる1983年(昭和58年)の夏、私がはじめて東北の海辺の駅に降り立ったのは、まさにこの野蒜駅でした。宮城電鐡の名残りをのこす仙台駅の旧仙石線ホームから、旧型国電の足回りに国電103系の車体をのせた仙石線の電車で、仙台市東郊を抜け、多賀城、塩釜を経てはじめて松島の海を見た時の言葉にならない感激は、今も鮮烈によみがえって来ます。当時、本塩釜の高架駅は完成して2年に満たぬ頃であり、朝日を浴びて輝くそのさまは、白亜の城郭のように見事でした。そして野蒜は、通称奥松島と呼ばれる宮戸島への入り口で、ここから月浜という美しい名の、宮戸島の一番奥に位置する浜辺の集落を、たずねたのです。

 2011年(平成23年)3月11日に発生した東日本大震災では、野蒜駅から石巻方面へ向かっていた下り列車は高台に近いところで停車し、その後の判断も良く乗客全員が難を逃れましたが、仙台方面へ向かっていた上り列車は海岸近くで地震発生に遭遇したために、車両も流され、犠牲になった方もおられました。日々刻々と伝えられる惨状を前に、私は言葉を失いましたが、かつて野蒜から石巻、女川、そして気仙沼や陸前高田、釜石など三陸の海辺の景物に心をなぐさめられた者として、必ず報恩を為さなければと誓い、自社ブログでもそのことを表明しました。2012年(平成24年)10月から仙石線の仙台-野蒜間を皮切りに往時の沿線のすがたを描いた小説『たまきはる海の命を-鉄路よ永遠なれ』シリーズは、本年4月5日に第6作(『志津川の海』)を発表して完結しましたが、ほぼ時を同じくして、石巻線が女川までの全線開通を果たし、そして仙石線が今回の高城町-陸前小野間の再開による全線開通に加え、東北本線から仙石線へ乗り入れる仙台東北ラインの新設という形をあわせて、仙台-石巻間の鉄道の運行が再開されたことは、まことに感無量であります。

 今後もひきつづき、鉄道と三陸の海を愛する一人として、未だ再開ならない気仙沼線、大船波線(両線はBRTによる仮復旧中)、山田線の行方を見守り、三陸縦貫鉄道の全線再開を願いつづけるものであります。

小説『たまきはる海の命を-鉄路よ永遠なれ』シリーズは、『Web頌』にてお読みいただけます。
 『Web頌』は、現在7号が最新号で、バックナンバーの第2号~第7号に、全6作を掲載してあります。『たまきはる海の命を-鉄路よ永遠なれ』の総題は記載してありませんので、「小田原漂情」の各作品をご覧下さい。

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