後継者が社長になっても社員が動かない理由【事業承継後のゴタゴタ整理3】
その判断基準を間違えると会社は分裂します
事業承継が決まると、多くの後継者は悩みます。
「先代のやり方を、このまま続けるべきなのだろうか。」
一方で、先代もまた、「今まで築いてきたものを、簡単に変えてほしくない。」という思いを抱えています。
そして社員は、その様子を静かに見ています。
私は、この場面でいつもお伝えしていることがあります。
事業承継で難しいのは、「何を変えるか」ではありません。「何を残すか」を決めることです。
「全部変える」も「何も変えない」も失敗する
後継者が就任すると、「自分の色を出さなければ。」という気持ちが強くなることがあります。
反対に、「先代が築いた会社だから。」と遠慮しすぎて、何も変えられない人もいます。
しかし、この二つは、どちらも極端です。
全部変えれば、社員は会社の歴史を否定されたように感じます。何も変えなければ、後継者が社長になった意味が見えません。
事業承継とは、この二つの間にある最適なバランスを探す仕事なのです。
「やり方」と「目的」は分けて考える
現場でよくあるのが、「先代は、こうやっていました。」という言葉です。
このとき私は、「それは目的ですか。それとも手段ですか。」と問い返します。
例えば、毎朝全員で朝礼を行っていた会社があるとします。
後継者は、「朝礼は時間がもったいない。」と感じるかもしれません。
しかし、朝礼の目的が、「社員全員で情報を共有すること」「会社の方向性を確認すること」だったとすれば、残すべきなのは朝礼というやり方ではなく、情報共有という目的です。
目的が同じであれば、オンラインミーティングでも、チャットツールでも構いません。
残すべきものを間違えなければ、やり方はいくらでも工夫できます。
先代が本当に残したかったもの
先代社長に、「何を一番大切にしてきましたか。」と質問すると、意外にも、「この帳票だ。」とか、「この会議のやり方だ。」とは答えません。
多くの方が話されるのは、「お客様との信頼。」「社員との約束。」「地域との付き合い。」
そんな目に見えない価値です。
つまり、先代自身も、本当に守りたいのは方法ではなく、会社の存在意義なのです。
社員が混乱するのは「基準」が見えないから
社員は、変化そのものよりも、判断基準が分からないことに不安を感じます。
昨日まで大切だと言われていたことが、今日から突然否定される。その理由が説明されない。
すると、「次は何が変わるのだろう。」という不安が広がります。
一方で、「お客様第一という考え方は変えません。」「ただ、その実現方法は変えます。」そう説明されると、社員は安心します。
変化には理由が必要です。
そして、その理由は会社の価値観につながっていなければなりません。
私が確認する三つの質問
事業承継後に何を残し、何を変えるかを整理するとき、私は次の三つの質問を投げかけます。
一つ目。
これは、お客様のために必要なものですか。
二つ目。
これは、社員が安心して働くために必要なものですか。
三つ目。
これは、単に「昔からそうだった」だけではありませんか。
この三つを整理すると、多くの会社で答えが見えてきます。続ける理由があるものは残す。理由がなく、慣習だけで続いているものは見直す。その判断が、会社の未来をつくります。
「変えること」を目的にしない
事業承継では、「改革しなければ。」という気持ちが先行しがちです。
しかし、変えること自体が目的になってしまうと、会社は方向性を失います。
大切なのは、会社が目指す未来に必要だから変える。という順番です。
その順番を守る会社は、改革が定着します。
逆に、「新社長だから変える。」では、社員の納得は得られません。
「経営の再編集」という視点
私は、事業承継とは、会社の歴史を消すことではなく、歴史に新しい章を書き加えることだと考えています。
長年積み重ねてきた信頼。地域とのつながり。社員が育んできた文化。それらは、会社にとって大切な財産です。
一方で、時代が変われば、仕事の進め方も、組織の仕組みも、情報共有の方法も変わります。
だからこそ、残すべき価値は守り、変えるべき方法はためらわず変える。
その判断を繰り返しながら、会社を次の時代へつないでいく。
それが、私の考える「経営の再編集」です。
事業承継は、過去と未来のどちらかを選ぶことではありません。
過去から受け継いだ価値を未来につなぐために、会社をより良い形へ編集し直すことなのです。
次回予告
「社員への事業承継メッセージで伝えるべき五つのこと──社員が知りたいのは『理念』より『自分の未来』」
事業承継後、新社長が最初に社員へ何を伝えるかは、その後の組織づくりを大きく左右します。次回は、社員の不安を安心へ変えるために、経営者が伝えるべき五つのポイントについて考えていきます。



