しつけ、は誰がするの?
ほめるとは、感動を伝えること
子どもの心を動かす「本当のほめ言葉」とは
七田眞先生の日めくりカレンダーに、
「ほめられると心が動く」
という言葉があります。
私はこの言葉に、子育てと教育の本質が込められていると感じています。
子どもの姿を変えたい。
よりよく育ってほしい。
自分から伸びていく自立した子になってほしい。
そう願うなら、まず必要なのは、子どもの行動だけを変えようとすることではありません。
その子の心を動かす
ことです。
子どもは、心が動いたときに変わります。
親が喜んでくれたとき、認められたとうれしく感じたとき
はじめて内側から力が湧き、自ら育とうとするのです。
その意味で、子どもの心を動かすうえで大切なのが、
「ほめる」
という関わりです。
けれども、ここで一つ、丁寧に考えておきたいことがあります。
それは、
「ほめる」と「おだてる」は違う
ということです。
「ほめる」とは「おだてる」ことではない
世間ではよく、
「子どもをほめて育てましょう」
と言われます。
それは確かに一理あります。
けれども、その言葉だけが独り歩きすると、
「とにかく何でもほめて喜ばせればよい」
「機嫌よくさせるために調子のよい言葉をかければよい」
という理解になってしまうことがあります。
しかし、本来の「ほめる」は、そのような表面的なものではありません。
心のこもらない浅い言葉、つまり
「すごいね」
「えらいね」
を繰り返したところで、子どもの心には深く届きません。
なぜなら、子どもは大人が思っている以上に敏感だからです。
大人の声の調子、表情、空気感、まなざし。
そこに本当の思いがあるかどうかを、子どもはちゃんと感じ取っています。
親の心が一ミリも動いていないのに、口先だけで「すごいね」と言っても、
そこにはまったく力が宿りません。
上っ面の言葉だけでは、子どもの心は動かないのです。
本当のほめ言葉は「感動」から生まれる
私は、
「ほめる」とは、感動を伝えること
だと思っています。
子どもの何気ない一言に心を打たれた。
ふとしたやさしさに胸が温かくなった。
以前はできなかったことに挑む姿を見て、成長を感じた。
その子らしい発想や表現に、はっとさせられた。
そうして親の心が動いたとき、自然にあふれ出る言葉。
それが、本当のほめ言葉なのではないでしょうか。
つまり、
子どもの姿に触れて 親が感動する。 その感動が言葉になる。 その言葉が子どもの心を動かす。
この流れがあってこそ、「ほめる」という行為は生きたものになります。
ですから、ほめ言葉の本質は、テクニックではありません。
上手に言うことでも、褒めるフレーズをたくさん知っていることでもありません。
大切なのは、まず
親の心が動いているかどうか
なのです。
子どもの心を育てるのは「ジャッジ」ではなく「共感」「共鳴」
子どもをほめるというと、
「結果を認めること」
「できたことを評価すること」
と捉えられがちです。
もちろん、それも一つではあります。
しかし、子どもの心の育ちという観点から見ると、もっと大切なのは
結果を評価することではなく、過程を認めること、共感し共鳴すること
です。
この子は今、何を感じているのだろう。
どんな思いでその行動をしたのだろう。
何を乗り越えて、ここまで来たのだろう。
どこにこの子らしさが表れているのだろう。
そうやって子どもの姿を丁寧に見つめ、その育ちに心を寄せたとき、親の言葉は単なる評価ではなくなります。
その子の存在そのものを受けとめる、深いメッセージになります。
こうした関わりの積み重ねが、子どもの自己肯定感を育てていくのだと考えます。
子育ての場面てよく耳にする自己肯定感とは、ただ「自分はできる」と肯定することではありません。
自己肯定感とは
「自分のことを分かってくれる人がいる」
「自分の中のよさに気づいてくれる人がいる」
「自分の存在を認めてくれる人がいる」
その安心感の中で、子どもの内側に育っていくものです。
感動するためには、細やかな観察が必要
では、親が子どもに感動するためには、何が必要なのでしょうか。
それは、
細やかで静かな観察
だと私は思います。
毎日一緒にいると、子どもの成長は見えにくくなることがあります。
昨日も今日も変化なく同じように見えるがゆえに、つい
「まだできない」
「ここが足りない」
「もっとこうなってほしい」
「全然進歩しない」
と、不足の方に目が向いてしまう
ことがあるのです。
けれども、子どもは実は日々少しずつ育っているのです。
以前より言葉がやわらかくなった。
人の気持ちを思いやる場面が増えた。
投げ出さずに取り組める時間が長くなった。
自分なりに考え、工夫する姿が見られるようになった。
その場の状況に合わせて行動できるようになった。
失敗してもめげずに次へ向かう意欲がちょっとだけ持てるようになった。
こうした変化は、派手ではありません。
見逃そうと思えば、簡単に見過ごしてしまうような小さな成長かもしれません。
しかし、子どもの育ちの本質は、実はこういうところにこそ表れます。
子どもの細かなところをよく観察すること。
親の勝手なジャッジを捨ててフラットに見ること。
比較せずに見ること。
急がせずに見ること。
その積み重ねが、親の感動する力を育てます。
親の柔らかい感性が、ほめ言葉に力を与える
もう一つ大切なのは、
親自身が柔らかい感性を持っていること
です。
子育て中は、毎日が本当に忙しく、余裕のないことも多いものです。
時間に追われ、家事に追われ、気がつけば「こなす」ことで精いっぱいになってしまう日もあるでしょう。
そういうとき、人はどうしても、子どもの姿を味わうより先に
「早くしてほしい」
「ちゃんとしてほしい」
「困らせないでほしい」
という思いが立ちやすくなります。
それは、
保護者様が怠けているからではありません。
むしろ、日々一生懸命に子育てをしておられるからこその姿です。
けれども、時間に追われて心が固くなっていると、
子どもの小さな成長に感動する余白も失われやすくなります。
だからこそ、子育てには、親自身の心を整えることも必要
なのです。
完璧でなくて構いません。
いつも穏やかでいられなくても当然です。
けれども、わが子の中にある光に気づけるだけの柔らかさは、持っていたいものです。
親の感性が柔らかいと、子どものよさに気づけます。
子どものよさが見えると、感動が生まれます。
感動が生まれると、言葉が変わります。
言葉が変わると、子どもの心が変わります。
子育てとは、まさにこの心の循環なのだと思います。
心の育ちは、やがて言葉や表現にあらわれる
先日、教室の高学年コースのCさんのお母さまが、
「先生に感動のおすそわけをしますね」
と言って、Cさんが作った短歌を見せてくださいました。
Cさんがまだ赤ちゃんだったころから、その成長を長く見守らせていただいてきた私たち講師にとって、その短歌は単なる作品以上のものでした。
そこには、Cさんの深い感性、
ものごとを受けとめる豊かな心、
そしてそれを言葉にして表現できる内面の育ちが、静かに映し出されていました。
私はそれを拝見して、心を打たれました。
まさに感動
でした。
子どもの成長は、テストの点数や目に見えやすい結果だけに表れるものではありません。
ふとした表現、まなざし、言葉の選び方、思いやり、感じ方。
そうしたところにこそ、その子がどのように育ってきたのかが表れるのです。
そして、その育ちに感動できる大人がそばにいることは、子どもにとって大きな幸せだと思います。
ほめるとは、子どもを操作するための技術ではない
ここで、もう一つ大事なことをお伝えしたいと思います。
ほめるという行為は、
子どもを思い通りに動かすための技術ではありません。
子どもを動かすために、気分よくさせるために、都合よく導くために使う言葉は、
どこか薄っぺらく
その場しのぎにはなっても、心の深いところには届きません。
本当のほめ言葉とは、 「あなたのこの姿に、私は心を動かされました」 という、まっすぐな真実のメッセージです。
それは、何かをさせるための言葉ではなく、
子どもの存在や育ちに対して、大人が敬意をもって応える言葉です。
だからこそ、そこには力があります。
だからこそ、子どもの心を動かすのです。
子どもの成長に感動できる親でありたい
子育ては、きれいごとばかりではありません。
同じことの繰り返し、思うようにいかず、ため息の出る日もあるでしょう。
感情的になってしまうことも、落ち込むこともあります。
それでも、子どもの育ちにとって大切なのは、
わが子の成長に感動できる大人がそばにいること
ではないかと私は思います。
上手にほめようとしなくてもよいのです。
気の利いた言葉を探さなくてもよいのです。
まずは、子どもの姿に関心をもち心を寄せること。
そして、
「ああ、この子、ちゃんと心が育っている!!」
と感じること。
その感動があれば、言葉は自然に生まれます。
そしてその言葉は、きっと子どもの心を温かく揺らします。
そんな子育てを、ご一緒に
ほめるとは、感動を伝えること。
そして感動するためには、子どもをよく見つめることと、
親自身の感性を柔らかく保つことが必要です。
私が長年提唱し続けている「ファーストクラスの子育て」とは
子どもの心を丁寧に育てる子育てのこと。
そんな子育ては、特別な技術で成り立つものではありません。
日々の暮らしの中で、わが子の小さな成長に気づき、その感動を言葉にして届けること。
そして、その積み重ねが子どもの自己肯定感を育て、心の豊かさを育て、人としての土台を育てていくということ。それが私が思う心の子育てです。
子どもを伸ばしたい。
けれど、能力だけではなく、心も育てたい。
そう願っておられる保護者様と、これからもご一緒できましたら嬉しく思います。


