自宅で暮らし続けるために、保佐人の利用を ☆成年後見vol.11③☆
全国銀行協会の指針 親族からの払戻しに応じる姿勢
全国銀行協会は、2021年2月、認知症などで預金を自ら引き出せなくなり、代わりに親族らが求めた際の対応に関する「指針」を策定し、下記の全ての条件の下、代理権を持たない親族であっても払戻しに応じる姿勢を示しました。
(1)判断能力の低下を確認
方法としては、医師の診断書提出。あるいは、複数銀行員による本人の面談。
(2)本人の利益に適合する場合であることを確認
入院や介護施設費用の請求書や親族支払いの領収書など。
(3)窓口へは、通帳・キャッシュカード・銀行印の他に、預貯金者本人との関係性の分かる書類を提示
銀行が預金の払戻しに応じてこなかった理由
民法の私的自治の原則では、法律行為が有効であるためには、行為者に自己の行為の結果を弁識(物事の道理を十分に知ること)するに足りるだけの精神能力が必要だとし、この能力を「意思能力」といいます。その結果、意思能力のない者がした法律行為の責任を本人は問われず、法律行為は無効となります。銀行は、意思能力のない預金者本人に預金を払い戻すと、後から、本人や他の親族から無効を主張され、再度預金の払戻しを請求されるリスクが生じます。従って、ご本人に意思能力の存在が疑われる場合には、銀行は、親族からといえども、その払戻には応じないという姿勢になります。
預貯金等の管理・解約が、成年後見制度利用の動機No.1
自ら財産を管理できなくなった認知症の人を保護する制度として、成年後見制度があります。成年後見制度を利用すれば、本人の財産や身上監護に関わる法律行為は後見人が行えます。銀行においては、前述の二重払いといったリスクを踏まえると、「指針」が出た後においても、できるだけ成年後見制度を利用して欲しいと考えるでしょう。
最高裁判所事務総局家庭局 成年後見関係事件の概況(平成 31 年 1 月~令和 1 年 12 月) によれば、現状において、家庭裁判所に成年後見人の選任を申し立てる主な動機 No.1 は、「預貯金等の管理・ 解約」です。実際に困っている預金者やその親族がこれだけ多数存在し、社会問題となってきていることが分かります。後見制度利用までの急場の必要に、限定的にでも対応することを求めたものが、この「指針」を出した意義だと考えます。
成年後見制度を利用した場合との違い
親族からの払い出しに応じるサービスでしのげるのか、成年後見制度の利用を検討するかは、本人の資産の状況や、在宅か施設か、想定できる大きな財産の処分など、またお金の使途によって異なってきます。
どんな場面を想定して判断すればいいのでしょう。参考までに、できることを○、できないことを×で表してみました。
「成年後見制度は費用がかかる」の実際
後見制度を利用するには費用がかかるという意見を散見しますが、正確ではありません。後見人には、専門職に限らず親族も選任されています。例えば、預貯金資産500万円の場合、親族が候補者となれば、裁判所は候補者を後見人に選任するでしょう。それ以上の資産があったとしても、預貯金を信託銀行に預ける成年後見制度支援信託という方法を選べば、親族が単独で後見人となることが認められています。(後見制度支援信託については、別にコラムを書いています。コラムのテーマ一覧から「成年後見制度と制度・関係法律」で検索下さい。)従って、親族後見人となる人が報酬を求めなければ、「成年後見制度は費用がかかる」は当てはまらず、報酬支払を心配することはありません。親族後見人と専門職後見人を区別しないで「成年後見は費用が発生する」というのは残念です。「実際に多くの後見人を経験している専門職」、「実際の運用をよく知る専門職」を選んで、是非相談していただきたいと思います。
選択肢は広がった今、どう備える
さて、銀行協会の指針を受けて、どれだけ多くの金融機関が、この「指針」に応じたサービスを出してくるのか、また、どの程度、継続的な出金に対応してくれるのか注目されます。但し、銀行が、個別に支出の是非を判断することは無理でしょうから、施設費や医療費といった本人のための支出と分かりやすい費用だけを本人の預金から支払うことで用は足りる、それ以外は親族が立て替えてるというのであれば、銀行の提示するサービスを利用することは、親族にとっては簡単便利です。本人(預金者)としては、自動引き落としを利用する、予め預金者本人に代わって入出金や解約ができる代理人を銀行に届けておくサービスの活用を検討することは、今のうちにできる自衛策となります。認知症になってからでは預金の預け替えはできないので、金融機関ごとのサービス内容を検討して、預貯金の整理をするなどしておくことも備えとなるでしょう。
一方で、管理すべき資産に、株式や暗号資産など価値の変動する資産がある場合には、成年後見制度の利用を考える必要があります。あるいは、資産構成を変更してしまうという考えもあり得ます。金利も低いし、変更したくないという人には、運用方法にまで指示をした任意後見契約の締結で備えることもできます(任意後見契約については、次の機会に)。
資産構成を老後に備えて考えておくことは、今からできる備えとなるでしょう。
(司法書士佐井惠子)