【第3部】2026年度「年収の壁」~影響を踏まえた企業の対策

江崎充豊

江崎充豊

テーマ:経営


はじめに

 第2部では、法改正が個人と企業に与える影響を整理しました。
では、企業は実際に何をすればよいのでしょうか。
ここで大切なのは、法改正を受け身の対応に終わらず、人件費設計、制度設計、人材確保の観点から先回りして準備することです。
 特に中小企業では、限られた人員で日々の実務を回しているため、制度変更への対応が後手に回ると、現場の混乱や従業員の不安につながりやすくなります。
 
第3部では、年収の壁への対応として、企業が優先的に取り組むべき対策を、財務と労務の両面から整理します。

対象者の棚卸しとシミュレーション

 まずは、どの従業員が、どの壁の影響を受けるのかを把握することです。
「扶養内パート」という一括りでは、実務上の判断ができません。
実際には、週所定労働時間、時給、学生区分、勤務先の企業規模、配偶者手当の有無などによって、影響の出方が異なります。
 棚卸しの際は、たとえば次のような切り口で分類すると分かりやすくなります。

分類項目確認ポイント実務のポイント
労働時間週20時間以上か未満か社保加入対象の判断基準
賃金水準時給・月額賃金はいくらか2026年10月までは賃金要件確認、以後は手取り試算に活用
学生区分学生か否か短時間労働者の適用判断に影響
配偶者手当配偶者の勤務先で手当があるか就業調整の有無に左右
扶養希望扶養内就労を希望しているか説明・面談の優先順位に影響

 この棚卸しを行うことで、誰に対してどの説明が必要か、どの部署で人件費影響が大きいか、どの従業員に制度変更の案内を優先すべきかが見えてきます。

労務シミュレーションと財務シミュレーション

 次に必要なのは、働き方別のシミュレーションです。
ここで重要なのは、単なる手取り試算だけで終わらせず、会社負担も併せて見ることです。
 たとえば、週20時間未満に抑える運用を続けるのか、20時間以上で社会保険加入を前提に働いてもらうのかで、従業員の手取りも会社の負担も変わります。
 
しかし、企業として見るべきは社会保険料の増加額だけではありません。
就業調整によってシフトが埋まらず、既存社員の残業が増えたり、追加採用が必要になったりすれば、別のコストが発生します。
 そのため、次のような観点で整理、試算することが大切です。

シミュレーション項目従業員側企業側
週20時間未満で抑える扶養内維持しやすい社保負担は抑えられるが、労働力不足の可能性
週20時間以上で加入手取り減の可能性があるが保障増法定福利費は増えるが、稼働安定・定着強化が期待できる
時給引上げ+加入手取りに対する説明がしやすい人件費増だが、採用競争力向上の可能性

 このように、年収の壁対応は「コスト削減策」ではなく、「人材戦略と収益性をどう両立するか」の問題として見ることが重要です。

「財務×労務」を継続的に管理する体制づくり

 最後に大切なのは、年収の壁の対応を単発の制度対応で終わらせないことです。
社会保険の適用拡大は今後も段階的に進み、税制や企業内制度との整合も継続的に点検していく必要があります。
 そこで企業には、労務担当だけでなく、経営者や財務担当も交えた形で、次のような管理体制を整えることが必要です。

管理テーマ主な担当見るべきポイント
対象者管理人事労務労働時間、扶養希望、学生区分
コスト管理財務・経営法定福利費、人件費率、粗利、生産性
制度管理人事労務・経営配偶者手当、賃金制度、就業規則
従業員説明人事労務・現場管理職手取り、保障、働き方の選択肢

 年収の壁の問題は、「財務」と「労務」が密接に関係するテーマです。
制度に振り回されるのではなく、制度を前提にどう人材を活かし、どう経営を安定させるかという視点が、中小企業には求められています。

まとめ

 「年収の壁」への対応は、属人化から脱却し、生産性を向上させるチャンスです。
壁を取り払い、従業員が最大のパフォーマンスを発揮できる環境を整えることは、安定した財務基盤の構築に直結します。
 次のコラムでは、年収の壁について、特に「年金制度」の観点からさらに詳しく掘り下げて解説します。

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江崎充豊
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江崎充豊(社会保険労務士)

マネジスタ湘南社労士事務所

現役銀行員としての財務分析力、社労士としての労務知識を融合させ企業を支援。資金調達や事業計画、人事労務体制整備からデジタルツール導入まで、経営者が本業に集中できる環境作りをアシストする。

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