軟骨減少と診断された右股関節痛が、歩いて来院できるまで改善した症例
年齢を重ねた方から、「年だから、痩せてしまうのは仕方がない」という言葉をときどき耳にします。しかし高齢者の体重減少は、筋肉量の低下や体力の低下につながることがありますので、「年のせい」のひと言で片づけずに一度立ち止まって考えてほしいと思っています。
今回ご紹介するのは、お尻の痛みをきっかけに当院へいらした87歳の女性のケースです。お話を伺っていくうちに見えてきたのは、痛みよりもずっと大きな、ご本人の本当の悩みでした。
「お尻が痛い」の奥にあった、もう一つの悩み
肩こりを訴えて来られた方に、実は別の不調が隠れていることがあるように、来院のきっかけになった症状とご本人がいちばん困っていることが、必ずしも同じとは限りません。この方もそうでした。
この女性は有料老人ホームで暮らしていらっしゃる方で、若い頃からお尻の痛みがあり、接骨院や鍼灸院で施術を受けてこられたそうです。
通っていた鍼灸院の先生が一年前に廃業され、施術を受ける場所がなくなっていたところ、以前からご友人に聞いていた当院にいらしてくださいました。長年鍼灸に親しんでこられた方なので、鍼やお灸への抵抗感はないとのことでした。
お困りだったのは、立ち上がるときのお尻の痛みです。以前より痛む場面が増えていたそうですが、車の乗り降りでは痛まず、夜に痛むのも時々という程度で、激しい痛みではありませんでした。
当院では初回にまず30分かけて、これまでの経過や食事、睡眠などのお話を伺うのですが、食事のことを伺っているときに、このようなことをおっしゃいました。
「痩せて、頬もこけてしまった。もう少し太りたい」
身長158cmで、以前は50kgほどあった体重が少しずつ減り、さらに夏痩せで3kgほど落ちて、初回の来院時は43.9kgでした。食事は1日3回摂っているものの食欲はあまりなく、若い頃から肉を食べる習慣がほとんどないため、タンパク質は魚や卵から摂っていたそうです。
ご本人は「痩せたことで筋肉が落ち、それでお尻も痛くなったのではないか」と考えていらっしゃいました。
中殿筋と東洋医学の見立てから考えた施術方針
ご本人のその考えを頭に置きながら、実際に身体に触れて確かめてみると、全身の筋肉の張りは弱く、お尻の中殿筋には押すと痛む部分と硬結が見つかりました。
中殿筋とは、骨盤の横から太ももの骨につながり、立つ、歩く、片脚で身体を支えるといった動作で骨盤を安定させる大切な筋肉のことです。硬結とは、筋肉の中で硬くこわばっている部分を指します。
あわせて、脈やお腹の状態、全身の筋肉の張りなどを確かめる東洋医学的な見立ても行いました。私はこの方の状態を、年齢に伴う体力の低下に加えて、食べたものからエネルギーを作り出す力が弱くなっている状態と考えました。
87歳という年齢もあり、ご本人には「もっと痩せてしまうのではないか」「体力まで落ちてしまうのではないか」という心配もあったと思います。そこで、お尻の痛みだけを施術の目標にするのではなく、食事や体力のことも含めて一緒に見ていきましょう、とお話ししました。
初回は、立ち上がるときの痛みに対して中殿筋を中心に鍼を行いました。硬結をゆるめ、立ち上がる際の筋肉への負担を減らすことが目的です。同時に重視したのがお灸で、台座灸の「長生灸レギュラー」を使い、身体を温めながら全身の状態に目を向けた施術を行いました。
ペースはまず週1回とし、そこから経過を見ていくことにしたのです。
施術者の目標と、患者さんの希望を混同しない
この方の施術で私が最も大切にしたのは、「施術者が改善のターゲットにしたい症状」と「患者さんが本当に困っていること」を混同しない、ということでした。
施術を重ねる中で、朝起きたときの違和感が残ることもありました。高齢になると筋肉量や柔軟性が低下しやすくなりますので、すべてを「痛みのある場所だけ」の問題として考えないことも、ご本人にご説明しました。
もし私がお尻の痛みだけを施術の目標にしていたら、この方が本当に気にしていた「痩せすぎた身体を何とかしたい」「頬がこけたのが嫌だ」という思いには、手が届かないままだったかもしれません。
そこで経過を見ながら、施術の重点を「痛み」から「体力や全身の状態」へと少しずつ移していきました。背中にある「肝兪(かんゆ)」というツボにも長生灸レギュラーを加え、体調や食欲、体重の様子にも目を向けながら施術内容を変えていったのです。
その後は週1回から月1回のメンテナンスへと移行し、手足の冷えなど、その時々の体調に合わせた施術へと切り替えています。
勤務時代に影響を受けた内科・漢方医の先生の「施術を行う相手を家族と思いなさい」という教えは、今も私の心に残っています。鍼灸は、痛いところに鍼をするだけのものではありません。その方が何に困り、これからどう暮らしたいのかを伺いながら、施術の目標を一緒に考えることも大切だと感じています。
高齢者の体重減少、まず医療機関で確かめたいこと
ここは、ぜひ知っておいていただきたいところですが、体重が減ってきたとき、まず大切なのは「なぜ減っているのか」を確認することです。
急に体重が減った、食欲不振が続く、強い倦怠感がある、飲み込みにくい、発熱や消化器症状がある。こうした場合は、鍼灸院だけで判断せず、医療機関で原因を調べることを優先してください。
私自身、東洋医学の臨床研究機関に16年勤め、関連病院で医師と連携しながら入院患者さんへの鍼灸にも携わってきました。医療で確かめるべきことを後回しにしないでほしい、というのは、その経験から強く思うことです。
病気が隠れていないことを確認したうえで、食事や運動などの生活面を見直し、必要に応じて鍼灸を併用する。「医療と鍼灸のどちらか」ではなく、必要なものを組み合わせることが大切だと私は考えています。
運動・食事・睡眠という暮らしの土台に、鍼灸のやさしい刺激を加えた4つの要素を意識していただくことを、私は以前からご提案してきました。ただし、鍼灸は食事そのものの代わりにはなりません。身体の状態を見ながら、食事や睡眠、日々の活動の様子にも目を配り、その方が少しでも元気に暮らせるよう支えていく。それが、年齢を重ねた方の施術で私が担いたい役割です。
まとめ
痛みの奥にある「本当はどうなりたいか」を一緒に確かめることを、年齢を重ねた方の施術で私は何より大切にしています。
・年齢とともに体重が減り、体力のことが気になっている方(※医療機関での確認とあわせてご相談ください)
・痛みだけでなく、食事や体調全体のことも含めて相談したい方
・医療機関での治療と並行して鍼灸を受けたいと考えている方
金沢市北安江のトキの森鍼灸院では、初回にお話を伺ったうえで、今の身体の状態や施術の進め方をご説明し、納得していただいてから施術を始めます。痛みのことだけでなく、「体重が減ってきた」といった気がかりも、どうぞそのままお話しください。


