オンライン講演「思春期・反抗期の子どもとのつき合い方〜自己肯定感を育てる7つの関わり〜」:枚方市教育委員会主催
昔、中国にたいへん仏教を厚く信仰されていた皇帝がいました。
たくさんの寺院を建立し、たくさんの教典を翻訳し、たくさんの仏像を造りました。
そのお蔭で多くの人たちが仏教によって救われました。
ある日、インドから達磨(ダルマ)と呼ばれる高僧が中国に来られていることを知った皇帝は達磨を招き、こう尋ねました。
「私はこれまで数えきれないほど多くのお寺を建立して参りました。また、数えきれないほど多くの仏像も造らせました。そのことで多くの民が仏教に触れ、救われました。この私にはどんな功徳があるのでしょうか?」
達磨はたった一言こう言いました。
「無功徳」
つまり功徳なんて一つもない、といいました。
このお話は何を表しているのでしょう。
達磨は皇帝に何を伝えたかったのでしょう。
「お寺をいくら建てようと、仏像をいくら造ろうと、あなたに対する功徳なんてひとつもありません。それによって民衆は救われるかもしれません。でも、あなたには一つもご利益なんてありません。さあ、あなたはどうしますか?それでもお寺を建てますか?それとも功徳がないのならやめますか?」
これは自分の真実が問われる問いです。
達磨大師は禅者ですから、これは一つの大きな大きな問いなのです。
私には何の功徳もない・・。
それでも民衆を救わんが為、寺院を建立し、仏像を造るなら、そこには私利私欲は一つもありません。それは慈悲の心からの行いです。それまでの皇帝の行いは、こういう質問をするくらいですから、自らが救われんが為の善行です。本当の慈悲の心からではありません。慈悲(愛)の心を得ることを最高の功徳とするなら、この問いこそ、それに目覚めるための問いなのです。
功徳がなければ、もうお寺を建てるのはやめか?
お前の善行とは、結局、自己の利益のためではなかったか?
そこで自らの心に素直に向き合い、
「功徳があろうとなかろうと、私はお寺を建て仏像を造る!それで、皆のものが救われるならこんなに嬉しいことはない。」
そう言い切れるなら、そしてそう行動できたなら、最高の功徳である慈悲心を得たことになるのだと思います。
子育ても見返りを求めてするものではありません。
また、いくら子どもの為だからといって、親の願いを押しつけたのでは、結局、見返りを求めての子育てと何らかわりません。
なんの見返りも期待せず、なんの計算もせず、ただ愛の心で大切に育てていくならば、きっとそれでいいのだと思います。
子育ては無功徳。
「功徳なんていりません。だってあなたを愛しているから。」
そう心から言えた時、最高の功徳を得たのです。
愛で心が満たされているのですから。
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