才能の障害という偏見:トム・クルーズさんと他の天才たち
ネットを見ていると、
たまに広告を間違って押す。
「あ。」
すぐ戻る。
それで終わり。
……と思っていた。
翌日。
また出てくる。
その翌日も。
出てくる。
別のサイトでも出てくる。
ニュースを見ても出てくる。
私、そんなに欲しそうでした?
一回、間違って押しただけ。
なのにネットの中では、
「この人、これに興味があります」
ということになっている。
……いや。
興味があるどころか、
昨日の私は、
ただ指を滑らせただけです。
なのに翌日から、
猛烈に追いかけてくる。
もう広告というより、
待ち伏せ。
一回見ただけで、常連になる
これが面白いのは、
「見た」と「欲しい」
を、ネットが区別していないところ。
たまたま押した。
ちょっと調べた。
確認したかった。
嫌いだから見た。
いろんな理由がある。
でもネットからすると、
「見た」=「好き」確定。
……変換が雑。
しかも、
一度そう認定されると、
「これもどうですか?」
「こちらもあります」
「こんなのも好きですよね?」
と、どんどん出てくる。
頼んでないのに、
おすすめだけは熱心。
広告なら、まだ笑える
広告なら、
「いや、いらないって」
で済む。
でも、
ニュースになると、
ちょっと話が変わる。
たまたま、
ある話題の記事を読む。
すると、
似たような記事が増える。
また読む。
また出てくる。
そのうち、
「最近、こういう話ばかりだな」に埋め尽くされる。
でも実際には、
世の中がそうなったのではなく、
私のところに集められているだけ。
とはいえ、人間の心理は洗脳される。
毎日見ていたら、
「みんな、そう思ってるんだ」
と感じてしまう。
また読む。
また集まる。
「やっぱり、そうなんだ」
と確信に変化する。
……これ、地味に危険。
「世の中」を見ているつもりが
ネットは、
自分が興味を持ちそうなものを
探さなくても出してくれる。
とても便利。
ただ、その「おすすめ」が積み重なると、
自分の周りに集まったものを
世の中の全部だと思いやすくなる。
でも、
それは世の中ではなく、
「私向けに集められた世の中」です。
だから、同じものばかり出てきたときは、
「あ、私また餌をやったな」
と思うことが大事。
ネットは、
こっちの興味を勝手に分析して、
勝手におすすめして、
勝手に「好き」と決めてくる。
でも考えてみれば、
一回クリックしただけで
ここまで食いついてくるのも、
なかなか気持ち悪い。
……まあ、
一回クリックしただけで
ここまで追いかけてくる奴に、
毎日せっせと餌をやってしまった私も私だけど。



