言葉にする大切さと難しさ
イヤなことや不快なことのようなネガティブ体験は、発生するとそればかり考えてしまいます。
誰でも好きで考えているわけではありません。イヤだけど考えちゃう。
考えること自体を止めることは出来ませんが、考え方を変えることは出来ます。
それは、苦しみを育てないような向き合い方をすることです。
1.苦しみが育ってしまう仕組み
ネガティブな体験はいつでもどこでも発生しうるものです。
ですから「ネガティブな体験をしない」と決めてしまうと行動できなくなります。
行動は、ネガティブだけでなく楽しく嬉しい成功体験の源でもありますから、行動しなくなってしまえばそこで人生が立ち止まってしまいます。
行動しない、という選択肢は取らないほうがいい。
ではどうするか。
起きたネガティブ体験に囚われるか、距離を取るか、でその後が変化します。
<体験に囚われる>
ネガティブ体験とそこから発生した感情(痛い、苦しい、恥ずかしい、怖い)を今すぐ打ち消そうと藻掻いたり、「こんな感情を感じる自分でいたくない」と無理に感じない風を装ったり、「どうしてこんなことを感じなければいけないんだ」と犯人捜しをし始めることが「囚われ」です。
スタートだったネガティブ体験そのものはすでに完了しているのに、感情への対処に集中しすぎることでそれに気づきません。もしかしたら痛みや苦しみもかなり和らいでいるかもしれないのに、ずっと感じ続けて苦しみ続けているかのような錯覚を起こしてしまいます。
そうすることで、ネガティブ体験が「苦しみ」にまで育ってしまうのです。
<体験と距離を取る>
ネガティブな体験をして何らかの感情や感覚を得るところまでは同じです。「痛い」「苦しい」「辛い」など。
ですがそうした感情や感覚は時間が経過すると少しずつ和らいでいきます。
机の角に脚をぶつけた瞬間はめちゃくちゃ痛い。堪えがたい。蹲ってしまい、もしかしたら血豆や痣が出来たかもしれない。
でもしばらく放置しておくことで少しずつ痛みは引いていき、動けるようになります。それと同じです。
痛いし苦しいけど、その感情を外側から観察しましょう。
「このことで苦しい、辛い、もうやめたいと思っている自分がいる」
のように。
感情そのものに没頭しすぎると自分と感情が一体化してしまいますが、そもそも感情とは頭の中で生まれた自分の一部にすぎません。自分自身のほうが大きく、主導権を握っているのです。
体験とそこから生まれた感情と少し離れて、「感じている自分」を観察する姿勢を取りましょう。
そうすることでリアルタイムの自分の状態を感じ取ることが出来、痛みや苦しみに引きずられず、本来やるべき行動へ移ることが出来ます。
2.なぜ苦しみを育ててしまうのか
人は誰でも自分だけの「スキーマ」を持っています。
スキーマとは、物事や出来事を理解するための枠組みです。100ある事象を全て一つずつ解釈していくのは大変な労力で、それをやっていたら生活出来ません。
ある程度似通った特徴を持ったもの同士を結び合わせて、「大体こんなものだろう」と大枠で解釈し、必要があれば掘り下げる、という効率化を誰もが無意識に行っているのです。
そしてスキーマは、自分が今まで接してきた情報や知識、経験から形作られます。
トマトを見て「美味しい野菜」と解釈する人と「すっぱくて食べづらい野菜」と解釈する人がいるように、1つの物事を誰もが同じように理解するとは限りません。
これまでの経験が、もっと言うとその人の人生が作り上げたものなのです。
そしてネガティブな出来事は、スキーマが苦しみとして育ててしまうことがあるのです。
「人生が作り上げたものなら、もう変えることは出来ないのか」
というとそんなことはありません。
過去の経験そのものを変えることは出来ませんが、自分が何に対してどういうスキーマを持っているのか、出来事を「苦しみ」に育ててしまうのはどんなスキーマか、を知ることは出来ます。
知ることが出来れば変えることも可能です。
スキーマを知るためには、スキーマの中から見ていては分かりません。外側から見る必要があります。
それが「体験と距離を取る」ということに繋がります。
3.体験と距離を取る方法
①体験に抵抗しない
上述しましたが、体験(感情、感覚)を無理に打ち消そうとしたり「無いこと」としてふるまうような抵抗をしないことです。
痛いな、苦しいな、嫌だな、辛いな、と、自分の体験を知りましょう。
知らないことには対処のしようがありませんから。
大雨が降っているけど外出しなければいけない時。
「雨など降っていない」と思い込んで晴れている日と同じような装備で出かければ大変なことになります。
「雨が降っている」事実を受け入れ知ることが、そのための準備を思いつくスタート地点です。
②体験の変容を見届ける
痛みや苦しみのような負の感情そのものは、長く持続するものではありません。
最初は辛いですがじっとして観察していると少しずつ強度が下がります。
最初は80くらいだった痛みが、65⇒57⇒44⇒32……⇒3,2,1、のように。
その経過を観察しましょう。
繰り返すことで「痛みは消える」というスキーマを得ることが出来ます。
③感情は頭の中だけのもの、と理解する
体が実際に感じている痛みは時間と共に消えていきます。
ですが心の痛みは「止まらない思考」によって長く感じ続けてしまいます。
長く同じ苦しみについて考え続けていると、その中心に自分自身が入りこんでしまいます。
繭玉の中の蚕のようなものです。
でも本当は、感情とはそれほど大きなものではありません。もっと言うと頭の中の一部から生まれた自分の一部分にすぎません。
感情を感じなくする、のではなく、「自分自身の一部に過ぎない」という事実を忘れないようにしましょう。
④「今、ここ」に集中する
体験(痛み、苦しみ)と自分を同一視してしまう時、この瞬間の現実世界から切り離された状態になっています。
ということは、今この瞬間ともう一度接続すれば、体験の繭の中から脱出することが出来ます。
まずはゆっくり深呼吸しましょう。鼻から吸った空気が胸、お腹へたまっていき、お腹が膨らむのを感じます。数秒息を止めて全身に酸素が行きわたった様子を想像したら、口から全部の空気を吐き出します。結構苦しいです(笑)もう無理、空気なんか全部抜けきった、というところまで吐き出します。これを数回繰り返します。
そして自分の姿勢、脚や腰、背、頭、腕、お尻の感触、体で痛いところや痒い所はないか、を探ります。見える物を映画のスクリーンのように隅々まで観察します。聞こえる音を一つ残らず拾います。周囲にいる人の気配を察知しましょう。
途中で痛みや苦しみに引き戻されます。そしたらまた「今、ここ」と接続する作業へ戻りましょう。この「行ったり来たり」が筋トレです。
習慣化すると、感情の繭に閉じ込めらたと気づいたときに外へ脱出出来ます。
外へ出たら体験を外から観察しましょう。それが「スキーマを認知する」ことです。
4.体験と距離を取る意味
ネガティブ体験(痛み、苦しみ)と距離を取る作業が、すぐに安心や安全、安楽につながるわけではありません。
むしろ距離を取るためには一旦ネガティブ体験を受け入れなければいけませんから、安心や安全とは真逆の状態になります。
しかし、苦しみを育てないためには、無理な抵抗を辞めて現実を正しく中立的に受け入れる必要があります。それは本来の自分の能力を発揮して行動できるために必要な余裕を取り戻すためです。
ネガティブ体験が「あった」「感じた」ことを一旦受け入れ、それと距離を取り、落ち着いて対応する余裕が生まれれば、行動が出来、結果を得て、学習し、納得して成長出来ます。
安心、安全、安楽はその先にあるものです。
最初の一歩として、ネガティブ体験から生まれた苦しみを育てないよう、体験から距離を取る練習から始めてみましょう。