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第87回 知的財産基本法に規定された行為規定方式の知的財産権として保護されるためには、どのようにノウハウ文書を作成し管理するのか

鈴木壯兵衞

鈴木壯兵衞

テーマ:知財マネジメント

 前回(第86回)のコラムの§2で、サピア=ウォーフの仮説を紹介し、言語は文化、生活習慣、世界観により差異的に関与するので、誰がノウハウを文書化し、誰がそのノウハウ文書を読むかで、技術内容は変わってしまう畏れがあることを述べた。

 今回(第87回)のコラムの§1では、ノウハウ文書を作成するには知恵と工夫が必要であることを説明する。§2では、ノウハウ技術を文書化する場合は、特許文書と同様な【項】に分けて整理し記載するのが便利であることを説明する。§3では、複数のノウハウ技術をどのような様式でまとめて、整理するのが便利かを説明する。

 ノウハウが行為規定方式の知的財産権として保護されるために、最も重要なのはノウハウ文書を作成した日付の管理である。§4ではノウハウ文書の日付の管理はインターネット経由で可能なことを説明する。§5では、公証人によってノウハウ文書の日付の認証をしてもらう方法もあることを説明する。

§1 ノウハウ文書の作成の手順にはノウハウが生まれる

 旋盤工の小関智弘氏は、「鉄を『削る』言葉には20種近くあります。旋盤工として40年やっとこの違いを体で憶えました」と述べている(小関 智弘、『鉄を削る 町工場の技術』、ちくま文庫、(2000年)。)。第86回で説明したサピア=ウォーフの仮説からは、ノウハウ文書の作成は、小関氏のような体で憶えた微妙な違いが分かる現場の人間が最もふさわしいことになる。

 現場の人間が最もふさわしいからと言っても、手順が問題になる。例えば、現場の若手の技術者が先ず、ノウハウ文書の下書きを作成し、ベテランの技術者が不足分等を補充するような手順での共同作業が好ましく、この文書作成の手順の中に、企業毎の「らしさ」等に依存したノウハウが生まれるはずである。

 鉄を「削る」ときに使う言葉に関して、熟練工は1ミリ以上なら「けずる」、それ以下の精密レベルでは「さらう」や「なめる」を使う。ミリより更に小さな1ミクロン未満の精密レベルになると、「きさぐ」になるということである。旋盤工として40年して、やっと違いが体で憶えられましたということは、修行の10年目、20年目、30年目、40年目では、それぞれ見える技術の世界が異なるということである。

 長嶋茂雄氏の「バァーンと振れ」という指導を理解できたのは松井秀喜氏だけと言われるが、松井氏も最初は理解できなかったようである。よって、未熟なレベルの技術者が最初にノウハウ文書を書き、次第に熟練工が書き加えて行く手順の方が、良いノウハウ文書になるというのが、サピア=ウォーフの仮説が教えるところである。

 2016年8月5日にNHKが放送(再放送2025年10月6日)した連続テレビ小説 「とと姉ちゃん」では、常子たちの書きかけの原稿を見て、編集者・花山伊佐次は常子たちの書いた原稿通りに、料理の経験のない水田にホットケーキを作るように指示する。すると、細かいニュアンスが伝わらず、水田が失敗してしまうエピソードが紹介された。

 そこで、誰でも同じものが作れるようにと、編集者・花山が、写真を使うことを提案したというNHKのストーリであった。ノウハウ文書の作成手順でも同じであり、写真等の画像データを技術説明に用いることが重要で、文章だけで説明しようとするのは危険である。

§2 ノウハウ技術は項に分けて整理し記載する

 ノウハウ文書は、特許と同様に図1に示すような「項分記載」の文書を、自社が保有する技術のそれぞれにおいて、整理して記載し、ノウハウ文書のそれぞれには、図面を添付書類とすることが好ましい。
【図1】自社が保有する技術のそれぞれをノウハウ文書として整理する

 ノウハウ文書の作成に関して決まった書式はない。しかし、図1に示したような「背景技術」/「解決しようとする課題」/「課題を解決するための手段」/「ノウハウ技術の効果」と、起承転結をなすように段落分けした項分記載の様式が望ましい。

 特許出願書類とノウハウ文書の違いは、特許出願書類は特許庁に提出し公衆に公開されるが、ノウハウ文書は秘匿されるということだけであり、そこに記載される技術内容は、どちらも同じ様式で構わない。

 図1の項分記載において、背景技術から解決しようとする課題を導くステップには、J-PlatPatによる特許検索で既存の技術のレベルを調査することが重要になることは、特許出願書類の作成手順と同じである。

§3 複数のノウハウ技術をどのように整理するか

 各社には必ず複数のノウハウ技術があるはずなので、それをどのように整理して、知的財産権(=法律上保護される利益に係る権利)に高めるのかが重要である。そのためには、図2に示すような特許文書の特許請求の範囲と同様な、「秘匿技術の範囲」を記載した「纏めの欄」又は「纏めの書面」を用意するのが好ましい。

 実は、特許の「特許請求の範囲」は、1474年のヴェネチア共和国条例(世界最初の成分の特許法)や1624年の英国専売条例(今日まで引き続き施行されている特許法としては最古)には存在していなかった。1790年のアメリカ連邦特許法の制定当時にも「特許請求の範囲」は存在していなかった。

 1822年のエヴァンス対イートン(Evans-Eaton)事件で米国最高裁は、特許の明細書には(1)実施可能要件に対応する部分を公衆に開示する目的と、(2)自己の権利として主張し、他人の侵害行為を排除でき、従来技術の内容と識別した技術的範囲を明示できる特別の技術的特徴を記載する目的の2つの目的があると判示した。この判示を受けて、米国で特許請求の範囲(クレーム)の法律的規定がされたのは、1836年の米国特許法からである。

【図2】各ノウハウ技術には、纏めを記載する

 エヴァンス対イートン事件では、エヴァンスの特許は明細書が具体的な改良点と従来技術の境界を十分に描写していなかったため、特許が広範囲に過ぎて無効であると判断された。ノウハウ技術においても、具体的な改良点と従来技術の境界の見極めや描写が必要になる。

 不正競争防止法第2条第6項の営業秘密の3要件となっている非公知性は、公然と知られていないものという条件であるので、特許庁の審査での要求される条件よりも、不正競争防止法の要件は緩和されている。特許庁の審査では、非公知性(新規性)があることは認めるが、その非公知性の度合いは当業者が容易に推敲出来るレベルであるという厳しい条件が問題となる。つまり、特許庁の審査では、当業者が容易推敲可能であるので、特許を認めることはできないという拒絶が非常に多い。

 例えば、特許庁の審査では、新規性は認めるが「単なる数値限定」や「単なる設計的事項」に過ぎないという判断基準で、当業者が容易に推敲可能なレベルであるとして拒絶される場合が多い。これに対し、ノウハウ文書の場合であれば、数値が異なる技術であれば、不正競争防止法第2条第6項の非公知性が認められる可能性が高い。

 よって、J-PlatPatの特許検索をする作業を習慣とし、当業者がどのレベルにいるのかを常に監視している必要がある。

 このような事情から、ノウハウ技術の秘匿に際しては、自己のノウハウの権利として主張して他人の侵害行為を排除できる技術的範囲はどこかについて、従来技術の内容とは識別できる技術としてノウハウ技術を纏め、図2に例示する態様で、ノウハウ文書に特別の技術的特徴を明示しておくことが好ましい。

 なお、図2は単なる例示であり、他の様式の纏め方でも構わない。いずれにせよ、図1で「背景技術」/「解決しようとする課題」/「課題を解決するための手段」/「ノウハウ技術の効果」の起承転結を説明したが、不正競争防止法第2条第6項の非公知性が認められなければ、せっかくノウハウ文書を作成したとしても、不正競争防止法による保護を受けられず、「役立たずの知的財産」になる。

 「役立たずの知的財産」とは、せっかく、自社の「らしさ」を示す無形資産として存在し、知的財産権たり得る特徴を備えているのにも関わらず、纏め方が稚拙であるため、その知的財産権としての利益を享受できないという意味である。

§4 ノウハウ文書の日付の管理はインターネットで

 第86回等で説明したように、適切に管理されたノウハウは、知的財産基本法第2条に定める行為規定方式の知的財産権(=法律上保護される利益に係る権利)として保護される。

 ノウハウを知的財産権として管理する上で最も重要なのは、不正競争防止法の裁判でそのノウハウが保護できるか、ということである。不正競争防止法の裁判で重要になるのは、ノウハウ文書を作成した日付と、その日付のノウハウ文書の内容が改竄されていないという事実の立証である。

 不正競争防止法第2条第6項の要件が充足されていることが前提ではあるが、ノウハウ文書を作成した日付と、その日付のノウハウ文書の内容が改竄されていないという事実の立証ができなければ、裁判において、ノウハウに係る技術が盗まれたことを説明できない。

 ノウハウ文書の日付の立証は、図3に示すようにインターネット経由で、ノウハウ文書にタイムスタンプを押すことにより可能である。
【図3】ノウハウ文書の日付の管理にはTSAによるタイムスタンプが便利

 図3のタイムスタンプを押す手順では、先ず、ノウハウ文書を作成したらPDFファイルにするところから始まる。そして、図3のステップS1でPDFファイルの指紋であるハッシュ(hash)値をハッシュ関数(hash function)を用いて生成する。さらに、ハッシュ値(メッセージダイジェスト)を総務大臣が認定したTSAにインターネット経由で送付して、TSAに対しタイムスタンプの発行要求をする。
 
 ハッシュ関数は、任意の長さの電子データ(デジタルデータ)から固定長のハッシュ値を算出する関数である。"hash" の語は、「切り刻んで混ぜる」という意味であり、典型的なハッシュ関数では、入力の定義域を多数の部分に「切り刻み」、キーの分布が値域で一様になるように「混ぜた」形で出力する。例えば、元データのバイナリ表現を使い、それを複雑に操作し128~512ビットのハッシュ値が作られる。
 
 入力側のPDFファイルからハッシュ値は容易に算出できるが、ハッシュ値から入力側のPDFファイルを再現する逆演算は計算量的にほぼ不可能(一方向性)である。又、入力側のPDFファイルが変わるとハッシュ値が必ず変わる(非衝突性)という特性を持っている。このことから、ハッシュ値は電子データの「指紋」に例えられる。

 図3のステップS2では、総務大臣認定のTSAが事業者(利用者)から送付されたハッシュ値に時刻情報(タイムスタンプ)を偽造できないようにして結合したタイムスタンプトークンを事業者(利用者)に送付する。

 図3のステップS3での照合検証は、入力側のPDFファイルからからハッシュ値を計算し、それとタイムスタンプトークンに含まれているハッシュ値と比較する。上述したように一方向性があり、ハッシュ値から入力側のPDFファイルを再現する逆演算は不可能である。原データであるPDFファイルであるPDFファイルのハッシュ値と、TSAから送られてきたタイムスタンプトークンに含まれているハッシュ値が一致していれば、PDFファイルに記載されたノウハウ文書はタイムスタンプに含まれている時刻以降改ざんされていないこと証明できる。

 なお、INPIT(工業所有権情報・研修館)がタイムスタンプ保管サービスを2017年3月から開始していたが、残念なことに2021年3月末で終了してしまった。2021年でINPITがサービスを終了した理由は、主に利用率が約0.01%と低迷し、維持・運用に多大のコストがかかった為らしい。しかし、2020年5月からWIPO(世界知的所有権機関)が同趣旨の「WIPO PROOF」サービスを開始しているので、ノウハウ文書の自社での保管に不安のある企業は、「WIPO PROOF」サービスを利用し、タイムスタンプを管理するのがよいと思われる。

§5 公証人にノウハウ文書の日付の認証をしてもらう手もある

 図3に示すようにインターネット経由で総務大臣認定のTSAにタイムスタンプを押してもらう他、公証人に日付情報を付与してもらえば、ノウハウ文書が確定日付のある証書(私書証書)とみなされる。

 公証人は、国家公務員法における公務員には当たらないが、「公証人法」に基づき、法務大臣が任命する実質的意義の公務員である。公証人の職務は守秘義務を負い(公証人法4条)、法務省の監督に服する(公証人法74条)。公証人には職務専念義務があり(公証人法5条)、弁護士や司法書士が兼職することはできない。
 
 公証人は70歳まで勤務することができるため65歳の定年後の裁判官、検察官、および法務省職員など法務省を退職した後に就くことが多い。弁護士出身者も公証人に任命されることができるが、弁護士出身の公証人者は非常に少ない。
 
 公証人は全国各地の公証役場で公正証書の作成、定款や私署証書(私文書)の認証、事実実験、確定日付の付与などを行っている。公証役場数は全国で役300箇所ある。

 青森県内の公証役場は以下の3箇所である;

          青森公証人合同役場 青森市長島1-3-17 阿保歯科ビル4階
          弘前公証役場 弘前市大字新町176-3
          八戸公証役場 八戸市大字廿三日町28 八戸ウエストビル201
 
 公証人に日付情報を付与してもらう場合、1件につき700円程度の費用が発生し、公証役場の事務取扱時間も平日の8:30~17:00に限定されていると思われるので、インターネット経由でTSAにタイムスタンプを押してもらう方が便利であろう。

 辨理士・技術コンサルタント(工学博士 IEEE Life member)鈴木壯兵衞でした。
 そうべえ国際特許事務所は、知的財産経営やデザイン経営のご相談にも積極的にお手伝いします。
              http://www.soh-vehe.jp

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専門家

鈴木壯兵衞(弁理士)

そうべえ国際特許事務所

外国出願を含み、東京で1000件以上の特許出願したグローバルな実績を生かし、出願を支援。最先端の研究者であった技術的理解力をベースとし、国際的な特許出願や商標出願等ができるように中小企業等を支援する。

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