第45回 不常識を非まじめに考えた小学生の特許(米国編)
西澤潤一第17代東北大総長の弟子の中には、結婚のお祝いにランプと筆記具のセットを贈られた方が何人かいるということである。『夜中にアイデアが浮かんだら直ちに書き留めよ』という趣旨だそうである。
§1 西澤先生は、東北大歴代総長の中で最も偏差値の高い研究者
§2 行動主義心理学の法則
§3 寝ている間に良いアイデアが生まれる
§1 東北大歴代総長の中で最も偏差値の高い研究者
西澤先生の研究者として有名なハービマン(Harbeman)氏によれば、西澤先生の研究業績を評価した業績偏差値は図1に示すように172で恐らく日本人では最高であろうという計算結果が報告されている。
https://ameblo.jp/sharonameba/entry-12421043834.html
ハービマン氏の計算では、文化勲章を受賞した研究業績の業績偏差値は95で、ノーベル賞を受賞した研究業績の業績偏差値102である。アルベルト・アインシュタイン(Albert Einstein)は、ノーベル賞級の研究業績を6つしているということで、アインシュタインの業績偏差値は、188になるという。
【図1】ハービマン氏による業績偏差値の計算
ハービマン氏は、西澤先生の場合は、光通信の三要素の発明と、pinダイオード、SIトランジスタ、SIサイリスタの一連の半導体装置の発明の2つの発明がノーベル賞級の研究業績であるとしている。
そして、その他に米国電気電子学会(IEEE)のエジソンメダル(Edison Medal)、ジャックAモートン賞(Jack A. Morton Awards)、IEEE西澤メダル創設及び文化勲章受賞(業績偏差値95.1)を、評価対象の業績と加えて、業績偏差値を計算している。
しかし、ハービマン氏の対象とされたのは工学的若しくは物理学的側面で、いわばノーベル物理学賞的側面での評価である。
現在の半導体産業の根幹となっている完全結晶技術、特にギブス(Gibbs)の法則を再考させた化合物半導体の化学量論的組成の制御の研究は、ノーベル化学賞に値する化学的側面であり、この化学的側面からの研究業績を評価する必要がある。
筆者はこの化学的側面の研究業績が西澤先生の最も特徴的な業績であると考えている。分子レベルで、結晶成長のメカニズムを正しく理解出来ていたのは西澤先生であろう。
分子層レベルで結晶成長を制御する分子層エピタキシーの技術等は今後ますます重要になる技術である。
化学量論的組成の制御の研究の成果の一部として赤、緑の高輝度LEDの実現がある。青色発光ダイオードはノーベル賞を受賞した赤崎先生の特許出願より2年前、中村先生より7年前に、セレン化亜鉛(ZnSe)のp-n接合を用いて実現している。これらの業績は、化学的側面に副次的なノーベル物理学賞的側面としての業績である。
あまりにも斬新すぎて、査読者によって発表がしばらく止められてしまった光エネルギーを用いた結晶成長の技術等も、ノーベル化学賞級の研究業績である。光エネルギーを用いた結晶成長は、20年後に他の研究者に理解されるようになった業績である。
一方、固体の格子振動から光と電波の間の電磁波を取り出すテラヘルツ帯の発信源の研究は、ノーベル物理学賞的側面となろう。西澤先生の業績として卓越しているのは、物理学的側面と化学的側面が有機的に結合してジャングルジムを構成していることである。
このような化学-物理学-工学の広い分野に業績をあげた科学者は、20世紀以降の科学技術の歴史上、希有な存在である。よって、西澤先生の業績偏差値はもう少し上がるはずである。
マリ・キュリー(Marie Curie)は、1903年に「放射能研究」でノーベル物理学賞を受賞し、1911年に「ラジウム・ポロニウムの発見」でノーベル化学賞を受賞している。物理学賞と化学賞を受賞している唯一の研究者であるが、マリ・キュリーの物理学賞と化学賞の研究内容は近い。西澤先生のような広範な分野で卓越した研究成果を上げた研究者は希有であろう。
現在IEEEの最高位の表彰となる冠名メダル(人名を冠したメダル)は以下の11個となっている:
(1) エジソンメダル(IEEE Edison Medal)1904年創設
(2) ムリガン教育メダル(IEEE James H. Mulligan, Jr. Education Medal)1956年創設
(3) ベルメダル(IEEE Alexander Graham Bell Medal)1976年創設
(4) ラモメダル(IEEE Simon Ramo Medal)1982年創設
(5) ハミングメダル(IEEE Richard W. Hamming Medal)1986年創設
(6)フォン・ノイマンメダル(IEEE John von Neumann Medal)1990年創設
(7) キルビーメダル(IEEE Jack S. Kilby Signal Processing Medal)1995年創設
(8)ピッカードメダル(IEEE Dennis J. Picard Medal for Radar Technologies and Applications)1999年創設
(9)ノイスメダル(IEEE Robert N. Noyce Medal)2000年創設
(10)西澤メダル(IEEE Jun-ichi Nishizawa Medal)2002年創設
(11) マックスウェルメダル(IEEE/RSE James Clerk Maxwell Medal) 2006年創設
§2 行動主義心理学の法則
行動主義心理学の基本法則によれば、人間は自分が考えた事や、感じた事を何らかの形で表現する度に、例えば、その考えをメモする度に、その感覚や創造された行動が強化されて脳に自然な形で指示が伝わって入力されるということである。
行動主義心理学の法則は、メモを取るということは、単に記録を残すということにとどまらず、人間の、メモを取るという行動により脳が刺激されアイデアが創造されるという効果が期待できるということである。
西澤先生は、行動主義心理学の法則を考慮して、ランプと筆記具のセットを弟子に贈られたと思われる。エジソンはペンと紙を常時携帯し、思い浮かんだ瞬間には面倒くさがらずに書き留めていた事が知られている。
株式会社三陽商会の創業者吉原信之氏も、思いついたアイデアを逃がすまいと、自宅のあちこちにノートとペンを置いていたといわれているが、レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci)、アインシュタイン、アイザック・ニュートン(Isaac Newton)、マイケル・ファラデー(Michael Faraday)等もメモ魔として有名である。
米国のコンサルタントであるデイヴィッド・アレン(David Allen)氏は、図2に示すようなGTD(Getting Things Done)の手法を、エネルギーとアイデアの管理の手法として提唱している(David Allen著、『Getting Things Done』、Penguin Books; Reprint版、2002/12/31)。
【図2】エネルギーとアイデアの管理の手法
デイヴィッド・アレン氏は頭の中ある「やりかけの仕事」をすべて紙に書き出し、定期的にそれらをレビューする手順を進めている。これも行動主義心理学の法則に沿った手法である。
デイヴィッド・アレン氏のDTDの手法では、頭の中の「問題点」をすべて紙に書き出し、定期的にそれらをレビューすること進めている。書くことにより頭の中が整理されるのである。
京都大学大学院教育学研究科教授の鈴木晶子先生は、記憶は記録、記録は記憶と言われた。ノート作りは脳を刺激する創造の源であり、後で思い出して編集することが発明の基本になるということである。
§3 寝ている間に良いアイデアが生まれる
西澤先生の「ランプと筆記具のセット」の話は、寝ている間に、アイデアが浮かんだら、夜中であろうと、ランプを点灯して、直ちにそのアイデアを書き留めよ、という趣旨になろう。
エジソンはメンロパーク(Menlo Park)研究所の階段の下で、よく昼寝をしたことで有名である。「液体ネットワーク」という説があり、アイデアは脳の中の個別要素(ニューロン)のネットワークにより、既にあるものから生まれる ということである。この説によれば、脳内で協調を取りながら伝達し合うニューロンの新しいネットワークが 「新しいアイデア」を生み出すことになる。
脳科学者 J・アラン・ホブソン(Allan Hobson)氏は、夢は記憶を短期記憶から長期記憶へ変化させる。恐らく、睡眠中に脳に偏在するアセチルコリンによるものだろうと言っている。そして、ホブソン氏は、エジソンは発明に必要なデータを蓄えるだけでなく、彼独自の方法でデータを再結合するためにREM睡眠を利用していたのかも知れないと言っている。
湯川秀樹博士も採用していたとされる追想法(reminiscence)というやり方は、「次に目が覚めたときは、問題の解決方法を思いついている」と強く念じて眠りにつくという方法である。寝ている間に、脳が解決してくれるということである。
米国ブリガムヤング(Brigham Young)大学(BYU)神経科学者チームは、記憶の想起と想像は、それぞれ脳の中心部の、互いに近接しているが異なる領域が関与 していると指摘している(Journal of Cognitive Neuroscience, 2014 Jun 26, pp1-9)
L.バーリン(Berlin)氏は、睡眠によって、つながりのないものをつなげて、すばらしいアイデアを生み出せる確率が平均33%向上すると述べている(L. Berlin, “We’ll Fill This Space, but First a Nap,” New York Times, September 28, 2008)。
昼寝(REM睡眠)は、 ひらめきを待つためではなく、データを再結合して、発明の課題や解決手段を整理するために用いる ことができる。茂木健一郎氏は、ど忘れをして何かを思い出そうとしているときの脳と、何かがひらめくときの脳の状態が似ていると言っている。
西澤先生のランプと筆記具のセットのプレゼントのエピソードは、行動主義心理学の法則と睡眠により、良い発明が生まれるということを教えてくださるものである。
西澤先生は2018年10月21日に永眠された。ご冥福を祈ります。
辨理士・技術コンサルタント(工学博士 IEEE Life member)鈴木壯兵衞でした。
そうべえ国際特許事務所は発明に至る前のご相談にも積極的にお手伝いします。
http://www.soh-vehe.jp