社長の力量が足りないと社員は育たないのか? (1/3)
■ 人財の流れ
前回のコラムの冒頭で紹介した「動的平衡が生命である」という「生命の定義」は覚えておられるでしょうか?「組織」を「生命体」と見立てた場合、いくつか健全に循環をさせるべき流れとして、「お金の流れ」「人財の流れ」「技術サービスの流れ」などがあることを説明しました。
先輩が後輩を導き、後輩は先輩を上回り、企業を支える人物が入れ替わり立ち替わり現れてくる状態が健全な組織体です。多くの組織コンサルをしていると、「マネジメントの基本的な考えを継承する。後輩を育成する」点が最後の課題となって残ることが多いものです。「自分ができるようになる」までは多くの人が到達していますが、「継続する」で何%かが脱落し、「継承する」水準となると、覚束ないということです。
この課題はどうクリアしていけば良いでしょうか?
育てる対象の変化、時代の変化から見ていきたいと思います。
下のグラフは公益財団法人 日本生産性本部が毎年新社会人を対象にアンケートを取り、その仕事観を定点観測しているグラフです。「なんのために働くのか?」という問いに対し、「楽しい生活をしたい」が伸びて、「自分の能力をためす」が下がってきています。
もう一つのグラフを見て見ましょう。「人並み以上に働きたいか?」との問いに対しては、「人並みで十分」が60%近くに上昇し、過去最高を記録しています。過去に「人並みで十分」が高かったのは、バブル崩壊前ですね。時代の空気を映し出した調査だと思います。
さて、これらのグラフからどんなことを感じられるでしょうか?
「楽しい生活」の定義は人それぞれであって、「それで良いじゃない」と思うものでしょうか? この点、私は疑問に思います。「この新社会人たちは、どうやって楽しい生活をし続けようと考えているのだろうか?」と、そこには認識の甘さが多いにあるのではないか?と思います。「がむしゃらになって働くのは格好悪い」とか、「仕事に人生を奪われたくない」という風説に流されてはいないか?と心配になります。
「なぜ働くのか?」を問うと、多くの人から「生活のため」「稼いだお金で余暇を楽しむため」という答えが返ってきます。確かにその通りだと思います。しかし、「生きるため」は「生き続けるため」とは同じではありません。人生は長く、今が良くても将来に亘って活躍できるとは限りません。「生き続けるため」には実力をつけないといけません。どのような実力が必要なのか?ちゃんと若い人たちは分かっているでしょうか?現代社会において、「専門能力」「実務能力」だけで、家族を養っていくことはなかなか難しい。老後の蓄えを得ることはまず無理でしょう(離島でお金のかからない生活をするのは可能かもしれませんが)。企業の中で人生の最後まで活躍するには、人を動かしたり、人を導いたりする「リーダーとしての役割」が求められるようになります。個人経営をしようが同じです。一人でできることには限りがあり、仲間を集め応援をしてもらうリーダースキルなしに、大きな活躍をすることが難しいのが現代社会です。少なくとも、自分の持ち味を活かしてチームに貢献し、周りのメンバーが力を発揮できるようにする能力は若いうちから試し、磨くべきです。
「楽しい生活を人生に亘って享受する」ためには、実力をつけることは必須であり、自分の能力を試さずに成り立たないはずです。そういうことを教育していかないといけないのが、今の世の中だということだと思います。
■ 未来型の課題
生き続けるために何が必要か?という観点で考えておくべきは、AIの進化でしょう。
既に、AIによる秘書や親友のポジション争いが始まっています。先月には三菱UFJファイナンシャルグループが、国内従業員の3割の仕事を削減する取り組みを発表しています。まず事務作業を定型的にこなしているだけの人は淘汰されていくでしょう。淘汰される仕事は単純作業だけではない点がAIの特徴です。弁護士などもAIの進化により代替可能な職業と言われています。なぜそう言われているかというと、弁護士の業務が「ルール」と「前例」によって行われているからです。法律というルールと過去の判例でジャッジする仕事は大量な知識や情報の処理ができるAIには馴染みやすいものであるということです。
ここには一つのヒントがあると思います。将来に亘って豊かな生活をしていくためには「未来志向で課題を設定し、多くの人を巻き込んで実現していく能力」が必要になってくるでしょう。「問題解決力」は「問題を発見する力(設定する力)」と「設定した問題を解決する力」に分かれますが、より前者の力量が求められる時代になっていきます。「問題を発見する力(設定する力)」を磨くには、まず次の図の2種類の問題について区別して扱うことが必要になります。
「現状=あるべき姿」の状態から何らかのマイナスの事象が発生したことを「問題」という場合と、「現状」に満足せず、「より良い未来(ありたい姿)」を思い描き、その状態までのGAPを「問題」という場合です。本来扱うべきは後者の方です。上の図で「プラスαの問題」と表現されている問題を解決し、マイナスの問題が発生しないように予防をすることがマネジメントです。
もちろん、「プラスαの問題」を解決する前に、「マイナスの問題」を解消しないといけないこともあるでしょう。しかし、マネジャーが力を注ぐべきは、あくまでも「未来型の問題」です。人間はお尻に火がつかないとなかなか行動を変えられない弱い生き物です。ですので、その弱さを克服し、未来型の課題に敢えて挑戦するリーダースキルを身につけると社会的価値が上がります。
■ 具体論
少し抽象的な話になりましたので、具体的な事例をあげさせていただきます。
あるクライアントで「競合に大口顧客を奪われた」という事例が発生しました。顧客の要求に対し、その企業の担当者は「やります」との回答であったことに対し、競合は「いつまでにどれだけの供給能力を準備します」と具体的に検討をし、回答をしたことが敗戦の直接的な原因とのことです。「もう一段の努力をする」「発生する前に先手を打つ」ということが組織として実行できなかった事例です。
この事象はその企業の中で大問題になり、振り返りがなされました。その際に、「こういう事例があった。気をつけよう」で終わらせず、具体的な改善アクションまで繋げることが組織力です。改善アクションとは、その大口顧客を奪還する応急対策だけでなく、同じ失敗を起こさないように再発防止策を施すことです。
再発防止策は「顧客からの要求に対し、期待以上に答える」で止まらず、「顧客から要求が出る前に提案をしていく」という未来志向での営業をすることになるでしょう。そのために、何を勉強し、誰の知恵を活かし、どのように物事を進めていけば良いか、具体的に再発防止策を決められる企業は強いですし、社員も育っていきます。
「最後は精神力だ」といわれることがありますが、どう思われるでしょうか?この「精神力」とは、「精神論」で勝負するということではなく、具体的なもう一歩をどこまで精緻に実行するか、その「具体論」を最後までやりきる精神力が大事という意味で使われた場合には正しいと思います。
「未来型の課題を設定し、実現するための具体的な手法」は世の中でたくさん提唱されています(私も組織コンサルの中で提供しています)。「ビジョンシート」「SWOT分析」「アクションプラン」や「イシューツリー」など、多くの道具が実務で活用されています。「戦略会議」「事業プラン検討会」など、場の構築の仕方にも具体論が存在します。ただし、正しく目的を見失わずに使われているか?というと手段の目的化も頻繁に起きています。冒頭にも書きましたが、「(自ら学んだり、組織コンサルの指南によって)自分ができるようになる」までは多くの人が到達していますが、「継続する」で何%かが脱落し、「継承する」水準となると、覚束ないのです。 これらを限られた時間の中でマスターし、伝承し、当たり前にしてしまい、より高次の課題、未来の課題に取り組めるようにすることが現代の課題です。リーダーによる「教える具体論」が今求められています。「人財の流れ」が途切れない、エクセレントなカンパニーを世の中に増やすべく、より具体論を発信してまいりたいと思います。