物流を「買い叩く」時代の終焉――取適法が経営者に迫る、新たな時代認識(後編)

浅沼正治

浅沼正治

テーマ:マネジメント

「買い叩く」時代の終焉――取適法が経営者に迫る、新たな時代認識





前編では、荷物を出す側と受け取る側の情報が途切れることで、そのシワ寄せがドライバーの「動けない2時間」という身体的負担になっている現実をお伝えしました。

こうした物流現場の問題に、いよいよ法律のメスが入っています。

2026年1月1日に施行された「中小受託取引適正化法」、いわゆる「取適法」です。

今回の改正は、単に新しい書類を増やす話ではありません。

これまで物流取引の中で「当たり前」とされてきた慣行そのものを、見直すきっかけになる可能性があります。

では、具体的に何が変わったのでしょうか。


明文化の意味。「好意」に頼る取引から



取適法で、荷主企業がまず理解しておきたいのが、発注内容等の明示義務です。

取適法の対象となる「特定運送委託」では、運送の内容や代金など、法律で定められた事項を、書面または電磁的方法で明示することが求められます。

特に重要なのは、「運送以外の仕事」も明確にすることです。

例えば、

「ちょっとついでに、あっちの倉庫にも寄っておいてよ」

「明日の朝一番で着けてくれる?」

「現場が忙しいから、荷下ろしも手伝って」

といった依頼です。

もちろん、こうした依頼のすべてが直ちに違法になるわけではありません。

問題は、当初の委託内容にない仕事や条件変更が、いつの間にか「好意」や「付き合い」の名のもとに積み重なっていくことです。

荷待ち、積込み、取卸し、仕分け、検品など、運送以外にどんな作業が発生しているのか。

その内容と対価まで、具体的にしておくことが求められています。

「その他一切の附帯業務」といった曖昧な書き方ではなく、何を依頼するのかを明確にする。

物流取引にも、これまで以上に「契約」の考え方が求められるようになったのです。

「待つ」という仕事にも、コストがあるー待機料


ここで、前編のドライバーに戻ります。

荷物は予定通り運ばれた。

しかし、現場に到着してから2時間、降ろせなかった。

ドライバーにとって、その2時間も仕事です。

トラックも、その2時間は次の仕事に使えません。

つまり、物流において「待つ」ということにも、明確なコストがあります。

ところが、これまではそのコストが、運賃の中に曖昧に埋め込まれていたり、運送事業者側が「仕方がない」と吸収していたりしました。

ここに、長年の物流取引の歪みがあります。

運ぶことには対価を払う。

しかし、待つことには、誰が対価を払うのか。

荷役をすることには、誰が対価を払うのか。

急な変更に対応することには、誰がコストを負担するのか。

こうした問題を、契約の外側に置いたままにしない。

それが、今回の制度変更を考える上で重要なポイントです。

「安くして」ではなく、「話し合う」



もう一つ、大きな変化があります。

取適法では、単純に「安い運賃を押しつける」ことだけでなく、受託側から価格について協議を求められたにもかかわらず、十分な協議をしないまま一方的に代金を決めることも問題になります。

これは、物流取引にとって大きな意味を持つと思います。

これまで、

「運賃は去年と同じで」

「他社はこの金額でやっているから」

といった形で、運送事業者との価格交渉が十分に行われないケースもありました。

しかし、物流を持続させるためには、運送事業者が負担しているコストを知り、その上で価格について話し合う必要があります。

つまり、これから求められるのは、

「いくらで運ばせるか」ではなく、「その仕事を適正に成立させるには、いくら必要なのか」を話し合うことです。


取適法によって、「下請」という言葉そのものも見直され、「委託事業者」「中小受託事業者」という呼び方に変わりました。

単なる言葉の変更ではありません。

取引を一方的な上下関係ではなく、サプライチェーンを支えるパートナー同士の関係
として捉え直す方向に、制度そのものが動いているのです。

そして、「着荷主」という次の問題



では、前編で取り上げた「降ろす側」の問題はどうなるのでしょうか。

ここは、取適法だけでは完結しません。

2026年1月に施行された取適法で新たに対象となったのは、主に発荷主から運送事業者への「特定運送委託」です。

一方、着荷主による契約外の荷待ちや荷役などの問題についても、制度整備が進んでいます。

公正取引委員会は2026年6月、物流特殊指定を改正し、2027年4月1日から、着荷主が物流事業者を通じて発荷主に契約外の荷待ち等を行わせる行為を新たに対象とすることを公表しました。

つまり、

発荷主と運送事業者の取引だけを見ていても、物流全体は見えてこない。


その先にいる着荷主まで含めて、取引関係を見ていく必要があるということです。

前編で書いた「空白地帯」は、まさにここにあります。

物流は一本の流れなのに、契約や責任は会社ごとに分断されている。

その境界で発生した負担を、最後にドライバーが引き受ける。

これまで当たり前だったこの構造そのものが、いま見直されようとしています。

法律を守るためだけの「効率化」ではない



今回の法改正を、

「また新しい規制が増えた」

「契約書を見直さなければならない」

「物流コストが上がる」

と受け止める経営者の方もいるでしょう。

もちろん、実務上の対応は必要です。

しかし、私はこれを単なるコンプライアンス対応として捉えないほうがいいと思っています。

私たちはこれまで、物流現場で発生していた「誰かの無償の2時間」を、あまりにも当たり前のものとして扱ってこなかったでしょうか。

自社の倉庫から早く出荷できれば、それで効率化。

自社の納期に間に合えば、それで問題なし。

自社の物流費が抑えられていれば、それでよし。

しかし、その効率化の裏側で、別の誰かに時間やコストを押しつけているとしたら、それは本当の意味での効率化なのでしょうか。

部分最適の積み重ねが、全体を非効率にする。


物流の現場で起きていることは、まさにその典型です。

まず、現場を把握する



では、経営者、経営幹部は何から始めればいいのでしょうか。

私は、いきなり契約書を作り直すことではないと思います。

まず、自社の物流の「流れ」を把握することです。

荷物は、どこから出ているのか。

誰が運んでいるのか。
委託先や事業者との関係性はどうなっているのか。

どこで、誰が待っているのか。

誰が荷役をしているのか。
その正確な時間と負担、その内容を把握しているのか。

そして、どこで予定が変更されているのか。

こうして現場を見ていくと、これまで「物流費」と一括りにしていたものの中に、さまざまな仕事と負担が隠れていることに気づくはずです。

運送。荷待ち。積込み。取卸し。仕分け。検品。

そして、急な時間変更や追加作業。

それぞれに、時間があり、人が動き、コストが発生しています。

だからこそ、

現場を把握した上で、契約を整える。


この順番が大切なのだと思います。

契約書を整えることが目的なのではありません。

現場で実際に起きていることを、取引条件として正しく言葉にすることが目的です。


契約書を見たり作成する前に、まず「流れ」を見る



取適法への対応というと、まず契約書や発注書の見直しから始める企業が多いと思います。

もちろん、それは必要です。

しかし、その前に一度、自社の物流の「流れ」を見てほしいと思います。

どこで時間が止まっているのか。

誰がその時間を負担しているのか。

誰の都合で予定が変わっているのか。

その仕事に対して、適正な対価が支払われているのか。

そして、その実態が契約に反映されているのか。

契約書は、その流れを言葉にしたものです。

だからこそ、書類だけを整えるのではなく、その契約の先にいる現場まで見る必要があります。


2026年、物流取引のルールは大きく変わり始めました。

取適法によって、発荷主と運送事業者の取引に新しいルールが入りました。

そして、その先には着荷主まで含めた取引適正化の動きも始まっています。

物流を「安く運ばせる」ことから、物流という仕事を「適正に成立させる」ことへ。

その転換が、いま始まっています。

法令遵守とは、法律に合わせて書類を整えることだけではありません。

その法律が、なぜ必要になったのか。


その背景にある現場で何が起きているのか。

そこまで理解した上で、自社の仕事を見直す。

その先に、本当の意味での「法令遵守」があるのではないでしょうか。


今回の取適法は、物流取引に「契約」という輪郭を与える大きな一歩です。

そして、その先には、着荷主まで含めた取引適正化の動きも始まっています。

物流は、単に「運んでくれる会社」に仕事を頼めば終わりではありません。

自社の仕事の外側には、必ず誰かの仕事があります。

その「外側」まで含めて、自分たちのビジネスを考えられるか。

これからの経営には、その視点がますます求められるのではないでしょうか。

物流を「安く運ばせる」ことから、物流という仕事を「適正に成立させる」ことへ。

その転換が、いま始まっています。


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参考資料

本稿では、取適法および物流取引をめぐる制度について、公正取引委員会・中小企業庁等の公開資料を参考にしています。

詳しい制度内容については、以下の資料をご参照ください。

[公正取引委員会「中小受託取引適正化法(取適法)関係」][公正取引委員会「中小受託取引適正化法(取適法)関係」](https://www.jftc.go.jp/partnership_package/toritekihou.html?utm_source=chatgpt.com)


・[中小企業庁「2026年1月施行!~下請法は取適法へ~改正ポイント説明会」]([中小企業庁「2026年1月施行!~下請法は取適法へ~改正ポhttps://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/2025/251014.html?utm_source=chatgpt.com)

・[公正取引委員会「物流特殊指定について」]([[公正取引委員会「物流特殊指定について https://www.jftc.go.jp/dk/butsuryu.html?utm_source=chatgpt.com)]]https://www.jftc.go.jp/dk/butsuryu.html?utm_source=chatgpt.com)

※本稿は制度の概要を紹介するものであり、個別の取引が取適法等の適用対象となるかについては、各社の取引内容や規模等によって異なります。具体的な対応については、最新の公的資料をご確認ください。

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浅沼正治
専門家

浅沼正治(経営アドバイザー)

モノコトフロー研究所

35年以上に渡り、流通(物流)・経営・組織作りに携わる。人・モノ・情報の流れを整え、経営と現場、社会と組織が自然に繋がり合う組織づくりを支援している。

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