『2026年CLO義務化。役職を作っても「物流」が変わらない本当の理由』
「コンプライアンス」という印籠が、思考を止める――物流規制から考える「法令遵守」の本当の意味
「それ、コンプライアンス上、問題がありますから」
企業の現場で、こんな言葉を耳にする機会が増えました。
もちろん、法令を守ることは大切です。
企業が法律を無視して事業を行ってよいはずはありません。むしろ、社会の中で事業を継続していくためには、法令を理解し、適切に遵守することが経営の基本です。
ただ、少し気になることがあります。
「コンプライアンス」という言葉が、いつの間にか「これ以上考えなくてもいい」という、思考停止の言葉になってはいないでしょうか。
「法律だからダメです」
「コンプライアンス上、できません」
「リスクがありますから、やめましょう」
そう言ってしまえば、確かに簡単です。
責任も回避できます。
しかし、それは本当に「法令遵守」と呼べるのでしょうか。
私は長く物流の仕事に携わってきたからこそ、最近の物流規制をめぐる議論に、この問題を強く感じています。
令和8年4月、物流をめぐるルールが変わりました
2026年4月から、物流をめぐる制度がさらに変わりました。
違法な「白トラ」を利用した荷主等も新たに処罰の対象となり、貨物利用運送事業者への書面交付義務や、一定の場合の実運送体制管理簿の作成義務なども始まりました。
また、一定規模以上の荷主・物流事業者には、中長期計画や定期報告なども求められるようになっています。
背景には、物流を持続可能なものにしていくという大きな目的があります。
長時間労働、人手不足、過度な多重下請け、運賃や取引条件の適正化。
これらは物流業界が長年抱えてきた問題であり、制度による是正が必要な領域でもあります。
ですから、私は規制そのものを否定したいわけではありません。
むしろ問題は、その法律を「どう理解するか」ということです。
法律は、現場そのものではありません
例えば、建設や内装の現場を考えてみます。
内装職人が、自分が施工するための家具や資材を車に積んで現場へ向かいます。
現場に到着すると、資材を搬入します。
そして、組み立て、設置します。
施工が終われば、梱包材や不要になったものを片付けます。
現場の人間からすれば、これらは一つの仕事の流れです。
「運ぶ」という行為だけを独立した仕事として行っているわけではありません。
施工という一つの生業の中に、必要な運搬や搬入、片付けが含まれています。
ところが、法律は現実そのものではありません。
現実に起きている複雑な出来事を、「運送」「施工」「廃棄物」などの法律上の概念に分け、その概念に照らして判断します。
つまり、
**現実の行為と法律の間には、「解釈」というプロセスがあります
ここを忘れてはいけません。
実際、国土交通省も2026年4月の白トラ規制強化に際し、建設現場等で混乱が生じないよう、自家用ダンプカーの扱いや廃棄物の運送について考え方を明確にしています。
さらに、自家用自動車による運送について、「自己の生業と密接不可分でその業務の中に包摂され、独立性を有しない」場合などには、貨物自動車運送事業の許可が不要となる場合があることも示しています。
つまり、現場の仕事を単純に「運送だから違法」と切り分けているわけではありません。
法律を現実に当てはめるには、まず事実関係を見る必要があるのです。
## 「コンプライアンスだからダメ」で終わらせていいのでしょうか
ここで、企業の姿勢が問われます。
ある現場で、
「このやり方はコンプライアンス上、問題があるのではないか」
という疑問が出たとします。
そこで、
「では、やめましょう」
と終わらせるのは簡単です。
しかし、本当に必要なのは、その先ではないでしょうか。
何が問題なのでしょうか。
どの法律の、どの条文が関係しているのでしょうか。
その法律は、何を守るためにつくられたのでしょうか。
今回の行為は、その法律が規制しようとしている事実に本当に該当するのでしょうか。
行政の通達やガイドラインでは、どのように整理されているのでしょうか。
もし問題があるのなら、どうすれば合法的に現場の仕事を成立させられるのでしょうか。
そこまで考えて、初めて「法令遵守」と言えるのではないでしょうか。
**法令遵守とは、法律を恐れることではありません。
法律を理解し、目の前の事実を確認し、そのうえで法律がどう適用されるのかを考えることです。
## 「法令」と「現場」の間にあるもの
私は物流の仕事をしてきて、ずっと「流れ」を見てきました。
モノは、運送会社だけで動いているわけではありません。
メーカーがつくり、倉庫に入り、運ばれ、現場に届き、施工され、使われ、役目を終えます。
その途中には、営業もいます。
職人もいます。
荷主もいます。
元請けも下請けもいます。
それぞれの仕事がつながることで、一つの価値が生まれています。
法律は、この複雑な現実を、必要に応じて一定のカテゴリーに分けます。
それ自体は当然のことです。
しかし、現場はカテゴリーの中で動いているわけではありません。
**現場は、関係性の中で動いています。
ここに、法律と現場の間に生まれる摩擦があります。
そして、その摩擦をなくしていくことも、経営の仕事なのではないでしょうか。
## 「
印籠」としてのコンプライアンス
問題なのは、コンプライアンスそのものではありません。
「コンプライアンス」という言葉を、思考を止めるための道具にしてしまうことです。
「コンプライアンスだから」
と言えば、それ以上議論しなくてもよくなります。
「リスクがありますから」
と言えば、挑戦しなくてもよくなります。
「法律で決まっていますから」
と言えば、現場に説明しなくても済みます。
これは、とても便利です。
だからこそ危険なのです。
水戸黄門の印籠を出せば、相手は平伏します。
それと同じように、「コンプライアンス」という言葉を出せば、誰も反論できなくなる。
しかし、企業経営に必要なのは、反論できない状態ではありません。
**一緒に考えられる状態です。
##
「正解」を押しつけるのではなく、一緒に解を探す
これは法律の問題に限りません。
経営でも、まったく同じことが起きています。
経営者が、
「会社のルールだから」
「リスク管理上、仕方がない」
「前例がないから」
と決めてしまえば、現場はそれに従うしかありません。
しかし、そこで思考は止まります。
本当に必要なのは、
「何が問題なのでしょうか?」
「何を守らなければならないのでしょうか?」
「では、どうすればできるのでしょうか?」
と問い直すことです。
法律でも、経営でも、同じです。
ルールを破ることではありません。
ルールを理解したうえで、そのルールの中で現実をどう成立させるかを考えることです。
そのためには、経営者だけでも、法務だけでも、現場だけでも足りません。
互いの知識と経験を持ち寄り、対話する必要があります。
つまり、
**「共に探す」ことです。
そして場合によっては、これまでになかった新しい仕事のやり方を、
**「共に創る」ことです。
##
法令遵守は、思考停止ではなく思考の出発点です
コンプライアンスという言葉が広がったこと自体は、悪いことではありません。
むしろ、企業が社会の中で活動する以上、法令遵守は欠かせません。
ただし、私は「法令遵守」という言葉を、もっと丁寧に扱う必要があると思っています。
法令を守る。
そのためには、まず法令を理解する。
法令を理解するためには、その背景や目的を知る。
そして、目の前の現実が、その法令とどう関係しているのかを考える。
必要であれば、専門家や行政に確認する。
そのうえで、現場と対話しながら、適法な新しいやり方をつくっていく。
これが、本当の意味での法令遵守ではないでしょうか。
「法律だから、できません」ではありません
**「法律を理解したうえで、どうすればできるのか」を考える。
その姿勢こそが、これからの企業経営には必要なのだと思います。
ルールを守ることと、現場を守ることは、本来、対立するものではありません。
その間にある「解釈」と「対話」
を、私たちが丁寧につないでいけばいいのです。
コンプライアンスを、思考を止める印籠にするのか。
それとも、よりよい仕事のあり方を考える出発点にするのか。
問われているのは、法律だけではありません。
**私たち自身の「考え方」なのだと思います。
国土交通省 トラック適正化二法


