知識が無料になる時代、会社の価値はどこに残るのか(知識流通革命)
現場を知らない経営、経営を他人事にする現場
先日、ある方の体験談を読みました。
普段のお仕事とはまったく違う、単発の現場仕事を体験してみたそうです。
汗だくになり、腰が痛くなる。隣で作業していた方の手つきは、自分の三倍は速い。それなのに、無駄な音がしなかったそうです。
帰り道、その方はこう思ったといいます。
「これ、労働への対価として、何かがおかしくないか」
最初は、金額そのものが低いことが気になったそうです。
でも歩きながら考えているうちに、気になっていたのは金額の絶対値ではないことに気づいたと書かれていました。
気持ち悪かったのは、大変さと報酬が、まったく相関していないことのほうだった。
むしろ、楽なほうが儲かる。
そして、現場から遠い場所にいる人ほど、儲かる。
その逆転を、頭ではなく身体で確認してしまったことが、一番こたえたのだそうです。
私は長年、物流子会社の経営に携わってきました。
その経験の中で、まったく同じ景色を、何度も見てきました。
現場は、日々の負荷を一番よく知っています。
荷物の重さも、時間の厳しさも、身体への負担も。そして、現場でしか分からない小さな変化も。
一方で経営は、数字やスケジュール、組織全体のバランスを見ながら、現場から少し距離を置いた場所で判断します。
見ている景色が違えば、そこには必ず距離が生まれます。
これは、どちらが悪いという話ではありません。
見ている場所が違うのですから、見えているものが違うのは、当然のことなのです。
ただ、この距離には、二つの顔があると感じています。
一つは、経営が現場を知らなすぎることによる距離です。
現場の大変さを、想像でしか補えない。けれど想像は、ときとして実態よりも軽くなります。
「これくらいならできるだろう」
「もう少し効率化できるだろう」
経営から見れば合理的な判断でも、現場から見れば「実際には無理なこと」があります。
もう一つは、現場が経営を他人事だと思ってしまうことによる距離
です。
売上や利益、投資や人員配置。
方針や数字の話は、自分とは関係のない、上の人たちの話だと感じてしまう。
この二つの距離が重なったとき、組織はどちらの側からも「相手は自分たちのことを分かっていない」という感覚を抱えたまま、日々の業務だけが進んでいくことになります。
私は、経営の問題の多くは「情報不足」だけから生まれるのではないと考えています。
むしろ、見えている景色の違い
から生まれていることが少なくありません。
だから私は、経営と現場の間にある「距離」を、対話によって縮めていくことを大切にしています。
経営と現場の間にある距離は、制度や仕組みだけでは埋まりません。
数字を共有しても、方針を伝えても、それだけでは「自分ごと」にはならないのです。
必要なのは、お互いが見ている景色を、言葉にして交換する場です。
現場が見ている大変さを、経営が自分の言葉で語れるようになること。
経営が見ている全体像を、現場が自分の言葉で語れるようになること。
この往復がなければ、距離はどれだけ時間が経っても縮まりません。
振り返れば、現場と経営が分かれていくのは、決して最近始まったことではありません。
役割を分けることで、それぞれが得意なことに集中できる。
これは、組織を大きくしていく過程では、とても合理的な選択でした。
問題は、役割が分かれることと、景色が見えなくなることは、本来は別の問題だったということです。
いつの間にか、役割の分離が、想像力の分離にまで広がってしまった。
私は、それが今、私たちが向き合っている「距離」の正体なのではないかと思っています。
では、これからこの距離はどうなっていくのでしょうか。
効率化が進むほど、標準化できる仕事は、機械や仕組みに置き換わっていきます。
AIも、その流れをさらに加速させるでしょう。
一方で、市場が小さすぎて自動化に見合わない仕事や、現場ごとの違いが大きすぎて型にはめられない仕事は、これからも残っていきます。
そして皮肉なことに、そういう仕事ほど、社会を実際に動かすためには欠かせない仕事だったりします。
だとすれば、これからの経営に求められるのは、「効率化できない部分」に、どれだけ想像力と敬意を向けられるかということなのかもしれません。
現場を知らない経営でもなく、経営を他人事にする現場でもない。
お互いの景色を、対話によって少しずつ交換し合う組織。
もし今、社内で「なぜ現場は分かってくれないのか」「なぜ経営は分かってくれないのか」という言葉が出ているとしたら、問題は能力や意識だけではなく、その間にある「距離」なのかもしれません。
その距離を縮める第一歩は、制度を変えることではなく、お互いの景色を言葉にすることから始まるのではないでしょうか。
株式会社モノコトフロー研究所
経営アドバイザー(物流・ロジスティクス20年)
浅沼正治


