AIは「答え」を知っているのではない。物理法則から宇宙を再現できる時代へ

先日、アルティスタ「静岡カルチャー放送局」の『ロバのイチ推し!』で、静岡県議会議員の天野多美子さんと、静岡県出身の漫画家・小泉清美さんをゲストにお迎えしました。今回のテーマは、「漫画が、国境を越えた。~MANGAから始まる文化交流、その先にあるもの~」。きっかけは、在アルジェリア日本国大使館が主催する漫画コンクールの受賞者が来日し、その滞在中に静岡まで足を延ばしたことでした。
表面的に見れば、「アルジェリアの若い漫画家が静岡を訪問した」という国際交流の話です。しかし、お二人から詳しく話を伺っていくと、その背後にはもっと大きな流れが見えてきました。一人の若者が漫画を描き、その作品が評価され、一人の漫画家とのご縁が生まれる。そのご縁から日本へ、さらに静岡へと人が動き、富士山やプラモデル、漫画・アニメ・ゲームといった静岡の文化や産業に触れる。そして、その交流が企業や行政、地域政策にまで接続していく。今回の配信で起きていたことを私なりに整理すれば、「作品から人へ、人から国際交流へ、そこから地域、企業、産業、政策へ」という一本の流れだったように思います。
経営コンサルタントとして日頃、中小企業や地域の方々と接している私には、この流れがとても興味深く映りました。何か新しい価値を生み出そうとすると、私たちはつい「新商品をつくらなければ」「新しい事業を始めなければ」と考えがちです。しかし今回の事例を見ると、必ずしも新しいものをゼロからつくる必要はありません。すでにそこにある人、文化、企業、地域資源を、これまでとは違う組み合わせでつなぐ。それだけでも、新しい価値が生まれることがあります。
「平和外交」という言葉が示すもの
配信の中で、天野さんが今回の取り組みを「平和外交の話」と表現されたことが印象に残っています。外交という言葉からは、政府間交渉や安全保障、貿易など、大きな国家間の話を思い浮かべます。しかし天野さんが語っていたのは、もっと小さな、人間同士の接点から始まる外交でした。
漫画家が作品を描き、漫画が好きな若者がコンクールに応募する。審査員が作品を読み、受賞者が日本を訪れる。日本では漫画家や政治家、企業の人たちが迎え、一緒にプラモデルを組み立てたり、漫画やアニメの商品を見ながら話をしたりする。こうした一つ一つの出来事は、国家間外交という言葉からすればとても小さなものです。しかし、相手の国を「ニュースの向こう側にある知らない国」ではなく、「あの人が暮らしている国」として捉えられるようになることは、人と人との理解にとって決して小さなことではありません。
政治的な立場や言語、生活習慣が違っていても、「同じ漫画が好き」「同じ作品を知っている」というところからなら会話が始まります。そう考えると、文化交流は単なる余暇やイベントではなく、国や地域の間に長期的な関係をつくる土台になり得ます。天野さんが使った「平和外交」という言葉は、そうした小さな交流を積み重ねることの意味を表しているのだと受け取りました。
アルジェリアで育つ、独自のMANGA文化
今回、私が特に興味深く聞いたのが、小泉清美さんによるアルジェリアの漫画事情でした。アルジェリアには、歴史的な背景からフランス・ベルギー系の漫画、いわゆる「バンド・デシネ」の文化的な土壌があります。その一方で、近年は日本の漫画やアニメも広く親しまれるようになり、その二つが交わる中から、アルジェリア独自の漫画表現が育っているそうです。
小泉さんからは「DZ Manga」という言葉も紹介されました。「DZ」はアルジェリアを表す略号で、現地では「MANGA」という言葉そのものもすでに通じるとのことでした。日本で生まれた「漫画」という文化が国境を越え、一種の国際語のように使われるようになっていること自体、改めて考えるとすごいことです。
ただ、さらに面白いのは、現地の若者たちが単に日本の漫画の絵柄を真似しているのではないという点です。日本漫画から表現方法や技法の影響を受けながら、描いているのはアルジェリアの歴史や文化、社会、そして自分たち自身の物語です。つまり、日本文化がそのまま一方的に「輸出」されているのではなく、現地の文化の中に取り込まれ、そこから別の表現が生まれている。文化交流とは本来、こちらから何かを渡して終わるものではなく、相手側で新しいものに育っていく双方向の営みなのだということを、この話から感じました。
なぜ、受賞者は静岡までやって来たのか
今回の交流の直接的な起点となったのは、在アルジェリア日本国大使館が主催する漫画コンクールです。小泉さんは第1回から審査員を務めており、今回来日したのは第2回の受賞者でした。最優秀賞の副賞として贈られたのは、アルジェリアと日本を往復する航空券です。
ここで大切なのは、「副賞として静岡旅行が用意されていた」わけではないということです。受賞者は日本を訪れることになりましたが、そこからさらに静岡へ足を延ばすことになった背景には、審査員を務めていた小泉さんが静岡県出身だったという人的なご縁がありました。つまり、制度が最初から静岡を選んでいたのではありません。一人の漫画家が持っていた「地元とのつながり」が、国際交流の新しい訪問先を生み出したのです。
この点は、地域づくりや企業間連携を考える上でも非常に示唆的です。制度から人がつながったのではなく、先に人と人との関係があり、その関係をたどって地域や企業が後からつながってきた。実際のビジネスでも、新しい取り組みは「この人と話をしていたら、こんなことができそうだ」というところから始まることが少なくありません。計画や制度より先に、人間関係が動き出しているのです。
富士山、プラモデル、駿河屋。すでにある静岡をつなぎ直す
静岡での訪問先には、静岡県富士山世界遺産センター、青島文化教材社、駿河屋本店が選ばれました。この三つを並べてみると、それぞれまったく違う分野のようにも見えます。富士山は歴史や文化、観光の象徴であり、青島文化教材社は静岡を代表するものづくり企業、駿河屋は漫画・アニメ・ゲーム・ホビーなどを扱うコンテンツ流通の拠点です。
富士山世界遺産センターでは、あいにく天候の関係で富士山全体を見ることはできなかったものの、展示や映像を通じてその歴史や文化に触れてもらいました。海外の方でも「日本といえば富士山」というイメージは強く、改めて考えれば、私たち静岡県民はすでに世界級のブランド資産を身近に持っています。
青島文化教材社では、見学だけでなく、実際にニッパーを手にしてプラモデルを組み立てる体験が行われました。ここが大事だと思います。商品の説明を聞くのではなく、自分の手でつくってみる。完成したものを持ち帰る。その経験そのものが、「静岡で体験したこと」として記憶に残ります。日本のプラモデル文化は、完成品を買うだけでなく、切る、組み立てる、色を塗る、完成させるという工程そのものを楽しむ文化でもあります。海外展開を考える際にも、製品だけでなく、この「つくる楽しさ」まで含めて伝えることが一つの価値になるのかもしれません。
そして駿河屋本店では、漫画やアニメ、ゲーム、フィギュアをはじめとする日本のコンテンツ文化を実際に体験してもらいました。受賞者は東京でも関連店舗を訪れていたようですが、静岡の本店の規模にはかなり驚いたそうです。私自身、駿河屋という名前はもちろん知っていましたが、「静岡がこれほどのコンテンツ拠点を持っている」ということを、どこまで自分事として捉えていたかというと、少し考えさせられました。地域に住んでいる私たちよりも、外から訪れた人の方が、その地域資源の価値に先に気づくことがあります。
「地域には何もない」は、本当だろうか
地域の話をしていると、「うちの町には何もない」という言葉を聞くことがあります。企業支援の場でも、「うちの会社には特別な強みがない」「何か新しいものをつくらなければ」という声をよく耳にします。しかし、今回の一連の交流を振り返ると、本当に「何もなかった」のかという疑問が湧きます。
富士山は以前からありました。青島文化教材社も、駿河屋も以前からあります。静岡出身の漫画家もいました。在アルジェリア日本国大使館の漫画コンクールもすでに存在していました。それぞれの資源は、新しくつくられたものではありません。ただ、それまで別々の場所に存在していただけです。そこへ「アルジェリアの漫画コンクール受賞者が日本へ来る」という一本のストーリーが入り、人と人が動いたことで、それらが一つにつながりました。
私は、ここに地域づくりや企業経営を考える上での重要な視点があると思います。「地域資源がない」のではなく、「地域資源同士が、まだつながっていない」のかもしれない。企業についても同じです。技術はある。人もいる。取引先もある。過去の実績もある。それでも新しい価値として見えていないのであれば、足りないのは新しい資源ではなく、資源と資源を結び直す視点なのかもしれません。
MANGAが地域政策へつながっていく
今回の配信は、文化交流の話だけでは終わりませんでした。天野さんは静岡県議会議員であると同時に、静岡県MANGA議員連盟の発起人として、漫画・アニメ・ゲームなどのコンテンツ文化を地域政策として捉えています。
ポイントは、「漫画が好きだから応援する」という話だけではないことです。コンテンツを産業政策、人材育成、観光、国際交流、地方創生といった複数の領域につなげていく。県内でも官民でコンテンツ産業の可能性を考える動きが始まっており、文化を文化だけの枠に閉じ込めず、地域経済の資産として見直す流れが生まれています。
実際、海外の人が日本に興味を持つ入口として、漫画やアニメの存在は非常に大きいものがあります。「ONE PIECEを読んだから」「ドラゴンボールを見たから」「聖闘士星矢が好きだったから」。そうしたきっかけから日本語を勉強し、日本へ旅行し、日本の商品を買い、日本文化をさらに知ろうとする人たちがいます。コンテンツは単独の商品というだけでなく、人を動かす「入口」になっているのです。
入口が漫画であっても、その先には食文化、観光、伝統文化、ものづくり、企業、地域があります。今回のアルジェリアの受賞者による静岡訪問は、まさにその流れを目の前で見せてくれた一例だったと言えるでしょう。
「好き」が社会を動かすことがある
今回の対談を振り返って、私がもう一つ面白いと感じたのは、「好き」という極めて個人的な感情が、思いのほか大きな社会的な動きにつながっていることです。漫画が好き、日本が好き、富士山を見たい、プラモデルを作ってみたい、最新の『ジャンプ』を読みたい、駿河屋へ行ってみたい。一つ一つは行政政策でも産業戦略でもありません。個人の興味や好奇心にすぎません。
しかし、その「好き」が人を動かし、人と人をつなぎ、国際交流になり、企業との接点を生み、やがて地域政策の議論にまで広がっていく。行政が最初から「地方創生」という大きな看板を掲げて設計したものとは、少し違う順番です。まず人の気持ちがあり、人が動き、あとから意味が生まれてくる。そのようなプロセスも、地域や企業が新しいことを始める際には大切なのではないでしょうか。
実は今回の配信準備の段階でも、それを象徴するようなことが起きました。私が小泉さんとSNSでつながり、配信の告知をしたことをきっかけに、アルジェリアの若い大学生や、隣国チュニジアで漫画文化に関わる方々との新しいご縁が生まれました。番組では「漫画が国境を越え、人をつなぐ」という話をしようとしていたのですが、その番組を準備している間に、私自身の周囲で同じ現象が起きてしまったわけです。大きな国際交流事業を組まなくても、一人とつながれば、そこから別の一人へとつながり、やがてその人が属するコミュニティへと関係が広がる。文化には、そういうネットワークを自然に形成する力があるのだと思います。
制度より先に、人の関係がある
今回の交流の中で、改めて重要だと感じるのが、小泉清美さんの存在です。静岡県が最初にアルジェリアとの交流事業を立ち上げたわけではありません。小泉さんという一人の静岡県出身漫画家が海外で活動し、現地の漫画家たちと関係を築き、在アルジェリア日本国大使館主催漫画コンクールの審査員を続けてきた。その個人的な活動の延長線上に、アルジェリアの若者、大使館、天野県議、漫画家仲間、静岡の企業がつながっていきました。
つまり、制度が関係を生み出したというよりも、人と人との関係が先にあり、そこへ制度や企業、行政が後から接続してきたわけです。これは、私が日頃関わっている中小企業支援でもよく見る光景です。新しい事業のアイデアが会議室の中だけで突然生まれるのではなく、「この人とこの会社をつないだら面白いのではないか」「以前知り合ったあの人に相談してみよう」というところから話が動き出すことがあります。事業計画の前に人間関係があり、人間関係の中から事業が生まれる。この順番を忘れてはいけないと思います。
漫画が越えたのは、国境だけではない
今回の『ロバのイチ推し!』は、漫画そのものを紹介する番組でも、アルジェリアという国を紹介する番組でも、天野県議の活動を報告する番組でもありませんでした。私にはむしろ、文化という入口から、人、地域、企業、産業、そして政策がどのようにつながっていくのかを、一つの具体的な事例を通して見る時間だったように思えます。
しかも、この話はまだ「成功事例」として完成したわけではありません。アルジェリアでMANGAに関心を持った若者がいて、一人の静岡出身漫画家とのご縁があり、その受賞者が日本へ、そして静岡へ来た。そこで静岡の文化や企業と出会い、SNSではさらに別の国の人たちとの新しいつながりが生まれ始めています。その先に何が生まれるかは、まだ誰にも分かりません。
だからこそ面白いのだと思います。
漫画が国境を越えた。しかし今回、本当に国境を越えたのは漫画だけではありません。人が動き、関係が動き、企業がつながり、地域がつながり、行政も少しずつ動き始めています。経営コンサルタントという私の立場から今回の出来事を一つの問いに置き換えるなら、「すでに持っているものを、誰と誰をつなぐことで、新しい価値に変えられるのか」ということになります。
自社にも、地域にも、本当はすでに多くの資源があります。それがまだ「強み」に見えていないのは、資源が足りないからではなく、互いに孤立しているからかもしれません。新しい価値を生み出す第一歩は、新しいものを探しに行くことではなく、目の前にある人や資源をもう一度見直し、「これとあれをつないだら何が起きるだろう」と考えることなのではないでしょうか。
今回の配信から、私はそんなことを考えました。


