M&A後の最初の30日で確認すべきこと【中小M&Aの100日統合3】

M&A後、避けて通れないのが社内ルールの整理です。
経費の申請方法、休暇の届け出、受注管理、会議、決裁、給与計算など、二つの会社にはそれぞれ異なる仕組みがあります。
同じグループになったのだから早くルールを統一したほうがよい、そう考えるのは自然です。
しかし、買収側のルールへ一律に合わせると、譲渡側企業の強みを失ったり、現場の混乱を招いたりすることがあります。反対に、すべてを従来どおりにすれば、不正や情報漏えいなどのリスクを放置しかねません。
重要なのは、旧会社と新会社のどちらが正しいかを決めることではありません。M&Aの目的と経営上のリスクに照らして、それぞれのルールを判断することです。
ルール統一を急ぎたくなる三つの理由
買収側が早期の統一を求める背景には、主に三つの理由があります。
一つ目は、管理を簡単にしたいからです。会社ごとに異なる会計処理や申請方法が残っていると、確認や集計に手間がかかります。
二つ目は、公平にしたいからです。同じグループなのに、休暇制度や手当、決裁権限が違うと、不公平に見えることがあります。
三つ目は、買収側の管理水準を適用したいからです。上場企業や一定規模の企業では、内部統制や情報管理の観点から、グループ共通のルールが必要になる場合があります。
いずれも合理的な理由です。
ただし、「統一する必要があること」と「今すぐ統一すること」は分けて考えなければなりません。
まず確認したいのは、ルールが生まれた理由
社内ルールには、必ず何らかの背景があります。
たとえば、譲渡側企業では少額の仕入れを現場責任者の判断で行っているとします。買収側では、金額にかかわらず事前の稟議が必要です。
買収側のルールを導入すれば、不適切な支出を防ぎやすくなります。一方で、緊急の部品調達にも数日かかるようになれば、製造や顧客対応が止まるかもしれません。
この場合、確認すべきなのは「稟議を導入するかどうか」だけではありません。
- なぜ現場で即時判断する必要があるのか
- どの程度の金額と頻度なのか
- 過去に問題は起きていないか
- 事後確認では管理できないか
- 緊急時の例外ルールを設けられないか
背景を確認すれば、「一定額までは現場決裁とし、月次で確認する」といった第三の選択肢も見えてきます。
二者択一ではなく、必要な機能を保ちながらリスクを下げることが大切です。
最初に統一すべきルール
すべてのルールを同時に変える必要はありません。まずは、放置した場合の損失が大きい領域から着手します。
資金と支払いの管理
銀行口座、インターネットバンキング、振込、印鑑、現金、法人カードなどについて、利用者と承認者を明確にします。
支払いを一人で登録し、一人で承認できる状態などは、早期に見直す必要があります。
法令・許認可に関する管理
労働時間、安全管理、個人情報、業法上の許認可など、法令違反につながる問題は優先して対応します。
「これまで問題がなかった」という説明だけで、従来の方法を継続してはいけません。
情報セキュリティー
退職者のアカウント、共用パスワード、個人所有端末への顧客情報保存など、事故につながる状態を確認します。
業務への影響を考慮しながらも、危険性の高いものは早期に是正します。
重要な意思決定
高額な投資、借入れ、採用、重要契約などについて、誰が最終決定するのかを明確にします。
決裁基準が曖昧だと、判断が止まるだけでなく、旧経営者と新経営者から異なる指示が出る可能性があります。
当面は併存させてもよいルール
経営上の危険が小さく、変更による現場負担が大きいものは、一定期間併存させる選択肢があります。
たとえば、次のような項目です。
- 日報や社内書類の様式
- 会議の名称や開催方法
- 営業報告の細かな手順
- 社内での呼称
- 制服や備品
- 緊急性の低いシステム
- 部門独自の情報共有方法
ただし、「当面は従来どおり」と決めただけでは、問題を先送りすることになります。
併存させる場合は、次の点を明確にします。
- なぜ今は統一しないのか
- いつ見直すのか
- 見直しまでに何を確認するのか
- 最終的に誰が判断するのか
併存は放置ではなく、意図的な移行期間です。
譲渡側のルールを採用したほうがよい場合もある
PMIでは、買収側のルールを標準と考えがちです。
しかし、譲渡側の仕組みのほうが、顧客や事業の特性に適していることがあります。
たとえば、譲渡側企業が顧客からの問い合わせを細かく記録し、製造部門と共有する仕組みを持っていたとします。買収側よりも顧客対応の精度が高いのであれば、その方法を残すだけでなく、買収側へ展開することも検討できます。
譲渡側のルールを採用する可能性があるのは、次のような場合です。
- 顧客満足や品質向上につながっている
- 専門的な技術や業界慣行に対応している
- 買収側よりも効率的に運用されている
- 社員の自律的な判断を支えている
- 数字や実績によって効果を確認できる
「買った側が教える、買われた側が従う」という関係にしないことが、両社の強みを生かす統合につながります。
三つの基準で優先順位を決める
ルールを見直す際は、「緊急性」「経営効果」「現場負担」の三つの観点で評価すると判断しやすくなります。
緊急性と経営効果が高く、現場負担が小さいものは、早期に変更できます。
緊急性は低いものの経営効果が高い場合は、準備期間を設けて変更します。
緊急性も経営効果も低く、現場負担だけが大きいものは、統一そのものを見直してもよいでしょう。
人事制度は「同じにする」だけでは解決しない
給与、評価、役職、勤務時間などの人事制度は、特に慎重な判断が必要です。
制度の違いには、業務内容、地域の賃金水準、採用事情、会社の歴史などが影響しています。
表面的な差だけを見て一律に統一すると、社員に不利益が生じたり、別の不公平感が生まれたりする可能性があります。
また、労働条件の変更には法的な検討が必要になる場合があります。社会保険労務士や弁護士などの専門家へ確認しながら進めることも重要です。
人事制度については、少なくとも次の順序で検討します。
- 両社の制度と実際の運用を確認する
- 差が生じた理由を調べる
- 社員への影響を整理する
- 統一する目的を明確にする
- 移行期間と説明方法を決める
制度を同じにすることと、社員が公平だと感じることは、必ずしも一致しません。
例外を残すなら、期限と責任者を決める
統合の途中では、旧会社だけに例外的な運用を認めることがあります。
例外には合理的な理由がある一方、期限を決めずに残すと、いつまでも統合が進みません。
例外を認める場合は、次の事項を記録します。
- 例外とするルール
- 例外が必要な理由
- 対象となる部門や社員
- 例外によって生じるリスク
- 見直し期限
- 見直しの責任者
「現場が反対しているから」といった曖昧な理由ではなく、顧客対応やシステム移行など、具体的な事情を明らかにします。
統一の目的を社員へ説明する
社員にとって、ルール変更は仕事や生活に直接影響する問題です。
そのため、変更内容だけでなく、変更する理由も説明する必要があります。
説明には、少なくとも次の内容を含めます。
- なぜ変更するのか
- いつから変わるのか
- 誰が影響を受けるのか
- 移行期間はあるのか
- 困ったときは誰に相談するのか
- 導入後、どのように見直すのか
「親会社の決まりだから」という説明だけでは、社員の納得は得にくいでしょう。
安全性を高める、判断を速くする、二重作業を減らすなど、現場にとっての意味を具体的に伝えることが大切です。
最良のルールは、両社の外にあるかもしれない
旧会社と新会社のどちらのルールを残すべきか――。
この問いに対する答えは、必ずしも二つのうちのどちらかではありません。
買収側の管理方法と、譲渡側の現場対応を組み合わせた新しい仕組みが、最も適していることもあります。
PMIの目的は、勝った側のルールにそろえることではありません。事業を安定させ、社員が働きやすく、M&Aの目的を実現できる運営方法をつくることです。
守るべきもの、変えるべきもの、時間をかけるものを分ける。その判断の積み重ねが、無理のない組織統合につながります。
次回は、M&A後のキーパーソンをどのように見極め、会社に残ってもらうかを解説します。


