M&A後に社員が不安になる本当の理由【中小M&Aの100日統合4】

M&A後、買収側の経営者が譲渡側企業の現場を見ると、改善したい点が次々に見つかります。
会議が多い。書類が紙のまま。決裁に時間がかかる。原価管理が十分ではない。営業情報が担当者の頭の中にしかない。
買収側に、長年かけて整えてきた管理制度や業務システムがあれば、「自社のやり方へ統一したほうが効率的だ」と考えるのは自然なことです。
しかし、その「正しさ」を成約直後から押しつけると、現場の反発や人材流出を招き、かえって統合が進まなくなることがあります。
PMIで大切なのは、買収側の仕組みを導入することではありません。M&Aの目的を実現するために、両社にとって適切な仕組みをつくることです。
買収側は「自社の成功体験」を基準にしやすい
買収側の会社が成長してきた背景には、経営者の判断や仕事の進め方があります。
そのため、買収側は無意識のうちに、次のように考えやすくなります。
- 自社の管理方法のほうが進んでいる
- 自社の評価制度のほうが公平である
- 自社の営業手法を導入すれば売上が伸びる
- 譲渡側のやり方が古いから利益が出ない
- 自社と同じように行動すれば改善できる
実際に、買収側の仕組みが優れている場合もあるでしょう。
ただし、ある会社で成功した方法が、別の会社でもそのまま機能するとは限りません。顧客、商品、技術、社員構成、地域性が違えば、適切な管理方法も異なるからです。
自社の成功体験は参考になりますが、相手企業を判断する唯一の基準にはできません。
非効率に見える仕事にも理由がある
譲渡側企業の仕事には、一見すると非効率に思えるものがあります。
たとえば、営業担当者が注文内容を紙に書き、工場へ直接渡しているとします。
買収側から見れば、受注管理システムへ入力すべき業務です。しかし、事情を確認すると、顧客ごとの細かな仕様変更を営業担当者と工場責任者がその場ですり合わせ、納期遅延を防いでいるのかもしれません。
紙を使うこと自体は改善対象でも、その過程で行われている情報共有までなくしてしまえば、ミスが増える可能性があります。
ほかにも、次のような例があります。
- 特定の顧客だけに例外的な納期対応をしている
- ベテラン社員が正式な役職を持たずに現場を調整している
- 毎朝の短い雑談で、その日の問題を共有している
- 経理担当者が支払先の事情に応じて確認方法を変えている
- 旧経営者が取引先の相談を非公式に受けている
改善すべきなのは表面上の手順だけではありません。その手順が担ってきた役割を理解し、必要な機能を別の方法で残すことが重要です。
「古い会社を直す」という姿勢は社員に伝わる
買収側が口に出さなくても、「自分たちがこの会社を立て直す」という姿勢は、社員に伝わります。
譲渡側の社員にとって、これまでの仕事の進め方は、自分たちが会社や顧客を支えてきた結果です。
それを十分に確認せず、「非効率だ」「遅れている」「これでは利益が出ない」と否定されれば、社員は自分自身を否定されたように感じます。
その結果、次のような反応が起こります。
- 指示されたことだけを行い、提案しなくなる
- 問題を買収側に報告しなくなる
- 表面上は従うが、従来の方法を続ける
- 買収側と譲渡側で社員が分かれる
- 顧客や業務に関する重要情報が共有されなくなる
- 中心的な社員が退職を考える
買収側から見ると「変化に抵抗している」ように見えますが、譲渡側から見れば「理解されないまま変えられている」のです。
早く変えるべき問題もある
相手のやり方を尊重することは、すべてをそのまま認めることではありません。
次のような問題は、成約直後でも早急な対応が必要です。
- 法令違反や重大な労務問題
- 資金の不適切な管理
- 情報漏えいにつながる状態
- 安全管理上の重大な不備
- ハラスメントや不正行為
- 事業継続を妨げる深刻な属人化
- 取引先や社員に重大な損害を与える慣行
重要なのは、「相手の文化だから残す」「買収側と違うから変える」という判断をしないことです。
緊急性、経営上の影響、現場の負担を確認し、変更の理由と優先順位を決めます。
現場を知るための質問
買収側が現場へ入るときは、最初から改善案を示すより、現在の仕組みを理解する質問をするほうが有効です。
たとえば、次のように尋ねます。
- この仕事は、なぜこの手順になっているのですか
- この手順を省くと、どのような問題が起きますか
- 現在の方法で困っていることはありますか
- 顧客が特に重視していることは何ですか
- 過去に方法を変えようとしたことはありますか
- そのとき、なぜ定着しなかったのですか
- 変えるとすれば、どこから始めるのがよいと思いますか
「なぜこんな非効率なことをしているのですか」という聞き方では、相手は身構えます。
同じ内容を確認する場合でも、「この方法が果たしている役割を教えてください」と尋ねれば、背景にある事情を引き出しやすくなります。
「残す・変える・やめる」の三つに分ける
現状を把握したら、業務や制度を三つに分類します。
1.残すもの
顧客から評価されている対応、競争力のある技術、社員間のよい連携など、譲渡側企業の強みにつながっているものです。
買収側に同じ仕組みがなくても、価値があるなら残します。場合によっては、買収側が譲渡側の方法を取り入れることも検討します。
2.変えるもの
目的や必要性はあるものの、現在の方法に問題があるものです。
たとえば、情報共有そのものは必要でも、特定の社員だけに情報が集中しているなら、共有方法を変えます。現場の機能を残しながら、リスクや非効率を減らす考え方です。
3.やめるもの
役割を終えている手続き、重複している報告、慣習だけで続いている会議などです。
ただし、廃止するときも「無駄だからやめる」と一方的に決めず、廃止によって困る人や業務がないかを確認します。
譲渡側社員を「統合される人」にしない
買収側だけで統合計画をつくり、譲渡側社員へ実行を求めると、社員はPMIを「自分たちが一方的に変えられる取り組み」と受け止めます。
そこで、業務改善や制度検討には、譲渡側の社員にも参加してもらいます。
たとえば、営業管理の方法を見直すなら、買収側の管理担当者だけでなく、譲渡側の営業責任者や実務担当者も加えます。
両社で次の点を話し合います。
- 現在の方法のよい点
- 現在困っていること
- 統合後に必要となる管理
- 顧客対応への影響
- 社員が新しい方法を学ぶための期間
- 移行中に起こり得る問題
譲渡側社員が検討に加われば、現場の事情を反映できるだけでなく、「自分たちで新しい会社をつくっている」という意識も生まれます。
小さく試してから広げる
影響の大きい制度やシステムを、一度に全社へ導入する必要はありません。
一つの部署や一部の業務で試し、問題を確認してから範囲を広げる方法があります。
小さく試す際には、次の点を確認します。
- 業務時間は短くなったか
- 入力や確認のミスは増えていないか
- 顧客対応に影響はないか
- 社員が無理なく使えているか
- 買収側の管理に必要な情報を得られているか
- 新たな属人化が生じていないか
計画どおりに進まなければ、現場の抵抗と決めつけず、仕組みや進め方に問題がないかを見直します。
統合とは、買収側の色に染めることではない
M&Aでは、資本関係上、買収側が経営の最終責任を負います。そのため、必要な判断を避けることはできません。
しかし、責任を負うことと、自社のやり方をすべて押しつけることは別です。
買収した会社には、その会社が顧客から選ばれ、事業を続けてきた理由があります。譲渡側の強みを失ってまで買収側の制度へ統一すれば、M&Aの価値を自ら減らすことになります。
PMIで目指すべきなのは、「買収側の会社に合わせること」ではありません。
両社の強みを残し、問題を改め、M&Aの目的に合った新しい運営方法をつくることです。
経営者に必要なのは、自社の正しさを証明することではなく、その会社にとって何が適切かを見極める姿勢です。
次回は、旧会社と新会社のどちらのルールを残すべきか、その判断基準を具体的に解説します。


