似て非なる言語-そうだったのかー│No.4「愛着と好き」、口癖「どうでもいい」
心理学視点から説く│孤立と孤独

人間も一つの個体に過ぎない。決して他の個体と融合することはない。一個の独立した個体である人間は、群をなして社会を構成し、経済によって構造化された国家の一員として生きている。いや、国家によって生かされている無力の一個の個体でしかない。一度戦争が起きれば、召集令状によって戦地に送られ、呆気なく国のために戦死する無力な個体である。
そもそも国家の中で生かされている国民である限り、その生殺与奪の権は、国が持っている。一個体である国民に生きる権利は付与されておらず、それは国が握っているのである。国に支配された国民である限り、個としての独立した個人は存在しない。故に人は孤立も孤独にもなれないのである。
本当の孤独は映画の『海の上のピアニスト』だけである。それは初めから出生届もなく、国に登録された戸籍が存在しないからである。
孤立:透明人間
孤独な人など有り得ない。しかし、他者から法から見放され、突き放された人は正に「孤立」し、無援に陥る。国から年金も保健も生活保護費も支給されず、身寄りも知人友人もなく、全く独りの人は居る。しかし、社会システムと経済の中に居る限り、現金が要る。お金なくして生きられない。生き延びてこそ一つの個体であり、辛うじて人間であり続けられる。
人並みに社会の中で生きている限り、人は孤独にはなれない。しかし、自らの意志で他者との関係を断ち切るなら、それこそ孤独な存在になれる。孤立は他動的な力、即ち、人や社会から追放され忘れられた存在を言う。誰からも見えない、透明人間になることが、孤立である。それを無視という。
孤独の境地
自らの意志で他との関係を切った孤独とはどんな境地なのか。それは穏やかで涼々しく、明晰な世界である。まるで世界を見渡せる山の頂上に立って辺りを見回している壮観などこまでも広がる青空を眺めている境地である。話し相手は山と空と雲である。その自然との対話こそ、尽きることのない豊かな言語で自然は語りかけ、孤独な主体は、それに応え続ける。永遠に終わることのない対話こそ、孤独の醍醐味である。
心理学視点から説く│口癖「ムカツク」とは

先ず、言葉の意味を定義する。「むかつく」に漢字を当ててみる。「無価・つく」とする。
これは、対人関係において、人は常に自分の自己愛を守るために、人の上に立とうとする。自分の方が優れていることを他者に示し、優位に立ち、勝とうとする。
この競争こそ対人の間で生じる必須事項なのである。その勝負を放棄したり、負けたと決めた人は、その勝負から撤退し、謙虚に服従に徹して争わない。即ち自らを勝つ能力がない、価値の無い人間と規定しているということで撤退したのである。
本来闘えるなら勝負したいと思いつつも負ける口惜しさと屈辱をあびるくらいなら撤退した方がましと決めた人達は、心のどこかで、潜在的に自らを卑下した敗北感にさいなまれている。が、それを表面に表さず、心の裡に秘め、じっと我慢しているのである。
その忍耐にも限界が訪れた時、他者の一言でキレた瞬間「ムカツク」が生じる。普段無価値な人間と規定して押さえていた優越感に火が灯き、一気に噴き出た感情こそ「ムカツク」である。それは怒りではなく、自己愛を刺激したからである。それでも自分には勝れたところがあると自覚し、それを押し隠していたことを否定されたり、凌がれた時にムカツクが生じる。
負けを認められないし、認めたくない人が防衛としてとる感情表出のことである。理性と知があるならば潔く敗けを認め努力する方向に切り換えてこそ大人である。ということは、感情的処理しか出来ない人はムカツクことになる。即ち幼い心のままを露呈した姿こそ、ムカツクであるといえる。
No.5「意志と頑固」、口癖「呆れる」⇦
⇨ セラピストの格言
⇨ 精神分析家の徒然草
⇨ 人間とは何か「精神科学に基づき心の病を癒し人間の謎を解き明かす」
⇨ 事実と真実の違い、「現実」「解釈」「真理」実例でわかりやすく
⇨ マイペースな人の特徴と心理。マイペースと自分勝手、我がまま、気まま、自由の違いとは



