「建築って何?(70)」マンション大規模修繕工事:外壁塗装等の価格変動要因
相談者から「素人である消費者(建築主、購入者)にとって、新築、増築、リフォームなどの建築行為や建築物の売買は難しくてよくわからない。不安がある。」という言葉をよく耳にします。なぜ、建築行為や建築物の売買は厄介であり、トラブルも絶えないのでしょうか。今回、設計や施工から維持管理までを包含した観点から捉えた広義の『建築生産』という概念から、建築行為や建築物の売買に共通するリスクを考察しようと思います。尚、リスクとは、「事前に想定できる好ましくないこと。」を指しています。
『建築生産』という言葉には、広義の『建築生産』と狭義の『建築生産』があり、広義の『建築生産』は、「どのような空間や構築物をいかにして実現するか( Management and Organization of Building Process)」を総合的に捉える概念です。施工に関する内容に絞って用いられる場合もありますが、この場合は狭義の『建築生産』と呼ばれています。広義の『建築生産』の概念から建築行為や建築物の売買を考察すると、一般的な建築プロジェクト(建築の企画構想から設計、施工、維持管理まで)においては、他の生産分野と異なる次の(1)~(6)項に列挙する特殊性があり、一般的な建築プロジェクトを実施するにあたり、これらの特殊性に伴う複数のリスクの存在が浮かび上がります。
(1)建築行為は原則と一回限りである。(「建築の一回性」)
(2)多様性と多目的性が内在している。
(3)建築行為のプロセスは分節化している。(「建築の分節化」)
(4)関係者が臨時的に構成され、分業化・重層化が進展している。(「建築の分業化・重層化」の進展)
(5)原則的に、完成前に契約が締結され、高額である。
(6)建設業界は人手不足、後継者問題が深刻な状況にある。
以降、各項目の詳細を記載します。
(1)建築行為は原則として一回限りである。(「建築の一回性」)
一般的に、新築などの建築プロジェクトを遂行し、建築物を完成させるためには、必要な用地が確保された後、設計図を作成し、作成された設計図に基づく工事が実施されなければなりません。この用地と作成された設計図は、この建築物固有の用地と設計図であり、同じ用地に同じ設計図で同じ条件に基づき工事を行うことはできないことから、この建築プロジェクトの遂行は一回限りの行為となります。すべての建築物は、それぞれに施工現場が異なり、求められる用途、面積、構造、設備に関しても建築プロジェクトごとに相違し、設計内容に関しても制約条件、優先度、建築主の思い、設計者の個性など多様となります。これが、建築行為は原則として一回限りとなる「建築の一回性」という特徴であり、他の事例と比較検証が難しく、繰り返し全く同じ建築物をつくることができないというリスクを有しています。さながら人生のようです。
(2)多様性と多目的性が内在している。
建築主から「環境を考慮に入れた省エネルギーに対応した建築物にしたい。」という要望が示された場合を例にとると、①熱負荷の低減、②自然環境の利用、③エネルギー源の検討、④熱交換の効率化の検討、等々、何を優先させるかにより設計内容が異なってきます。また、使用する部材や技術も多種類あり、数ある設計内容を実現させる施工方法も複数考えられます。その上、工事過程において、コストの最小化や工期短縮など、建築プロジェクトごとに目的や優先度が異なり、目的となる事項は限定されることなく多数存在するといえます。これが「多様性と多目的性が内在している。」という意味であり、その時々の消費者(建築主、購入者)の選択や判断により、完成や購入した建築物の内容(品質。性能)が大きく左右されるというリスクを有しています。
(3)建築行為のプロセスは分節化している。(「建築の分節化」)
(4)関係者が臨時的に構成され、分業化・重層化が進展している。(「建築の分業化・重層化」の進展)
建築プロジェクトを遂行させるためには、敷地の確保、ボリュームの検討(規模や予算の検討)、設計図の作成、確認申請書の提出と確認済証の取得、見積の徴収など工事の発注、工事、工事監理、維持管理、修繕…と、各段階を経ることとなり、各段階の接点は、担当する主体(中心となるもの)も異なり、緩くつながった関係性です。この建築プロセスの状態が「建築の分節化」です。
更に、一般的な建築プロジェクト遂行の組織構成を歴史的に俯瞰すると、古くは「棟梁」(西洋では「マスタービルダー」)が建築技術を握り、現場を取り仕切るという単純明快な方式でした。《(図-1)参照》ところが、建築物の大型化、建築の多目的性、構造方式や建築技術の多様化の進展と共に、必然的にアーキテクトやエンジニア(設計事務所)が台頭し、施工に関しても、ゼネコン(総合建設業者)や地方の建設会社(工務店など)が現場を取り仕切り、下請けである専門工事会社(サブコン)に仕事を割り振る方式が普遍化しました。《(図-2)参照》その後、技術の高度化、プレハブ化、グローバル化などの進行に伴い、ゼネコン(総合建設業者)や地方の建設会社(工務店など)が技術を握る時代から、下請けである専門工事会社(サブコン)や製造会社(メーカー)へと施工技術を握る主体が移り替わりました。設計技術に関しても、専門工事会社(サブコン)や製造会社(メーカー)が技術開発能力などで優位性を持ち、ゼネコン(総合建設業)や地方の建設会社(工務店など)は、現場のマネジメント(統括)に特化する時代へと変化し、設計事務所の役割に関しても、設計施工方式やCM方式、ECI方式の拡大などに伴い大きく変化しています。《(図-3)参照》
また、建設産業特有の重層下請構造も根付いたままで解消されていません。《(資料-1)参照》
このように、一つの建築プロジェクトに関して、いろいろな領域から多くの関係者が随時集まる時代へと変遷し、これら関係者は臨時的に構成されることになります。
(資料-1)
建築士の学科試験には「計画・環境設備・法規・構造・施工」の科目があり、実務を行う建築士にあっても、計画系(意匠系)・設備系・行政系・構造系・施工系などと専門分野に分かれ、仕事は細分化・分業化されています。住宅系の建築に関しても、元請となる建築会社(工務店など)に一括して発注するのではなく、施工技術を有する専門工事会社(基礎、大工、左官、設備…)に直接発注する「オープンシステム分離発注方式」を採用するケースも見受けられ、この方式に取り組む設計事務所も各地に点在しています。
このように、一つの建築プロジェクトの関係者は増加し、「分業化」「重層化」は進んでいます。《(資料-2)参照》
そのため、各関係者の責任範囲も狭い範囲に限定され、分節化・分業化された仕事の一部に問題が生じた場合、後戻りして修正することが困難になるリスク、分節化・分業化の接点部分に問題が生じるリスクが高まっています。
(資料-2)
(5)原則的に、完成前に契約が締結され、高額である。
住宅を例にとります。注文住宅は、完成前に工事請負契約が締結されます。建売住宅や分譲マンションは、建てられた建築物を購入することになりますが、新築物件に関しては、完成する前に売買契約を締結するケースも多く見られます。また、完成した新築住宅や中古住宅を購入する場合も、インスペクター制度があるものの、建築行為のプロセスや隠れた部分までを詳細に点検することはできず、消費者(建築主、購入者)にとって、契約内容や建築物の適格性を判断することは至難の業ということになります。特に、「型式認定」に関しては、設計施工内容も提示されていない状況にあります。住宅以外の建築物に関しても住宅と同様であり、消費者(建築主、購入者)のイメージ通りに建築されているかどうかの保証は無く、工事費や販売価格に関しても、高額であるにもかかわらず、金額面に対する的確性を判断することは難しい状況にあります。
このように、建築物は、原則的に完成前に契約を締結しなければならないという高いリスクを孕んでいます。
(6)建設業界は人手不足、後継者問題が深刻な状況にある。
国土交通省が公表する統計数値に基づくと、建設業者数は1999年度末のピーク時から23%減となる46万業者(2016年)まで減少し、建設業就業者は1997年平均のピーク時から28%減の
498万人(2017年平均)まで減少する人手不足、後継者不足が深刻な状況にあます。《(資料-3)(資料-4)参照》
その結果、設計・施工技術の継承がなおざりになるなど、深刻な品質崩壊の危機に直面しています。建設業界の現況が、消費者(建築主、購入者)側が被るリスクに拍車をかけています。
(資料-3)
(資料-4)
ここに記載したとおり、建築行為の特殊性に伴い、各々の建築プロジェクトが抱える固有のリスクだけでなく、建築産業全般に係る建築システム上のリスクが複数存在することがわかります。建築プロジェクトの遂行に際して、建築主(施主)側に立脚し、客観的にプロセス全体を統合・最適化し、建築物の健全性の確保が期待できる専門家の活用が求められる時代が到来しています。