日本のゴルフ場で「1ホール2グリーン」が必要だった理由
ルールで罰則もある“スロープレー”
「ゴルフマナーの中で最も要注意なのは何?」と聞かれると、一番に思い浮かぶのが“スロープレー”。
プリンシパル(原理原則)で有名な白洲次郎さんもゴルフにおいては「プレーファスト」を大切にし、理事や理事長を歴任していた軽井沢ゴルフ倶楽部でプレーペースの遅い組を見ると、「さっさといけ!」と怒鳴ることが度々あったそうです。
私のような下手な人間ほど、自信がないから素振りが多くなり、アドレスに時間が掛かり、パットにも時間が掛かります。右へ左へ飛んでいくボールまでの移動時間も上手な人より間違いなく掛かります。
しかし、“スロープレー”は下手なプレーヤーだけの問題ではなく、一流のプロゴルファーでも、試合でたびたび遅延プレーの問題が取り沙汰されています。
“スロープレー”は、後続の組など他のゴルファーに迷惑がかかるということが問題です。前を行く組に付いて適切に進んでいくことがゴルフの大切なエチケットとなっており、またゴルフルールにおいても厳しく制限され、規則6-7「不当の遅延」という項に“スロープレー“の基準と罰則が明記されています。
『優雅」はいいけど・・・ちょー迷惑な全米オープン・チャンピオン
そんな“スロープレー”についての罰則がなかった今から80年以上前、“スロープレー”が原因となって、試合に出場することができなくなった全米オープン・チャンピオンがいました。
その名は、シリル・ウォーカー(1892 –1948)。
PGAツアーで通算6勝、1924年の全米オープン(オークランドヒルCC)で、ボビー・ジョーンズを破って優勝し一躍有名になった人です。
ボビーが1923年につぐ連覇を逸したのは、シリルの超がつくほどの“スロープレー”が原因だったといわれ、周りのゴルファーたちには『あいつは存在そのものが悪い冗談だ。“歩く人”(ウォーカー)ではなくて“這いずる人”(クローラー)だ!』と言われていました。
1930年のロサンゼルス・オープン(リビエラCC)、シリルはいつも通りのペースでプレーしていました。
ふと立ち止まったかと思うと土手に咲く花を摘んでその香りを嗅ぎ、青空に浮かぶ雲を仰ぎ見てはしばしたたずむという、人から見ると間違いなく“超スロープレー”。他の選手が3時間でプレーするところを、シリルは4、5時間も掛けていました。
2日目にはそれがさらに顕著になり、セカンド・ショットを打つ前の儀式も然りで、いちいちグリーンまでのろのろ歩いて行ってチェックし、またぶらぶらと引き返してくる。
ボールを打つ時にはクラブを手に取って、素振りを何度も繰り返し、やっとスタンスを決めたかと思いきや、また仕切り直し・・・ということを繰り返した後、同伴競技者とギャラリーが欠伸をするころにようやくボールを打っていました。
もちろんシリルの後ろは大渋滞、いくら競技委員が急かしてもいっこうにペースを速める気配がありません。
6番ホールまで来て、「もっと早くプレーしないと失格にするぞ!」と警告を受けても、シリルは競技委員を見据えて、「私は全米オープンのチャンピオン、シリル・ウォーカーだ! このトーナメントのためにはるばる英国からやってきた。私は自分のプレーペースを守っているに過ぎない!」と言ってのけました。
彼が失格になったのは、それから3ホール後、1時間以上掛かってようやくたどり着いた9番ホール。
失格の理由は「遅延プレー」ということでした。
「バカな!何を基準に“遅い”と言うのか。私にとっては、プレーの早い者こそ目障りで迷惑だ!人にはそれぞれ生まれつきのペースがあるってことを知らないのか!」と競技委員を罵倒して悠々とプレーを続け、グリーンへ向かいました。
「あなたはもはや失格している。他のプレーヤーの妨げになるので、即刻ここから退場願いたい。」と競技委員が警告しても、シリルは一笑に付してなおもプレーを続けようとしました。
やむを得ず競技委員はシリルをコースから排除するために2人の警官を連れてきて、彼の両腕を抱え込みました。
シリルは、顔を真っ赤にしてわめきちらし、足を振り上げて抵抗すしましたが、結局コースから連れ出されました。
それまでの彼のスローな動きに比べると、まるで早回しのフィルムを見ているようだったそうです。
クラブハウスへ連行された後も、シリルは「お前たちは悪魔の使いだ!地獄へ落ちるがいい。私がどんな罪を犯したというのだ!」とわめき続けました。
この事件後、誰もが、この“スロー・ウォーカー”と一緒にラウンドすることはおろか、彼の後に付くことも嫌うようになりました。
そのため、同伴競技者なしにキャディーと2人だけでプレーさせるという手段も取られましたが、それも一度きりで、大方の試合においてシリル・ウォーカーはコースから排除される運命となりました。
“スロープレーヤー”の一番大きな問題は、ご自身に自覚がないこと。
「空いているから、今日はゆっくりのんびり時間を掛けてプレーしよう!」ということでは、ダメなんです。
空いていようが、込み合っていようが、『いつでも同じ適切なペースで、なおかつゴルフコースの雄大な景色も楽しみながら、ゴルフプレーを楽しむ』ということが大切なんですね。
みんなに「遅いから、あの人とは一緒にプレーしたくない!」と言われる前に、自分のプレーペースが適切かどうかを客観的に見てみることをオススメします。
■参考文献
「生きがいはゴルだけ」ブルース・ナッス&アラン・ズーロ著山崎雄介訳:二見書房
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