高い壁を乗り越えるために
老人病院、特別養護老人ホームから始まり、いろんな施設で働いてきましたが、
20代半ばに、デイケアで働いていたことがあります。
デイケアは、デイサービスとは少し違い、医療、リハビリ色が濃い通所系サービスで、
当時わたしが勤めていたデイケアも、診療所に併設されていました。
介護保険が始まる前のサービス事業所なので、利用される高齢者の顔ぶれは、ほぼ毎日同じ。
毎朝、同じルートでお迎えに行き、
毎日同じようなことをしてもらい、
夕方送っていって、掃除して終わり。
当時は、私自身ほとんど勉強もしてなかったですし、ただ漫然と、決められた仕事ことをしていたという感じ。
「作業」をしている感覚でした。
ある日、そのデイケアの主任である理学療法士の先生に呼び出されました。
定期面談か何かだったと思います。
開口一番言われたのが、
「太田くんは、痴呆は治ると思う?」
でした。
今では「認知症」という言葉が定着してきましたが、当時はまだ「痴呆」と呼ばれていた時代。
全然勉強してなかった私でも、痴呆が治らない病気だということくらいは知っていました。
私は
「いや、治らないでしょう?」
と。
先生は、
「そうだよね。医療ではどうにもならないんだよ。
だからこそ、キミの接し方一つで、症状の改善が見られたり、病気の進行を遅らせることができるとしたら、
医者にもできないことをキミができるとしたら、素晴らしいと思わない?」
と。
「なーに言ってんだか」
と、当時の私には先生の言葉の意味が理解できなかったんですが、
その日以来、なんとなく痴呆(認知症)の勉強をするようになり、
利用者さんのことをよく観察するようになりました。
例えば、
脳梗塞が原因で認知症になった方は、「脳血管性認知症」と分類されますが、
脳のどの部分で梗塞が起こったかによってもいろいろ違ってきます。
脳の左側で梗塞が起こっている認知症の方は、右半身に麻痺が出ることも多くなります。
こういうケースの方の場合、感情が不安定になり、イライラして、すぐに怒り出すということがあります。
特に、右手が利き手の方が多いですから、
右半身麻痺で、思うように動けないことがイライラの原因なったりします。
そんな方に、利き手のサポートをしてあげることで、精神的に落ち着かれるようになります。
穏やかに過ごすことができれば、血圧の変動を抑えることにもつながり、脳梗塞の再発予防にもなります。
脳梗塞が認知症の原因になっているわけですから、脳梗塞の再発予防は、認知症の進行予防になるわけです。
理学療法士の先生の言いたかったことは、こういうこと。
それに気づいてからは、徹底的に勉強しました。
いつしか、認知症の方、特に、他のスタッフでは対応が難しい方の対応は私が任されるようになっていました。
仕事をする目的は人それぞれです。
決して高尚な理念をもっている人ばかりではありません。
介護、福祉では、「利用者のため」、「高齢者のため」、「障害者障害児のため」、
という思いがないといけない、と考える人もいますが、
お金のため、生活のために働いているという人だっていますし、
そんな人が介護福祉の仕事をしてはいけないわけではありません。
ただ、スタッフ個々の目的と、組織・事業所の目的の共有ゾーンを見つけて、
気持ちよく働けるように導いていくのは、経営者・管理職の仕事です。
押し付けるのではなく、排除するのでもない、
個々の価値観を尊重しながら、組織の目的にも沿うゾーンはどこなのか、
それに気づけるきっかけを作れる上司が、組織の肝になります。