【事業者】ノウハウとしての保護
新卒採用した社員を社内で育てるだけでなく、経験を積んだ人材を即戦力として中途採用することがあります。
採用にあたっては、書類選考と面接で経歴を間違いなく確認できることが前提になります。
しかし、ときに真実でない経歴の申告を見抜くことができず、残念ながら入社してから期待していた能力に不足があることに気付くこともあります。
申告された経歴に虚偽があった場合、採用のやり直し、すなわち解雇ができるでしょうか。
就業規則が整備されているか
虚偽の経歴申告によって入社した社員を懲戒解雇する前提として、まず、就業規則でそのような懲戒解雇事由が定められている必要があります。
この点、厚生労働省のモデル就業規則では、「労働者が次のいずれかに該当するときは、懲戒解雇とする。」という懲戒解雇の条項を設け、その事由として、「① 重要な経歴を詐称して雇用されたとき。」を挙げています。
「重要な経歴」とは
では、どのような場合が「重要な経歴」と言えるのでしょうか。
この点については、「重要な経歴」とは、その経歴について通常の使用者が正しい認識を有していたならば、当該求職者について労働契約を締結しなかったであろうところの経歴を意味する、との裁判例があります。
その前提には、労働契約を締結するという段階において、企業に対する求職者の立場は弱く、採用されるために時として虚偽の申告をすることがあるのを深くとがめることはできない、という考え方があります。
したがって、①どのような経歴についてどのように偽ったのか、②そのことによってどのような職種に採用されたのかによって、懲戒解雇が認められるかどうかが変わってきます。
職務経歴の詐称
職務に必要な能力がないのに、それがあるかのような経歴を記載して採用された場合に、その経歴の詐称を理由とする懲戒解雇が有効とされた例として、例えば東京地判平16・12・17があります。
この判決では、①「原告は、JAVA言語のプログラミング能力がほとんどなかったにもかかわらず、本件経歴書にはJAVA言語のプログラミング能力があるかのような・・・記載をし、また、採用時の面接においても、・・・同趣旨の説明をしたものである」ところ、②「原告は、本件開発に必要なJAVA言語のプログラマーとして採用されたのである」から、「原告は、『重要な経歴を偽り採用された』というべき」とされています。
学歴の詐称
学歴の詐称については、例えば高卒であるのに大卒と高い学歴があるように偽った場合ばかりでなく、低い学歴であると偽った場合にも懲戒解雇が有効とされることがあります。例えば東京地判昭55・2・15では、①「申請人(労働者)は、被申請人(会社)のオペレーターの採用条件が高卒以下の学歴を有する者に限られていることを知りながら、敢えて被申請人と労働契約を締結するために、自己の短期大学卒業という学歴を秘匿した」ものである、②「被申請人は、オペレーターの従業員の採用条件として、学歴が・・・高卒以下であることを確固たる方針としていたことが明らか」であり、「申請人との労働契約締結前に申請人の真実の学歴を知っていたならば、右労働契約を締結しなかったであろうと推認でき」としています。
犯歴の詐称
前科を秘匿していた場合について懲戒解雇を有効とした東京地判平22・11・10は、①「原告は、本件雇用契約締結に際し、本件服役等について被告に秘し、平成16年から平成20年にかけてアメリカにおいて経営コンサルタント業務に従事していたと虚偽の申告をし」、被告代表取締役は、②「虚偽の経歴も重視して原告の労働力を評価し、本件雇用契約を締結したことが認められる」のであって、「原告が、前記期間中、逮捕・勾留され、2年6月の実刑判決を受けて服役していたという真実を被告に告知していた場合、被告は、これに基づいて原告の労働力や信用性を評価し、また、企業秩序に対する影響等を考慮して、本件雇用契約を締結しなかったであろうと認められ、かつ、客観的に見ても、そのように認めるのが相当である」としています。
前科の有無を質問できるか
労働者の採用にあたって、会社は賞罰の有無について問うことができます。
しかし、個人情報保護法によって犯罪歴は要配慮個人情報とされ、事前の本人の同意なしに取得することが禁じられています。
求職者が質問に答えずに就職した後、前科が判明したとしても、それによって直ちに懲戒解雇が有効になるわけでないことは、上で説明したとおりです。
ですから、書類や面接で前科を問うとしても、その詐称が懲戒事由として有効とされ得るような場合に限るのが賢明です。