勘定合って銭足らず
企業は非常時においてその耐久力が問われます。非常時の耐久力には平時の備えが必要になりますが、過度な備えは無駄につながります。「無駄なのか、備えなのか」、経営はいつの時代もそのバランスが問われます。
平時には原材料も製商品も取引先も、予期した通り動きますから、余分な(つまり当面不要な)資産を持つ必要がありません。資産をできるだけスリム化して経営効率を高めることが求められます。しかし、非常時になると、突然、思いもしないことが原因で、通常のビジネスサイクルが回らなくなります。そんなときに、何といっても頼りになるのはキャッシュです。キャッシュさえあれば、途絶えた原材料や製商品供給を復活させることは可能ですし、売上が落ち込んだ期間における従業員の給与等の運転資金を捻出することもできます。
キャッシュが必要になれば、親しくしている取引銀行から借りればいいではないかと、安易に考えるのは危険です。非常時は、当該企業だけではなく経済全体が非常事態になり、銀行自体の資金状況が通常でなくなる上に、借り入れ申し込みも殺到し、銀行がこちらの思惑通りに動いてくれるかは保証の限りではないからです。
ですから、何といっても頼りになるのは、手持ち所有のキャッシュです。また、同じキャッシュでも借入などの負債で調達したキャッシュではなく、自己資本を裏付けとしたキャッシュが断然有用です。つまり、非常時には、自己資本比率とキャッシュ比率の高い会社が、耐久力のある会社として評価されます。
一方、平時では自己資本比率が高く、キャッシュリッチな会社は、特に株主からの還元要請が強い上場会社においては、無駄な資金を眠らせている会社として批判の対象になります。資金に余裕があるなら、会社の成長に向けてもっと積極的に投資することを要求されます。成長に振り向けられない余剰な資金は、原理的には会社は株主のものですから、配当なり、自社株買いなりで株主に還元すべきだということになります。
つまるところ、こうした非常時に備える経営の余裕を平時にどのように考えるかが問われます。「無駄」だととらえれば、スリム化しなければなりませんし、「備え」だととらえれば、温存することになります。
近年は、感染症に限らず、大震災や地球温暖化の影響による風水害など、非常時が多くなってきている印象を受けます。そうすると、キャッシュを使って会社を成長させようとするより、非常時に備えるため、自己資本を蓄え、キャッシュリッチな会社を目指そうとする経営者が多くなるかもしれません。経済・社会環境からすれば、それもやむを得ないことのように思えますが、経済の牽引役であるべき企業家の志向が余りに内向きになるのは、経済全体にとっては好ましいこととは言えません。経営の余裕を非常時の備えだと簡単に割り切ると、キャッシュの使用に関して思考停止状態に陥ってしまうことも懸念されます。それは出資する個人のリスクを限定して、より挑戦的に企業活動をしてもらおうとする株式会社精神の本義に反します。
日本は人口減少時代を迎え、ただでさえ経済成長が難しい時代になってきています。それに加えて、企業家精神までも衰えてしまえば、経済の停滞は避けることができません。今回のパンデミックの影響が強烈だっただけに、経済が本来持つべきダイナミズムを長期にわたってそいでしまうことを危惧します。
(記事提供者:(株)日本ビジネスプラン)