暑い時の水分補給には何が良いのか?
日本は世界に名だたる長寿大国ですが、その日本が長寿大国へ向けてスタートを切ったのは、大正10年に東京市で水道の塩素殺菌が開始された時にはじまる様です。明治期に開始された当時の水道にはさまざまな雑菌が含まれており、水道の普及に伴って体力のない乳児の死亡が増加するなどして、当時の乳児死亡率は出生千人当たり150~180人程度で推移していました。ところが、大正10年を境に乳児死亡率が急激に減少し始めます。「その国の国民の寿命は、乳児の死亡率に依存している」といわれますが、その言葉通り乳児死亡率が減少に向かうと、日本人の平均寿命は上昇に転じ、その後も医療技術の進歩などで上昇し続け現在の長寿大国に至ります。なお、2011年における乳児死亡率は出生千人当たり2.3人です。
水道の塩素殺菌に必要な液体塩素は、大正7年に軍事用に開発されたばかりで軍事機密に属していたようです。これを、かつて外務大臣を務めるなど軍部にもパイプがあり、北里柴三郎と並ぶ細菌学の権威で医学博士でもあった当時の東京市長・後藤新平が民生転用させたのではないかというのです。驚きのひとつは、日本を長寿大国たらしめた要因のひとつが、医療ではなく、水道水の殺菌という社会インフラの改善にあるという点でしょうか。そしてこの液体塩素の話は、技術や製品の可能性に関して二つの示唆を与えているように思われます。一つ目は、技術や製品には従来とは異なる使い方でさらに活躍できる余地があり得ること。二つ目は、それを誰が使うか、どう使うかで、同じものがたとえば命を奪うことにも、逆に助けることにも使われるということです。軍事研究の産物である液体塩素が乳児の命を救ったように、いま私たちの目の前にある既存の技術や製品も、もしかしたらまだ見ぬ大きな役割を秘めているかもしれません。
『日本史の謎は「地形」で解ける-文明・文化篇』 (PHP文庫)竹村公太郎著