【第4回】教えることと育てることは違う

「できれば失敗してほしくない。」
親であれば、子どもに対してそう思うでしょう。
先生も、教えている子どもたちに失敗してほしいとは思わないでしょう。
仕事でも同じです。
部下や後輩には、できるだけ失敗せず、うまく仕事をしてほしい。
私自身、長年店長として人を育ててきた中で、そう思っていました。
しかし今振り返ると、一つ疑問が浮かびます。
人は、失敗しないまま本当に成長できるのでしょうか。
今回は「失敗」と「教育」について考えてみたいと思います。
私自身、失敗から学んできた
これまでの人生を振り返ってみると、成功したことより、失敗したことの方が強く記憶に残っていることがあります。
仕事で判断を間違えた。
接客でうまく説明できなかった。
人への伝え方を間違えた。
思ったような結果が出なかった。
その瞬間は当然、
「失敗したな」
と思います。
できれば経験したくなかったこともあります。
しかし時間が経って振り返ってみると、その経験が次の行動を変えていることがあります。
「なぜ、うまくいかなかったのだろう。」
「別の方法はなかっただろうか。」
「次はどうすればいいのだろう。」
そう考える。
そして、もう一度やってみる。
そこに「学び」が生まれます。
「失敗」と「学び」は同じではない
ただし、失敗すれば必ず成長するわけではありません。
同じ失敗を何度繰り返しても、何も考えなければ学びにはつながりません。
大切なのは、
失敗した後に何をするか
です。
なぜ失敗したのか。
何が足りなかったのか。
次は何を変えるのか。
ここまで考えて、初めて失敗が経験になります。
第2回の「学ぶとは何か」でも書きましたが、経験しただけでは学びになりません。
経験から何かをつかみ、自分の次の行動を変える。
それが「学ぶ」ということなのだと思います。
店長が全部失敗を防いでしまったら
店長時代を振り返ると、スタッフが失敗しそうになっている場面を何度も見てきました。
こちらは経験がありますから、
「あ、それではうまくいかない」
と途中で分かります。
そこで、
「違う、こうしなさい」
とすぐに止める。
確かに、それなら失敗は防げます。
でも、毎回それを続けたらどうなるでしょう。
スタッフは、
「店長に聞けばいい」
「間違えそうになったら誰かが止めてくれる」
と思うようになるかもしれません。
そして、自分で考える必要がなくなってしまいます。
もちろん、お客様に大きな迷惑をかけることや、安全に関わることをそのまま経験させるわけにはいきません。
しかし、やり直せる小さな失敗まで全部取り除く必要があるのだろうか。
人を育てる経験を重ねる中で、そう考えるようになりました。
「失敗させる」という言葉の本当の意味
今回のタイトルを、
「失敗させるとは何か」
としました。
しかし、わざと失敗するように仕向けるという意味ではありません。
私が大切だと思うのは、
「失敗しても大丈夫な場所をつくること」
です。
やってみる。
うまくいかない。
考える。
やり直す。
そして、できるようになる。
この繰り返しを安心して経験できる環境です。
「間違えたら怒られる」
「失敗したら笑われる」
「一度失敗したらダメな人だと思われる」
そんな環境では、人は挑戦しなくなります。
失敗しないためには、何もしないことが一番安全だからです。
子どもの「間違い」は成長の途中
学校でも同じだと思います。
子どもが問題を間違える。
大人から見れば、
「違うよ」
とすぐに正解を教えたくなります。
しかし、
「どうしてこの答えになったの?」
と聞いてみると、その子なりに考えた理由があるかもしれません。
その考え方を一緒にたどっていけば、
「あっ、ここで間違えたんだ」
と自分で気づくことがあります。
この「自分で気づく」という経験は、とても大切です。
間違えることは、学べていない証拠ではありません。
むしろ、
学んでいる途中だからこそ間違える
とも言えるのではないでしょうか。
失敗した時に必要なのは「次はどうする?」
人が失敗した時、
「なんでこんなことをしたの?」
と責めるだけでは、本人は萎縮してしまうことがあります。
もちろん、原因を確認することは必要です。
しかし、そこで終わらせず、
「では、次はどうしようか?」
と考える。
私は、この言葉がとても大切だと思っています。
過去は変えられません。
しかし、次の行動は変えられます。
失敗を責めることより、
失敗から次の一歩をつくること。
それが教育ではないでしょうか。
AIは失敗を減らしてくれる
生成AIを使うと、多くの失敗を事前に減らすことができます。
文章を書けばチェックしてもらえる。
分からないことを質問できる。
プログラムでエラーが出れば原因を一緒に考えてもらえる。
新しいことに挑戦する時にも、手順を教えてもらえます。
私自身、新しいことを学ぶ中で、生成AIに助けられる場面はたくさんあります。
これは素晴らしいことです。
一方で、少し考えておきたいこともあります。
AIが失敗を先回りして防いでくれるようになった時、人間はどこで試行錯誤を経験するのでしょうか。
AI時代だからこそ「まずやってみる」
私は、AIを使うことと失敗することは対立しないと思っています。
むしろAIがあるからこそ、以前より気軽に挑戦できることも増えました。
分からなくなったら聞けばいい。
エラーが出たら一緒に考えてもらえばいい。
だったら、
まず自分でやってみる。
うまくいかなかったら原因を考える。
それでも分からなければAIに相談する。
AIから答えをもらったら、
「なぜそうなるのか」
をもう一度考えてみる。
そんな使い方なら、AIは失敗をなくす道具ではなく、
失敗から学ぶための伴走者
にもなると思います。
65歳の私も失敗の連続
私は今でも新しいことを学んでいます。
生成AI、プログラミング、Linux、その他にも知らないことがたくさんあります。
当然、失敗します。
入力を間違える。
操作を間違える。
思ったように動かない。
「これは何だ?」
と分からなくなる。
でも最近は、それも学習の一部だと思えるようになりました。
若い頃は「できないこと」を恥ずかしいと思うこともあったかもしれません。
しかし今は、
知らないから学べる。
できないから挑戦できる。
失敗するから次が分かる。
そう思っています。
65歳になっても、失敗することはなくなりません。
むしろ新しいことに挑戦している限り、失敗は続くのでしょう。
それでいいのだと思います。
失敗しない人より、やり直せる人へ
教育の目的を、
「失敗しない人を育てること」
と考えてしまうと、失敗は悪いものになります。
しかし人生で一度も失敗しない人など、おそらくいません。
だったら必要なのは、
失敗しない力ではなく、
失敗した後に立て直す力
ではないでしょうか。
間違えた。
では、やり直そう。
うまくいかなかった。
では、別の方法を考えよう。
分からなかった。
では、聞いてみよう。
そんな人を育てる。
そのためには、学校も家庭も職場も、
「失敗しても、もう一度やればいい」
と言える場所であってほしいと思います。
第8回では「任せる」ことについて書きました。
任せれば、当然失敗することがあります。
だから、
任せることと、失敗を受け止めることはセット
なのだと思います。
人を育てるとは、失敗をなくすことではありません。
失敗しても、そこからもう一度歩き出せるように支えること。
私は、それも教育の大切な役割だと思っています。
次回は、
【第10回】「自立」とは何か ― 教育のゴールを考える
について考えてみたいと思います。
Today's English Phrase
Failure is part of learning.
(失敗は学びの一部である。)
失敗しないことを目指すのではなく、失敗から何を学ぶか。
そして、もう一度挑戦する。
その繰り返しこそが、人を少しずつ成長させていくのではないでしょうか。
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