三寒四温の春、卒業と入学が交差する人生模様
目次
自己分析が好きな人って「そうそう!」で終わりがち
自己分析が好きな人って、意外と多い。
強みは何か。
弱みはどこか。
価値観は?
本当は何をしたいのか。
ノートもアプリも本も揃っている。
診断結果もスクショ保存済み。
自己分析の後に、「そうそう!わかる~~」って言ってる。
なのに――人生は1ミリも動いていない。
本当に摩訶不思議。
自己分析は「動かない努力」だから安心する
自己分析って、疲れるようで疲れない。
机に座って、
考えて、
書いて、
「分かった気になる」。
失敗しない。
怒られない。
恥もかかない。
しかも、「私、ちゃんと向き合ってます感」が出る。
行動しなくても、
前に進んでいる“気分”だけは得られる。
分析が増えるほど、動けなくなる謎
自己分析が進むほど、人は慎重になる。
まだ準備が足りないかも
もう少し自分を理解してから
本当に向いてるか確信がほしい
気づけば、
動かない理由の精度だけが上がっていく。
行動はゼロ。
説明力だけのSSR(スーパースーパーレア)。
人は「変わりたい」と言いながら、同じ選択をする
面白いことに、
人は変わりたいと言いながら、
毎日ほぼ同じ行動を選ぶ。
同じ時間に起きて
同じ人と話して
同じことで悩む。
それでいて、
環境が悪い
タイミングが違う
自分らしくない
どの考えなのか、どの口が言っているのか。
めちゃくちゃ“自分らしい”生活しているのです。
自己分析が悪いわけじゃない
ここで誤解しないでほしいこと。
自己分析は悪くない。
必要な人も多い。
言えることは「自己分析は“免許”ではない」ということ。
分析が終わったから動いていい、
…ではない。
動くから、あとから「あ、これが自分だった」と分かる。
順番が逆なだけ。
動ける人がやっている、雑な決断
実は、動ける人ほど雑な決断をしている。
深く考えない。
完璧を待たない。
だいたいで決める。
そして、
やりながら考える。
失敗して、
「あ、違ったわ」と言って戻る。
自己分析が好きな人から見ると、
信じられないくらい雑。
でも人生は、
その雑さでしか動かない。
最後に:分かってから動く人は、一生分かったまま
自己分析が好きな人ほど、
頭の中は整理されている。
でも、
人生は散らかっている。
1回でいいから、
分析を中断して、
ちょっとだけ動いてみる。
正解じゃなくていい。
失敗してもいい。
どうせまた、
自己分析はできる。
あなたは、
考えすぎるほど考えてきた。
あなたに必要なのは答えじゃない。
一歩分の雑さが織りなす行動力です。




