オンラインコミュニケーションでの悩みと対策

周囲からの評価や指摘に対して、なんとも言えない違和感を覚えたことはないでしょうか。
「言われなくても分かっている」「確かに正しいのかもしれない、でも……」
と感じながらも、うまく言葉にできない。反論するほどではないけれど、どこか納得できない。
こうした感覚は、単なる反発やわがままではありません。
むしろそこには、あなた自身の価値観が見え始めているサインが隠れていることがあります。
この記事では、「自分で決めたい」と感じる違和感を手がかりに、自分の価値観に気づいていくプロセスについて考えていきます。
目次
1.周囲から何か言われて、違和感を感じるとき
自分がやったこと、考えたこと、口にした意見や感想に対して、周囲から何かしらの評価が与えられるのは当然のことです。
しかしその「当然の反応」に対し、なんとも言い難い違和感が頭をもたげるときがあります。
- 「言われなくても分かってる」
- 「その通り、それが正しいのだろう、だけど……」
- 「この人がこの問題に口を出す必要があるのか?」
中々面と向かって言い返せる言葉ではありません。
ただ、自分の中にはこうした思いがぐるぐるめぐり続ける。
否定も出来ない、受け入れることも出来ない、かといって明確に反発も出来ない。
こうした言葉の裏にあるのは、実は
「最後は自分で決めたい」
という、覚悟と欲求が高度に組み合わさった強い思いかもしれません。
2.周囲の評価と、あなたの価値観がズレる理由
周囲があなたに対して下す評価や判断と、あなた自身の感覚がズレるのはなぜでしょうか。
それは、見ているものが実は違うのです。
周囲は、表面に出て来た結果、形になったものだけを見ています。
- 数字
- 報告書
- 意見
- 行動
これらはすべて、外から見える形になったもの。
周囲の評価や批評は、基本的にそこに向けられます。
けれどあなたは、違うものを見ています。
言葉や書類で何らかの形にしてはいますが、それが出来上がるまでの過程があなたの中にあります。
むしろそちらの方がずっと大きいし、重い。
だけど過程をつぶさに理解しているのはあなただけです。
そしてその過程を経るとき、常にあなたのベースにあったのは、あなたの価値観です。
「自分は○○という役割を背負っている」
「だから○○という結果を出さなければならない」
「そのためにこれくらい頑張るのは当たり前だ」
と判断して、実践した。それはあなたなりの価値観があるからこそです。
だからあなたは自分の価値観から結果を見ている。
だけど相手にはそれは見えないし、分からない。
ずれが生じるのは当然と言えるでしょう。
3.違和感があっても、自分の価値観として反発できない理由
結果に対する他者からの評価に対し、違和感や反発を感じつつそれを明確に表現出来ない、言い返したり反論が出来ない、というのもよくあることだと思います。
それはどうしてでしょうか。
こう聞くと、「自分に自信がないから」と答える方が多いです。
- 自分の考えが絶対に正しいと言い切れない
- 言い返されたら反論できるか自信がない
- 相手の言い分にも理があるだろう
という見方ですね。
これらも間違いではありません。
ただこうした理由が「自分に自信がないから」という結論に結び付くのか、と言うと、決めつけるのはまだ早いです。
私は、これは「自信がないから」ではなく「自分の価値観が明確ではないから」ではないか、と考えます。
誰かの意見に疑問や異議を向けるとき、自分の言い分が「正解」でなければいけない、と考えてしまうと、上記の「自分に自信がないから」という結論に至りがちです。
しかし、正解である必要があるのでしょうか。
もっというと、絶対の正解は存在するのでしょうか。
多分、ないですよね。
相手も自分の意見が正解だと思ってあなたの成果物に物申したわけではないと思います。
ここで必要なのは、絶対の正解や、自分の意見を信じる自信ではありません。
どんな考えで、何を実現したいと思って頑張って来たか、という根拠、つまりはあなたの「価値観」です。
これがフワフワしていて言語化できないから、違和感を感じつつも反論や異議を唱えることが出来ないのです。
4.価値観が分からないのではなく、変化の過程にいる
ここまで読むと、こんな疑問を持つ方もいるかもしれません。
「価値観がはっきりしていないから反論できない。
それなら、やはり自分に自信がないということではないの?」
と思われた方もいるかもしれません。
価値観が不明瞭な人間が、自信を持てるはずがない。だから反論できないのだ。
こういう流れも無くはないかもしれません。
しかしもう一度読んでください。「価値観が言語化出来てない」だけで、「ない」わけではないのです。
ちゃんと自分なりの価値観、判断基準、行動原理はある。だけど文章として、理論として、その場のテーマに合わせて表現するところまではっきりさせているわけではない、のです。
では、なぜはっきりしていないのでしょうか。
それは、実は今、あなたの価値観が変化し始めているから、かもしれません。
価値観とは、実は一定不変のものではありません。
自分の成長や、社会的立場、周囲の環境、もっというと時代の変化にもまれて、結構柔軟に変化するものです。
それを心理学では「適応」と呼びます。
人生は常に変化します。変化とは全てがポジティブで安全なものとは限らない。当然、自分の不安を掻き立てたり嫌な思いをする可能性を秘めた変化も起こります。
けれどネガティブだからと避けて通ることは出来ない。相対して受け入れるしかありません。
そのために必要なのが「適応」です。
そして人生という大きな流れの中での変化に適応するためには、小手先のスキルでは足りません。自分の土台そのものを見直し、更新していく必要があります。
それが、価値観の変化です。
明確な前提、役割、責任、目的があり、行動して実績を残した。にもかかわらず自分の価値観がいまいち明確に言語化できない、としたら。
それはもしかしたら価値観が変化する過程にいるのかもしれません。
≪おすすめコラム≫
ケアラーの10の成長-ケア生活を通じて家族は大きく自己成長する
⇒惠然庵公式HPへ
5.「自分で決めたい」から「自分の価値観で決める」へ
あなたが周囲からの批評や指摘に対し違和感や反発を覚えたときに感じた「それは自分で決めたいから」という思いは、確実に新しい価値観の一部です。
なぜならそこには、「どうすべきか」でも「何が正解か」でもなく、「どうしたいのか」という意思がはっきり現れているからです。
誰かの言いなりになるのでもなく、自分が一方的に黙るのでも我慢するのでもない。
自分の意見と、他人の意見、周囲の状況や将来への影響を加味して最後に「自分が決めたい」と思ったのではないでしょうか。
そしてこの「決めたい」という言葉には、単なる欲求以上のものが含まれています。
それは「責任」です。
価値観が他の「好き嫌い」や「感情」「欲求」と違うのはここです。
自分の意見ではあるけれど、それだけではない。責任が含まれていることです。
だからこそ、次に必要なのは「何を自分で決めたいのか」をはっきりさせることです。
この「何を」の部分が決まると、価値観への納得度がまた一段上がります。
「自分が決める」という態度です。
決め「たい」だとまだ周囲への遠慮が感じられます。決めたいと思っているけどいいですよね、みたいな。
「決める」まで言い切ることが出来たら、周囲はあなたを信任します。そこまで言い切れる人にあれこれ口出ししてくる人はめったにいません。いたとしたらその人は非常に強力な賛同者と言えるでしょう。大いに協力し合うことが得策です。
つまり「それは自分が決めたいのに」という違和感は、掘り下げていくことで自分の中の揺らがない価値観を見つけることが出来る、手がかりなのです。
6.まとめ:価値観に気づくきっかけとしての反発とは
周囲からの評価や指摘に違和感を覚えるとき、私たちはつい「自分が未熟だからだろうか」「自信がないから反論できないのだろうか」と考えてしまいがちです。
けれど、その違和感は必ずしもネガティブなものではありません。
むしろそこには、これまでの経験や役割の中で育ってきたあなた自身の価値観が表れている可能性があります。
周囲は結果だけを見ています。
しかしあなたは、その結果に至るまでの過程や判断を知っています。
その判断の土台にあるのが、あなたの価値観です。
もしそれがうまく言葉にならないとしたら、価値観が「ない」のではなく、まだ整理されていないか、あるいは変化している途中なのかもしれません。
そして「それは自分で決めたい」という感覚が生まれたとき、そこにはすでに価値観の輪郭が現れ始めています。
反発とは、単なる拒否ではなく、自分の価値観に気づくための入口になることがあるのです。
その違和感を無理に消そうとするのではなく、「自分は何を大切にして決めたいのか」と問い直してみること。
そこから、自分の価値観で判断し、自分で決めていく姿勢が少しずつ形になっていきます。
BeWithメルマガ
あなたが今苦しいのは、
あなたと周りとの関係の「構造」を見直すタイミングだからかもしれません。
その整理をお手伝いする、メルマガストーリーです。
⇒メルマガ説明・登録ページへ



