優しい人ほど疲れる理由

西岡惠美子

西岡惠美子

テーマ:自分軸を立てよう

優しい人ほど疲れる理由

- 自分軸と他人軸の違いを物語で解説 -


これまで自分軸について色んな角度でお話してまいりました。
承認欲求、べき思考、自分らしさ、役割、正解探し。
だけど「自分の気持ち=自分軸を優先すると、我儘だと思われないかな…」という懸念を払しょくし切ることも難しいかもしれません。
そう感じる方は、きっと心から優しく、周囲への共感力が高いのだと思います。自分軸が大事で自分らしくありたいと思いつつ、周囲を簡単には切り離せない。
それはこの上ない長所です。ただ、ちょっとした塩梅がバランスを崩してしまっていて、今のあなたの苦しさや悩みを生んでいるのかもしれません。

今回は「優しさと他人軸のジレンマ」について、とある姉妹の会話を聞いていただきたいと思います。

1.優しい人が陥りがちな「他人軸のパターン」


夜、姉の灯(あかり)が自室で読書をしていると、小さくドアをノックする音が聞こえた。

「どうぞー」
「おねえちゃん、いい?」

予想通り妹の紬(つむぎ)だった。灯は笑って本を閉じて頷いた。妹の顔を見ただけで分かる。これは答えのない何かを探して途方に暮れている顔だ。
紬は灯の隣にペタンと座り込んだ。

「あのね、今日会社で先輩から仕事を頼まれたの」
「そうなんだ」
「その仕事、実は結構面倒で……だけど先輩はめっちゃ忙しい人だし、きっと私なんかのところに来たってことは他の人には断られて、私が無理って言ったらきっともっと困ることになるんじゃないかな、って思って。だから引き受けたの」

仕事の成果を報告しに来た、というより、明らかに戸惑った負担が顔に出ていた。

「頼りにされて嬉しい、って感じじゃなさそうね」
「頼りにしてもらえたことは嬉しいよ。でも、いいですよ、って言って、今になってしんどくなっちゃって」
「あんたは何がしんどいって思ってるの?」
「その先輩の仕事、ちょっと面倒なお客さんが絡んでて……それが怖いっていうか、やだな、って」
「……それは先輩には言ってないんだね」
「言えないよ、そんな、お客さんが怖いなんて。私だってもう新人じゃないんだし」
「それに先輩がいっぱいいっぱいなのも分かってるから、引き受けることしか出来なかった、みたいな?」
「うん、だって、頼まれたことを断るって、悪いこと、だよね?」

2.自分軸=わがまま?の誤解


「断ると、悪いことしてる気がする、かぁ……」

灯は腕を組み、天井を仰ぎ見ながら考え込んだ。紬は姉の言葉をじっと待っていた。

「それって、自分が『出来ない』って言うのはワガママだと思われないか、って思ってたりとか?」
「……かもしれない。だって自分が先輩の立場だったら、いつも面倒見てあげてるんだからこれくらい引き受けてほしいって思うかもしれないし」

灯は頷きながら聞いていた。妹の言いたいことも分かるし、特に交渉相手が上司や先輩なら基本「YES」前提の交渉と捉えるのが『下』の立場だ。

「おねえちゃんなら、どうする?」
「んー、あんたが今どれくらい仕事抱えてるか知らないし、私とあんたじゃ仕事も会社も違うから何とも言えないけど」
「それはわかってる。もしおねえちゃんが会社の先輩から無理めなお願いされたら」
「私だったら……すぐに返事しない、かも」
「え、保留にするってこと?」
「保留って言うか、やる・やらないを即答するんじゃなくて、自分が躊躇している理由を伝える、かな」

灯は冷めかけけのカフェオレを一口含んで妹を見た。

「相手と自分じゃ、仕事の仕方も得意不得意も違うじゃない。相手は『これくらい』って思うことでもこっちにとってはそうじゃないこともあるよね。だから『引き受けたい気持ちはあるけど、心配なことがあります』って、こっちの条件を言うかも、相談か、この場合は」
「……それってワガママじゃないの?」
「私はそうは思わないかな。だってさ、考えてみなよ」

紬が頷くのを待って、灯は話し続けた。

「表向きはその先輩の仕事なんでしょ? あんたが代理でやったとしてもお客さんは先輩の仕事として評価するわけよ。てことは、あんたが心配や不得意を隠して無理やりこなしたところで、その結果への評価はあんただけじゃなくて先輩にも跳ね返るよね」

紬は、ハッとしたように目を見開いた。
自分のことしか考えていないと思っていた行動が、実はその逆かもしれない、と初めて思った。

3.自分軸を持てないと、優しさが「疲れる優しさ」になる


「それは……考えてなかった」
「まあ、私が同じ頼まれごとをしたら、っていう想像だけどね」
「でもさ、おねえちゃんだから聞くけど、そこで1回で「やります」って言わないのって、不親切だって思われないかな」
「逆に聞くけど、何で1回でOK出さないと不親切になるの?」
「だって、相手は早く頼み事済ませたいだろうし、私があれも不安これも不安って注文付けるの、面倒くさいって思うかも」
「ああ、なるほど、手間がかかるってことね」
「おねえちゃんなら言えるけど、先輩だとさぁ……」

灯は苦笑いしつつ、妹の顔を覗き込んだ。

「なんで私になら言えるの? きょうだいだから、じゃない理由を述べよ」
「え、何それ怖い」
「怖くないよ、別に正解も不正解も無いんだから」
「んー、おねえちゃんだと、なんかあっても怒らないって分かってるから、かな」
「その先輩ってすぐ怒るの?」
「……そういえば怒られたことはない、かも」
「なんだ、優しい先輩じゃん」
「あ、もう一つあった。先輩ね、すごい仕事出来る人なの。私より2年上なんだけど、先輩の同期と比べても仕事多いし、多分一番最初に主任になったのはその先輩なの」
「すごいね」
「うん。だから私もすごく尊敬してて。先輩みたいになりたいな、って」
「あんたも頑張ってんじゃん、意外だね」
「なんでよっ! だからかな、なんか、私への頼み事って、他の人よりも頻度が多くて、重いものが多い気がする」
「どうして『だから』になるの?」
「私がいつも先輩について回ってるから、かな?」
「それだけ? 先輩と一緒にいるとき、あんたいつもどんなふうに接してるの? 私と今喋ってるみたいに話してる?」
「そんなわけないじゃん、会社の先輩とおねえちゃんは違うもん」
「どういうところを変えてるの? 私と話してるときと先輩と話してるとき、あんた自身は何が違うの?」
「私自身……」

紬はまた考え込んだ。長くなりそうだと思った灯はキッチンで二人分の紅茶をいれて戻ってくる。それだけの時間をかけてやっと紬は答えが見つかったらしい。

「緊張度、かも」
「何に?」
「先輩の言うことは全部理解して、すぐできるようになって、何か頼まれたら全部ちゃんとこなせなきゃいけない、って思ってるから、かな」
「えーっと、それってさ……楽しい?」
「楽しい? だって、仕事だよ?」
「そういう楽しさじゃなくて。あんたが今言ったこと、全部義務じゃん。あんた自身が「したい」って思ってる感じがしなかったんだけど」

灯は淹れたての紅茶を冷ましながら口をつけた。

「義務でやってる優しさってさ、長く続けると、必ず疲れるんだよ」


4.自分軸を持つと「優しさの質」が変わる


「私……先輩に認められたくて、無理してる、のかな」
「かも、しれないね」
「無駄なことしてた?」
「無駄じゃないでしょ、頑張ってるんだし、無駄じゃないから今回だって先輩はあんたに頼んできたんだろうから」
「でも……おねえちゃんの言う『したい』がわかんない。私、仕事で何がしたいんだろ」
「え? さっき言ってたじゃん、ちゃんと」
「……何を?」
先輩みたいになりたい、って」
「あ……」
「それは十分な『したい』の理由だと思うよ、私はね」
「じゃあ……今のままでいいのか」
「あー、そこかなー、難しいの」
「難しい?」
「先輩みたいになりたい、っていってもさ、先輩のクローンになりたいわけじゃないでしょ?」

紬は自分のカップを両手で持ってはいるが、飲むことも忘れて姉の言葉を聞いていた。

先輩になりたいんじゃなくて、自分も仕事ができるようになりたいんだよね?」
「うん……そうだ」
「てことはさ、先輩の頼まれごとを引き受けるのは、本当は先輩のため、先輩の負担を減らしてあげたい、っていう気持ちだけじゃないんじゃないの?」
「……どういうこと?」
「これは私の想像だから、違うなら違うって言ってね。多分二つあると思う。一つは先輩の役に立つことで、先輩や会社から認められたい」
「……うん」
「もう一つは、自分のため」
「認められたい、も、自分のためじゃん」
「それじゃなくて自分自身の成長とか、経験とか、そういう意味での『自分のため』かな。今は先輩しか出来ないことを自分も出来るようになるチャンスって思ってるんじゃないの?」

いつもより多めに砂糖を入れた紅茶を、灯はゆっくり飲んだ。

「てことはさ、先輩が先輩が、って気を使うんじゃなくて、自分もやってみたい、でも心配なこともあるから相談しながら挑戦したい、って言ってみるのはどうよ?」
「っ、すごい! おねえちゃん、それだ!」
「あ、なんか役に立てた感じ?」
「うん! 待って、メモするからもう一回言って!」
「……なんて言ったっけ、私」

ええー? と不平を言う紬と顔を見合わせ、灯も笑った。

5.まとめ


優しい人が人間関係で疲れてしまうとき、そこには性格の問題や努力不足があるわけではありません。
多くの場合、「自分を後回しにすることが優しさだ」という思い込みの中で、知らず知らずのうちに他人軸へ傾いているだけなのです。

この物語の中で描いた姉妹のやり取りは、特別なテクニックや強い主張をする話ではありません。
ただ、自分の気持ちや躊躇に気づき、それを「悪いもの」として押し込めず、扱おうとする姿勢を映しています。

自分軸を持つというのは、わがままになることでも、他人を遠ざけることでもありません。
自分が何を大切にしているのか、どこまでなら無理なく出来るのかを理解した上で、相手と関わることです。
そうすると、優しさは我慢や緊張から生まれるものではなく、「余白」から自然に出てくるものへと変わっていきます。

誰かの期待に応え続けて疲れてしまったときは、少し立ち止まり、「私は本当はどうしたいのか」「これは私が選んだ役割なのか」と静かに問い直してみてください。
その問いかけこそが、他人軸から降り、自分軸に戻るための最初の一歩です。



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