スルースキルとは:メンタルケアラーのための心の防御術

西岡惠美子

西岡惠美子

テーマ:ケアする人のメンタルケア

スルースキルとは:メンタルケアラーのための心の防御術

メンタルケアラーにとって、ストレスから⾃⾝を守るスルースキルは不可⽋です。
スルースキルには、状況を客観的に捉える力、感情をコントロールする力、自分のニーズを認識し優先させる力が含まれます。
これらの力を身につけることで、メンタルケアラーは自身の精神的健康を維持しながら、家族を支え続けることができます。

しかし、メンタルケアラーがスルースキルを持っていない場合、ストレスが高まり、バーンアウトリスクが高まるだけでなく、家族への支援にも悪影響を与える可能性があります。
ケアラーがケア生活の中でスルースキルを習得する方法とその注意点をご紹介します。


1.スルースキル


①スルースキルとは何か

スルースキルとは、人からのネガティブな態度や言葉を上手くやり過ごす能力のことです。 仕事でミスをして上司に怒られたまではいいけれど、その後に嫌みをいわれたり理不尽な態度をとられたりした経験をしたことがある人は、多いのではないでしょうか。
仕事に限らず、人間関係、毎日の生活には「受け容れたくない状況や相手の感情」と多々遭遇します。
それを全て受け入れるのではなく、スルーする/躱す/すり抜けるスキルです。

ケアラーには、傾聴や共感と言った、相手に寄り添うスキルを求められることが多いです。勿論これも非常に大事なスキルです。
ただし、受け容れる、寄り添うばかりではケアラー自身がキャパオーバーしてしまいます。
必要な場面で共感や傾聴をするためにも、スルースキルはメンタルケアラーにこそ必要な能力でしょう。

②スルースキルがある人の特徴

以下のような人たちには「スルースキルがある」と言えるでしょう。

■聞いているふりをする
■受け流せる
■重要な話か取捨選択できる
■気にしない
■自分の軸がある

例えば愚痴などは、言っている本人がアドバイスや解決策を求めていないなら、「誰かに聞いてもらう」だけですでに目的は果たしています。

ストレス過多状態になると、悪意のない言葉や刺激にも過敏に反応してしまうことがあります。間に受けすぎると相手との関係悪化や、自己評価の低下につながります。受け流すことが出来るとそのリスクを回避出来ます。

スルーする為には自分なりの意見や方針を持っていると心強いです。いわゆる「自分軸」がある人は、他人の言葉や感情に左右されません。

③スルースキルの具体例

スルースキルを発揮すると、以下のような対応が可能になります。

■ネガティブな影響を排除する
■適切な境界を設定する
■ポジティブなフィードバックを提供
■感情的な場面で冷静さを保つ

自分にとって何がネガティブな影響を及ぼすのか、を分かっていると、予めそれを回避するための行動を取れます。逆にスルースキルが低いと、回避事態に罪悪感を感じてしまい、自分が嫌な思いをすると分かっていてもその場に赴いてしまいます。

自分と他人の間に境界線を引くことが出来ます。昔からある「ヨソはヨソ、ウチはウチ」が実践できるのです。

自分自身がネガティブな影響から身を守ることが出来れば、それはそのままメンタルの余裕になります。余裕が持てると、他者に対して前向きな言葉をかけることが出来ます。

2.メンタルケアラーがスルースキルを持っていないとどうなる?


①ストレスが⾼まる

メンタルケアラーとしての責任の重さや、家族の状況に振り回され、精神的ストレスが蓄積しやすくなります。これは、⾃⾝の健康を損なう恐れがあります。
上述したように、家族が精神疾患になったときに最初に取り組むことは、要ケア家族の心情に寄り添って理解することです。
これはとても大事な姿勢ですが、ケア生活の入り口です。寄り添って理解する「だけ」では終わりが見えにくいケア生活を支え続けることは出来ません。
ケアラーが日々の出来事や感情を受け流せないと、ストレスが溜まる一方です。

②バーンアウトリスクが⾼まる

慢性的なストレスにより、疲弊し、仕事や家庭⽣活に⽀障をきたすようになる可能性があります。メンタルケアラーとしての役割を果たすことが困難になる恐れがあります。
バーンアウトとは「燃え尽き」です。ひたすら寄り添い、共感し、傾聴することでケアラー自身が擦り切れてしまいます。
どんなに寄り添って共感して相手を理解しても、こちらの期待通りに回復してくれません。それが精神疾患です。
『頑張っているのに成果(要ケア家族の回復)が無い』と感じて、バーンアウトしてしまうのです。

③家族への影響

メンタルケアラー⾃⾝の⼼⾝の不調は、必然的に家族全体の⽀援体制にも悪影響を及ぼします。ケアの質の低下を招く可能性があります。
ケアラーが支えているのは「要ケア家族」一人ではありません。例えば夫婦二人だけの家族だったとしても、自分自身が抜け落ちてしまっては「家族」とは言えません。
ケアラーは自分や要ケア家族以外の家族員も含めて家族を支える大事な柱石です。無限に負荷やストレスを受け続けるだけでは、必要最低限の衣食住のケアすら出来なくなってしまいます。

3.メンタルケアラーがスルースキルを使う場面


①病気・障害から来る症状が悪化して出た発言

ケアラーなら一度や二度は経験があると思いますが、精神疾患を持つ人は状態が悪化することで本意ではなくても暴言が出てくることがあります。
それは自分自身に向けられることもあれば、身近なケアラーへ向けたもの、または今そこにいない誰かや社会に対するものだったりします。
その全てを「この人(要ケア家族)の意見だ」と捉えてしまうと、大きなストレスになります。
まずは自分が一番に傷つきます。
第三者へ向けた暴言であれば、『もし自分がいない時に誰かに聞かれたら』と想像して社会との接触が怖くなります。
あくまで症状によるものであり、状態が改善したり薬が効果を発揮すれば収まるもの、本人も言いたくて言っていることではない、と受け流す必要があります。

②要ケア家族が刺激に過敏になっている時

精神疾患や障害は、些細な刺激に対して過敏になります。
最近よく聞くHSP(Hyper Sensitive Person)とは、刺激と感情がリンクして不安や恐怖が増大する状態です。うつ病や適応障害、発達障害などはそれが更に強くなった症状を呈します。
不安や恐怖を感じれば、人は自分の心身を守る行動を取ります。ケアラーにとっては恐怖を感じるような状況ではないため、要ケア家族とケアラーとでは刺激への反応が違い、戸惑います。
「どうしてこの程度でそんなことを言うのだろう」と疑問に感じるかもしれません。
しかし理由は病気・障害です。要ケア家族個人の思考や意思と捉える必要はありません。
「病気の症状だから仕方ない」と捉えることもまたスルースキルの一環です。

③ケアラー本人の不安が現実離れして強まっている時

ケアラーが自分で感じている不安や怒り、焦りと言ったネガティブ感情自体も、スルーする必要があるでしょう。

自分自身のことだからスルーするのは難しいかもしれません。
「どうしたらいいか分からない」
「自分で対処しきれる自信がない」
と感じるとき、それはおそらく現実離れして感情が膨らんでしまっています。

自分で自分の感情をスルーするためには、「事実」と「行動」がカギになります。
自分一人で事実を見つけられず行動が思いつかない時は第三者を頼りましょう。
友人や知人でもいいですし、ソーシャルワーカーやカウンセラーなどの専門家も活用しましょう。

4.スルースキルの習得方法


①自分軸を立てる

まずは「自分自身がどうしたいと思っているか」をはっきりさせましょう。
スルーできないときとは、「スルーした場合にどうすればいいか」がはっきりと分からずに流されてしまっている状態です。
自分軸を明確にすることで、今目の前にある状況を受け入れるべきかスルーしていいのか、の判断がしやすくなります。

②情報流入を遮断する

現代は情報過多社会です。何も無くてもスマホやパソコン、テレビ、街や電車の広告などから無数に情報が入ってきます。ストレスを抱えている時、情報はそのまま刺激になります。
必要のない情報源や、情報を必要としない時は流入を遮断することが有効です。
週末や夜寝る前などは意識して「デジタルデトックス」を行いましょう。

③ストレス源になりそうな環境と距離を置く

どんな場所・どんな人・どんな状況が自分にとってストレス源か、が分かっている場合、必要が無ければそれらと距離を置くのもスルースキルの一つです。
例えばSNS。
通常は趣味として楽しめたり、役立ちツールとして活躍してくれますが、無差別に色んな人の意見に接することになるので安全とは言い難いです。
カギ垢にする、場合によってはスマホから一時的にアプリを削除し、手軽にアクセスできないようにすることも必要でしょう。

④話題の「持ちネタ」を増やしておいて、話題を変える

誰かと雑談をしていると、自分にとってストレス源となるような話題になることもあります。特に要ケア家族との会話では、お互いに望んではいないのにそうした話題に終始することも少なくありません。
もちろんストレスになることを覚悟の上で話を続けることもありますが、常にそうした話題ばかりだと要ケア家族との会話そのものがストレスになりかねません。
必要ではない状況なら、話題を変えるための「持ちネタ」を用意しておきましょう。

⑤相手の感情を真に受けず、方向性を変える

他者の感情、特にネガティブで強い感情は、真っすぐにこちらへ向かってきます。相手がこちらだけをターゲットにしていなくても、ネガティブ感情を表現する言葉にはどんな人でも敏感に反応してしまいます。
受け取った感情は自分だけで処理するには大きすぎて、思わず相手に跳ね返してしまいたくなります。怒りを向けられたら怒りを、不安をぶつけられたら自分の不安を相手にぶつけてしまうかもしれません。

しかしそれは感情の投げ合いを続けるだけで、お互いに疲労しか残りません。
他者からネガティブ感情を向けられたら、方向性を変えましょう。その感情の違う側面を見つけて質問を返す、または違う側面に対する感想を返す、などでも十分です。

5.スルースキルを使う際の注意点


①スルーしたことで起きた結果に対して責任を持つ

何かをスルー・回避したことで、もしかしたら別の問題が起きる可能性があります。
例えば参加必須ではない職場の飲み会を欠席したことで、次の日に皆の話題についていけない、ということは起こりえます。
そうした結果もスルーする、または受け入れるようにしましょう。

②スルーとは「無かったこと」として扱うのではない

スルーする、とは、その事実や状況が「存在しなかった」ことではありません。それらは実際に発生したけれど、自分が重要な事柄として選び取らなかっただけです。
他の人にとってはそうではないかもしれません。

③自分の言動が他者からスルーされることも受け入れる

自分が他者の言動や状況をスルーするのと同様に、こちらの言動や引き起こした状況を他者からスルーされることもあり得ます。
そうした他者の反応もまた、スルーするか受け容れるようにしましょう。

④セルフケアの時間を取る

何かをスルーしたくなる時は、ストレス耐性が黄色信号だ、と理解しましょう。
スルーするだけでなく、スルーしたことで出来た時間や気力の余裕を使ってセルフケアに取り組むことをお勧めします。

6.今からできる「有益なスルー」方法


①肯定的な⾃⼰トーク

⾃分を励まし、⽀える⾔葉を⾃⾝に向けて発すること。これにより、ストレスの受け⽌め⽅を変えることができます。
この時活用出来るのが「セルフコンパッション」です。

■自分のペースで進んでいこう
■泣いても、笑っても、全ては自分の人生の一部だ
■自分の弱さを恥じる必要はない。人間らしさの一部だ

など、普段から自分を励ますフレーズを用意しておきましょう。
自分を励ましたり優しくする言葉が思いつかないとしたら、せめてマイナスな批判や非難はしないようにしましょう。

②気分転換の実践

何かをスルーするためには目先を変えることが必要です。そのための気分転換です。
スルーしなければいけない事態にすぐ活用出来るような、自分に合う気分転換術を用意しておきましょう。

■甘いものを一口食べる
■ペットの写真を見る
■5分散歩する

のようなものだと、家に居ても仕事中でも活用出来るでしょう。

③ソーシャルサポートの活⽤


ソーシャルサポートとは、自分以外の人・機関との繋がりです。
スルーしたいもの・テーマとは関係ない何か・誰かと繋がることで、スルースキルは上がります。
例えばどうしても今は要ケア家族のことは考えたくない、という場合。あえて仕事に没頭したり、学生時代の友人にメッセージを送ったりするのもいいでしょう。
スルーするのに努力を要するテーマとは、一時的にスルーしてもまたきっと考えてしまいます。それでいいのです。一時的なスルーに過ぎなくても、その間に見方や思考を変えることが出来れば、スルーせずに囚われ続けるよりも建設的な対策を取れる可能性が上がります。

7.まとめ


メンタルケアラーにとって、ストレスから自分自身を守るためにスルースキルは不可欠です。
状況を客観的に捉え、自分の感情をコントロールし、すべきことを優先するこのスキルを身に着けることで、メンタルケアラーとしての役割を持続可能な形で果たすことが出来ます。

「受け止めなければ」「寄り添わなければ」「共感しなければ」と、相手軸にばかり立って、それが辛くなっているとしたら、スルースキルの出番です。
必要不可欠ではないものをスルーして、セルフケアを続けることが、メンタルケアラー自身のメンタルヘルスと、要ケア家族の支援に繋がるのです。

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西岡惠美子プロは朝日新聞が厳正なる審査をした登録専門家です

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