「負けるが勝ち」のうつ家族生活
~精神疾患患者とメンタルケアラーの夫婦の場合~
夫婦間のコミュニケーションは難しいですよね。
他の人なら「?」で済むような反応が、相手をよく知っているがために、その意図を読み取れてしまったり、深読みすることもあります。逆にこちらの意図を汲んでくれないことに不満を持ってしまったりします。
更にどちらかが精神疾患を持っていると、症状への配慮も加わるので難しさが増加します。
今回は、夫婦間コミュニケーションの注意点と活用できる心理学的アプローチ、更に今日から出来る工夫点をご紹介します。
1.夫婦関係とコミュニケーションの重要性
①夫婦間のコミュニケーションがなぜ難しいか
夫婦間のコミュニケーションが大事であることは言うまでもありませんね。大事だけれど難しい。
なぜなら他の人とのコミュニケーション術やコツがほとんど適用出来ないからです。
他の人、例えば友人や同僚、ご近所さんとのコミュニケーションは、接する機会や時間帯が限定されます。職場の人が相手なら勤務時間内だけです。余程びっちり一緒にいる相手では無ければ時間にすれば1時間にも満たないかもしれません。
しかし夫婦はそうもいきません。接する時間自体が短くなっていることもあるかもしれませんが、「それでいいや」と放置することも出来ません。
何か問題を抱えつつも、接する時間の量や質を下げることも出来ないのが夫婦です。
②夫婦間コミュニケーションの特徴
夫婦間のコミュニケーションには以下のような特徴があります。
◆密接性と共同体感
夫婦は生活を共にし、密接な関係を築いています。そのため、コミュニケーションは日常生活の中で頻繁に行われ、相手の感情や状況に影響を受けやすくなります。
特にどちらか片方が精神疾患であれば尚更です。
◆共有している過去の出来事
夫婦は過去の経験や共通の歴史を持っています。そのため、過去の出来事や関係がコミュニケーションに影響を与えることがあります。
「あなたはいつだって○○だから」とか「君は前にも△△したじゃないか」のような記憶は山のようにあるでしょう。
◆感情の深さと複雑さ
夫婦関係は喜びや悲しみ、怒りなどの感情が深く関わっています。そのため、感情のコントロールや表現が重要になります。
そして誰よりも近い関係だからこそ、「相手に理解してほしい、共感してほしい」という欲求も高くなります。
◆共同の目標と役割分担
夫婦は共同で生活を営むため、共同の目標や役割分担が存在します。
二人で一緒に取り組むものもあれば、それぞれが別の役割を担いながら一つの目的を目指すこともあります。
それが生活に深く根付くため、感情面だけでなく生活面でも不可分の関係が構築されて行きます。
③夫婦間コミュニケーションのメリットとデメリット
夫婦間のコミュニケーションの最大の特徴は「濃密さ」です。
夫婦とは配偶者です。通常親族には「〇親等」という数字がつきます。夫婦の場合はそれがありません。本人と同等なのです。事実上の一心同体です。
そして「夫婦は一心同体」と実感するのは、夫婦以外の第三者と関わるときです。
結婚してから実感しましたが、何か少しでも重要なことを決めるときは必ず「ご主人/奥さんとも相談してから」と、先方から確認が入ったりします。
何を置いてもまず相談すべき相手は配偶者であると、社会から見られているのです。
そして万が一自分が事故や病気などで意思決定出来ない状態になった時、自分の代理をするのは何を置いても配偶者です。
それほど濃い関係ですから、当然メリットとデメリットの両方があります。
メリットは、常に一緒にいて何から何まで自分を知ってくれている、そしてその状態が数年、十数年、数十年続いている相手がいる、ということです。
自分では気づいていない不調やストレスに気づいてくれたり、忘れていたことを思い出させてくれたり、他の人には理解しずらい心情を共有してくれます。
デメリットはそれが裏目に出た場合ですね。
上述したように濃密な関係は、一緒にいないときでもパートナーの存在を感じさせます。常に自分の意識に他人がいることで、自分の本心が分からなくなったり、本心を優先させることが出来なくなったりします。
それが元でストレスが高まったり、場合によっては夫婦関係に良くない影響をもたらすこともあるでしょう。
2.コミュニケーションが「絆化」するプロセス
①聴く/話す
毎日行われるコミュニケーションです。
挨拶から始まり、生活上の確認事項や、ちょっとした連絡もあります。
毎日繰り返されると、意識すらしていないでしょう。
そして自分から言うだけでなく、相手のそれも聞いて受け止めます。
②交渉する/感情を表現する
日常動作的な会話や挨拶から一歩踏み込んで、何かをお願いしたり、相談したり、自分の感情を表現することが発生します。
例えば「今日飲み会だから夕食は要らないよ」という連絡なら「分かった」だけで完了します。
それが「今日は食欲がないから夕食は要らない」と伝える場合、言う側も聞く側も「分かった」だけでは完了しません。
何故食欲がないのか、どこか具合でも悪いのか、明日休んで病院に行くか、自分も付き添ったほうがいいのか、食欲が無くても何かお腹に入れたほうがいいのではないか、と、聞いた側も色んな思考が浮かび、それに伴って、驚きや不安や心配など感情も湧き上がります。それをどう伝えたらいいのかも悩むでしょう。
言う側もそれが分かっているから言い方を考えます。
その時に、必要なことを言える関係性なのかが重要です。また、言いづらいことを言えた場合には関係性がより深まることが期待できます。
③相手の状態を受け入れる
今度は聞く側の反応です。
こちらにとって喜ばしいとは言い難い情報(事実、感情、思考など)を伝えられた場合の反応が、夫婦関係を「絆」にするかどうかの決定打になります。
これがめちゃくちゃ難しい。
もちろん相手の状況や希望に沿った対応が出来ると、相手は喜ぶでしょう。
しかし夫婦とは、濃密な関係であるからこそ、利害関係がめちゃくちゃ複雑です。
夫にとってのメリットがそのまま妻のメリットにはなりません。逆もまた然りです。
相手の状況と自分の状況。両方を加味して反応、提案、相談する必要があります。
非常に繊細で、難しい、言ってしまえば面倒くさい対応です。
しかしだからこそ、お互いが唯一無二の「一心同体」な関係にまで発展させることが出来るのです。
3.相手が精神疾患である夫婦特有の問題
①五分五分ではなくなる
夫婦とは一心同体です。であれば本来は五分五分な関係であるはずなのですが、どちら片方が精神疾患になると、どうしてももう一方が請け負う役割や負担が大きくなり、その点では「五分五分」とは言えなくなります。
しかし、家事分担や収入額に変動が起きたからといって、夫婦という関係が上下関係になるわけではありません。
「たくさん働いている/稼いでいるほうがエライ」ということではありません。
分かっていても、以前のような相手への配慮がしづらい心境になることがあります。
②症状への配慮が必須
言うまでもないことかもしれませんが、日常生活で要ケア家族への配慮は必須です。
発症からしばらく経てば症状も安定するしケアラー側も慣れてきますが、最初の頃は「要配慮」という事実がケアラー側に大きな緊張感をもたらします。無期限で続きますから次第にストレス化していきます。
③ケアラー側が自責的になる
大人がメンタルヘルスを損なった場合、先ず原因とされるのは仕事上の問題ですね。
目立った出来事や問題が無かったとしても、20代から30代、40代と年代が上がっていけば組織内での責任も増えます。一見順調そうに見えても、その中にストレスの原因が隠れています。
しかし仕事が原因だとしても、ケアラーは自分を責めます。
『一緒に生活していて気付いてあげられなかった』
『自分がもっと配慮していれば病気になる前に何とかしてあげられたのでは』
『私のせいで仕事を頑張り過ぎてしまったのかもしれない』
生活を共にしている濃密な関係だからこそ、相手の問題の原因を自分に求めてしまう傾向があります。
4.夫婦間コミュニケーションのNG行動
①価値観の違いを「理解不足」と捉える
夫婦であっても、何十年も一緒に生活していたとしても、別個の人格を持った別の人間です。生まれてから経験してきた歴史や背景が異なれば、考え方や価値観が違っていて当然です。
しかし毎日一緒にいて「あ・うん」で相手を理解できる状態になると、そのことを忘れます。自分が良い/悪いと思ったものを相手もそう感じるだろうと思い込んでしまうと、違っていて当然の価値観の問題ではなく「相手は自分の気持ちを理解してくれない」という不満に転化します。
②相手への否定の伝え方
価値観の相違はあって当然です。自分の意見が相手にとって受け入れられない内容でも仕方がありません。
しかし否定をどう表現するか、が重要です。
自分の考えとは違うことを伝えるのと、相手の言い分そのものを間違っているかのように表現するのとでは受け取り方が違ってきます。
③相手を雑に扱う
親しいからこそやってしまうのが、相手への扱い方に手抜きをしてしまうことです。
例えば夫婦以外の相手になら絶対言わないだろうという表現を、夫婦だからこそ使ってしまうことがあります。
それだけ妻/夫との間に隔たりが無い、ということでもありますが、それは今までの双方の努力の証しです。せっかく築いた密接な関係が、逆に粗雑なコミュニケーションの温床にもなってしまうのです。
5.心理学的アプローチによるコミュニケーション術 3選
①アクティブリスティングの技術
アクティブリスニングとは、ただ聞くだけではなく相手の話に真剣に向き合い、理解するための積極的な取り組みです。
方法は以下の5点です。
◆目を合わせる
話をしている相手と目を合わせ、注意を向けます。目を見て話すことで、相手が自分の言葉に注目していることを感じ取ることが出来ます。
◆要約して確認する
相手が話した内容を要約し、自分の理解を確認します。
『それって~~ってこと?』
『〇〇だと思ったんだね』
などです。これにより、相手の意図や感情を正確に理解し、誤解を避けることができます。
◆感情を受け止める
相手の感情に注意を向け、受け止めます。
受け止める、とは、それに対して「良い悪い」の判断や批評をしないことです。
相手が怒っているなら、「怒ってるんだな」と理解することです。
話している相手の感情を理解し、共感を示すことで、より深い絆を築くことができます。
◆質問を使って深掘りする
相手の話題に関連する質問を積極的にすることで、話の内容を深く理解し、関心を示します。
質問の仕方によっては話の筋がずれてしまい、相手を理解することから遠ざかってしまいます。「質問しなければ」と思う必要はありません。理解しずらいことがあればそれについて聞く、くらいの姿勢でいいでしょう。
◆自分の意見を控える
相手が話している間は、自分の意見や反論を控えます。相手の発言に集中し、話を妨げることなく理解を深めましょう。
②肯定的なフィードバックの重要性
◆関係の強化
相手が自分の言葉や行動を理解し、肯定的な反応を受けることで、信頼や愛情が深まります。
相手が精神疾患の場合、状況によって「何が肯定的か」が変わってきます。
例えば相手が「家族のためにも早く社会復帰しなきゃ」と焦り過ぎている時に、その行動を肯定すればいいのか引き留めればいいのか、家族としては迷うところです。
ケアラーの正直な気持ちは何でしょうか。
『頑張ってくれてありがとう。とっても嬉しいよ。でも私のために無理はしなくていいからね。先生と相談してタイミングを決めようね』
のように、相手の努力を評価しつつ、見落としている点(この場合は回復度)がないかを伝えます。
◆自己肯定感の向上
肯定的なフィードバックは、相手の自己肯定感を向上させます。
自分の行動や努力が認められることで、自信を持つことができ、より良い関係を築くための自信が生まれます。
上記の事例でいくと、実際に復帰できるかどうか、は結果に過ぎません。「復帰しよう」としている意欲が大事です。その点をつぶさない配慮が必要です。
◆ストレスの軽減
肯定的なフィードバックは、ストレスを軽減する効果もあります。
相手からの肯定的な反応を受けることで、安心感や幸福感が高まり、ストレスが和らぐことがあります。
肯定的とは、いわゆる「ポジティブ思考」のように前に押し出す内容ばかりではありません。
今この状態を「OK」と捉えることです。
精神疾患の人は常に自分と状況を否定的に捉えます。そういう病気なのですから当然です。
それを「前向きに変える」ことだけを考え続けると、見えないほど遠いゴールに追い立てられ続けるようで息切れしてしまいます。
究極的なことを言うと、精神疾患の人は「死なないでここにいる」ことがすでにポジティブな状態です。
それを、常に一緒にいるパートナーが評価してくれることは大きな安心材料になります。
③非言語コミュニケーションの理解
非言語コミュニケーションとは、言葉以外で相手から伝わってくる情報です。
具体的には、声のトーン、話すスピード、目線、身動き、自分との物理的な距離、表情、沈黙の長さなどです。
コミュニケーションの8割は非言語から情報を得ていると言われます。
相手が言葉で表現していることの意味が理解しづらい時は、非言語からの情報にも注意を向けることでヒントが得られます。
更に、自分の考えや相手への姿勢を伝えるのにも有効です。
「話聴くよ」といいつつ手元でスマホをいじっていたら、そこに「聴く」意思は感じられません。
相手と向き合って、目を見て、相手の言葉に一つ一つ反応することで「聴くよ」と言ったこちらの意思が相手に伝わります。
相手も「ちゃんと聞いてくれている」と思えば、これまで言わずに来たことも話しやすくなります。
さらには返報性の法則で、別の機会にこちらの話を真剣に聞いてくれることにもつながります。
6.今日から出来る夫婦間コミュニケーション対策 3選
①相手の話を遮らない
まず最後まで聞く。これが大事です。
意外と出来ていないかもしれません。特に精神疾患の人は、思考が停滞しがちです。ゆっくりした話し方で、途中で自分の考えを整理するために沈黙することもあります。
その沈黙を「終了」と判断して自分が話し始めてしまうと、質の高いコミュニケーションが続きません。
沈黙は待ちましょう。それでも不自然なくらい相手が黙り続けたら「〇〇って考えてるってこと?」と要約を返し、相手の返答を待ちましょう。
②例え話は相手の得意分野を活用する
これは発達障害の人に有効かもしれません。発達障害の人は例え話が苦手です。現実問題と比喩を全く別物として解釈する、ということもあるし、興味が限定しすぎていて比喩表現を理解できないことがあります。
もし例え話を使うなら、相手の得意分野を活用しましょう。
ゲーム、アニメのような趣味や、夫婦で共有している過去の出来事、相手の仕事に関することでも活用出来ます。
③指示や矯正ではなく「提案」する
ケアラーは要ケア家族に対して「少しでも回復してほしい」という気持ちを常に持っています。
それが強くなりすぎると、つい「五分五分」である関係であることを忘れて、相手に対して「〇〇しなきゃダメだよ」「〇〇しないのはおかしい」のような強い表現をするようになることがあります。
これでは良好なコミュニケーションも関係性も保てません。
不安があるとしても、伝え方は「提案方式」を使いましょう。
「一緒に〇〇してみよう」「〇△だったら出来そうかな」など、夫婦だからこそできる提案方法があるはずです。
7.まとめ
◆夫婦間のコミュニケーションは、近しいからこそ難しい
◆コミュニケーションを絆にする3段階のプロセスは「聴く/話す」「交渉する」「受け容れる」
◆相手が精神疾患である夫婦には、他にはない問題が3つある
◆夫婦間コミュニケーションのNG行動 3点
◆アクティブリスニング/肯定的フィードバック/非言語コミュニケーションの活用
◆今日からできる対策は「話を遮らない」「例え話は相手の得意を活用」「提案」の3つ
夫婦間の悩みは、どの家庭にもあります。
そして大抵は似たような問題であることが多いです。
しかし対処方法は? となると、千差万別です。
具体的に何をすることが効果的か、は、夫婦で作り上げるしかありません。
ただその過程で、不用意に自分や相手を傷つけたり苦しめることが無いように、予防することは可能です。
今回ご紹介したポイントや方法を活かし、日常のコミュニケーションから「確かな絆」へ発展させていきましょう。
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