「頑張れ」以外の声かけをしよう
うつ病家族の落ち込みやネガティブ感情に引きずられて辛い、という経験があるケアラーは多いと思います。
人は他者の感情に無意識に共感します。それが病気の家族であれば尚更です。
共感しすぎは多くのデメリットがあります。共感しないスキルもまた必要です。
家族のネガティブ感情への共感疲労への対抗策は、「課題の分離」「役割の明確化」「キャパシティの再認識」です。
1.近くにいる人に共感しすぎてしまう仕組み
①扁桃体
扁桃体は、他者からの情報発信の中から、特に感情に関する意味を読み取る役割を持っています。
「扁桃体は、ヒトを含む高等脊椎動物の側頭葉内側の奥に存在する、アーモンド(扁桃)形の神経細胞の集まり。情動反応の処理と記憶において主要な役割を持つことが示されており、大脳辺縁系の一部であると考えられている。 扁桃核(へんとうかく)とも言う。」(wikipedia)
例えば目の前にいる人が悲しそうな表情をした場合。
視覚が表情を捉え、視床を通じて情報が扁桃体に伝えられます。
扁桃体では悲しそうに歪んだ表情から、感情と、それが何を意味するのかを読み取ろうとします。
ただし扁桃体は言語中枢と直接つながっていないため、すぐには言語化出来ません。
そのため、受け取った情報を自分の中で再現しようとします。
つまり、目の前にいる人の悲しそうな表情を見ると、自分自身にも悲しい感情を再現するのです。そうして情報を解釈しようとします。
これが「感情が伝染する」仕組みです。
「目の前にいる人は悲しいのだ」という把握をするより先に、自分も一緒に悲しくなってしまいます。
悲しい、という感情に共感しすぎてしまうのです。
②家族幻想
家族に共感する場合、「家族なんだからなんとかできるかも」という『家族幻想』によって更に自分を追い立ててしまいかねません。
共感とは、本来「他者の状況や思考を、あたかも自分自身に起きたことのように想像して寄り添う」ことです。
頭で考えて技術として実践しようとすると非常に難しいです。
なぜならやり過ぎて自分までしんどくなったり気分が重くなったり怒りや焦りを感じてしまうからです。
共感することで相手の視点に立つことが出来ます。しかしあくまで「あたかも」そのように想像しているにすぎず、実際に問題を解決したり問題となっている状況の見方を変えたり出来るわけではありません。それは当事者の役目です。
ネガティブな感情や状況を共有しつつ、自分に出来ることは限られている、という矛盾で疲れ果ててしまいます。
③自分の役割が不明確
共感が、する側にとってストレスとなるとき、自分の立場や役割が不明確だから、ということもあります。
例えば家族から「昨日Aさんからこんなこと言われてショックだった」と言われたとき。
Aさんが自分にとっても知り合いだとしたら、どうしますか?
【1】本人に代わって文句を言いに行く
【2】ショックを打ち消してあげようと気分転換を提案する
【3】今後同様のことが起こらないような予防策を考える
どれも解決策のように見えて、有効性はほとんどありません。
なぜならこれらは当事者がやるからこそ意味があるものであって、共感した側がすることではないからです。
本来自分がするべきことじゃないことまでやろうとしてしまったり、求められていないのに一歩先の状況を読んで手を出してしまい、それが当事者との衝突に繋がってしまうことがあります。
2.共感しすぎによるデメリット4つ
①自分自身の感情を無視する
相手に共感しすぎると、そちらが自分にとってのメイン作業になってしまいます。
特にネガティブ感情に共感する場合、一緒に自分もネガティブになるのですから、相手がネガティブにならないようにしよう、と先回りし始めます。
「相手が」が中心になるため、「自分が」が疎かになります。続き過ぎると「自分が」がゼロになってしまいます。
最終的に燃え尽きてしまうか、自分もメンタルを損なって共倒れになってしまいます。
②コミュニケーションの障害
特に家族やパートナー、親友などの特定の誰かに共感しすぎると、コミュニケーションが複雑化してしまいます。
相手のものの見方(認知)や感情の揺らぎを把握しすぎて、過剰反応してしまいます。
本当に本人がネガティブに捉えているかどうか分からないのに「きっと今辛いに違いない」と先走って、本人との間にずれが生じてしまいます。
③自分の感情が伝えられなくなる
相手の思考パターンや感情の変化を把握しすぎると、自分が言いたいことが言えなくなります。自分が言うことが相手の何を刺激するのかがなんとなくわかってしまうからです。
もちろん人とは楽しくコミュニケーション取りたいですよね。だから配慮は必要です。
しかしそのせいで自分が言うべきことを言えなくなると、<①>の「自分の感情を無視する」状態へ至ってしまいます。
④相手に依存するようになる
過度な共感が続くと、相手の感情や意見に依存しやすくなります。
自分の意思や価値観を犠牲にしてまで相手に合わせようとするようになり、自己主張が難しくなる可能性があります。
更に。自分の価値観や信念を犠牲にしてまで相手に合わせるようになると、自分のアイデンティティがぼやけ、相手の価値観に依存するようになってしまいます。
共感するとき、「自主性」は何より守らなければなりません。
けいぜん庵コラム「共感の効果と質問のコツ」
3.共感しすぎないための考え方 3選
①自分と相手は別人格だと認識する
がっつり共感することで、自分と相手の境界線があいまいになってしまうことがあります。
上述したように「自分自身が消える」状態にまでなりかねません。
どんなに相手を大切に思っても、心配していても、自分と相手は別々の心と体を持った「別の人間」であることを忘れてはいけません。
特に人のお世話をするのが好きな人が自分と相手の境界線があいまいになると、相手が本来やるべきことまで「自分事」と思い違いをして踏み込んでしまうことがあります。
相手の領域に踏み込み過ぎることは人間関係のトラブルの元です。
アドラー心理学の「課題の分離」は、こうした状況で役に立ちます。
≪課題の分離とは≫
「課題の分離とは 課題の分離とは、自分の課題と他者の課題を分けることです。 アドラー曰く、「あらゆる対人関係のトラブルは、他者の課題に土足で踏み込むこと(あるいは自分の課題に土足で踏み込まれること)によって引き起こされる」とのことです。 要は、自分の課題に他者を踏み込ませてはいけないということです」
(中日本コミュニケーション株式会社)
何か問題が起きた時、それが「誰にとっての課題なのか」を考えます。誰、とは、その選択によってもたらされる結末を最終的に引き受ける人、のことです。
「上司と合わないから転職したい」とパートナーが相談してきた時。家族の転職は自分にとって影響が大きいですから「自分の課題」と考えるかもしれません。
しかし実際に退職願を出して次の就職先を探し入社面接を受けて新しい会社で立場を築き直し一定の収入を得るのはパートナーです。家族ではありません。
家族が出来ることは、本人が何を選択するのかを知った上で見守ること、「困ったことがあれば話聞くよ」というメッセージを十分に発信することです。
けいぜん庵コラム「課題の分離と自分の課題」
②他者の感情を変えることは出来ない
自分と相手は別人格、と確認することに繋がります。
相手が悲しんでいたり辛そうにしているのを目にすれば、その感情を読み取って自分も同じ感情をあじわいます。
すると自分も「悲しい気分は味わいたくない」とその状況に抵抗します。
何故今自分は悲しくなったんだろう?
↓
相手が悲しんでいるからだ
↓
相手が悲しくなくなれば自分の悲しみも消えるのでは
↓
相手の悲しみを止めよう
と考えて、必死で気分転換を勧めたり励ましたりするかもしれません。
しかしそんなことで感情は変わらないのが現実です。
変わらないものを変えようと頑張り過ぎると、「変わらない現実」に対してストレスを感じたり、無力感を覚えます。
家族の役割は、感情を変えることではありません。
悲しい時、落ち込んでいる時、その感情を共有し、一緒に耐えることです。
時間がかかるかもしれません。一緒に具合が悪くなるかもしれません。
しかしそうやって辛い状況を一緒に味わうことが「共感」です。
その後自分の気持ちを立て直すときは、「相手の悲しみを消す」のではなく「自分の悲しみを消す」と考えて、セルフケアに取り組みましょう。
③出来ること以外はしなくていい
人間、出来ることには限界があります。
まず一番に取り組むべきは「自分自身」です。
心身のケア、生活全般、その先に夢や目標があります。その中で関わってくるのが家族や友人、知人です。
しかし共感しすぎてしまう人は「自分」の優先順位が非常に低いです。けれど自分の心身が健康でなければ出来ることはどんどん少なくなっていきます。
自分のキャパシティを把握し、優先順位に従って取り組み、余力で共感しましょう。
そうすれば「しすぎる」ことは少なくなっていきます。
≪自分のキャパシティを知る方法≫
一番手軽なのは「日記」です。
一日の終わりにその日にやったことを箇条書きにしてみましょう。
数が少ないな、と思ったら、1日を100%と考えて割合を書き足してもいいでしょう。
【例】
食事の準備:15%
掃除:5%
洗濯:10%
仕事:50%
家族との会話:10%
買い物:5%
読書:5%
これで100%です。
自分自身のための時間は「読書:5%」くらいです。
ここから更に追加で誰かのために何かをやろうとすれば、必要なことが出来なくなるか、睡眠時間を削ることになりますよね。
一時的ならまだしもそれが定着してしまえば、自分の基礎エネルギーを消耗する一方です。
自分の体力、時間、メンタル力を、お金同様に上手にやりくりしましょう。
4.共感しすぎないためのコミュニケーション術3選
①「困ったら話してね」を伝えて見守る
家族が出来ることは、実はかなり限られています。
「家族だから何でもできる」は幻想です。家族と言えど他者です。
家族(ケアラー)が出来ることは、基本的には以下の3つです。
- 衣食住を整える
- 困ったときに話を聞く態勢を整える
- 見守る
特に1つ目が一番大事です。
心の病になった人が一番苦労する部分ですから、これを家族がやるだけで本人には大きな助けです。
共感は、プラスα、自分に余裕があるときに限定しても大丈夫なのです。
②相手に伝えて理解してもらう
共感のし過ぎによって自分も辛くなってしまった時は、それを相手に伝えることも必要です。
例えば「上司から叱責されて辛い」という話を繰り返し聞いていると、自分自身の体験と重ね合わせてしまうこともあります。
相手の辛さに共感しながら、自分の辛い体験も呼び覚ましてしまいます。
相手のためだから、と無理に聞き続けるとストレスが溜まる一方です。
相手に共感しながら居心地が悪くなったりイライラしたり頭痛や腹痛など体に異変が起きたら、それは自分のSOSです。
「その話は聞いていて辛いから、今日はそこまでにしてもらっていいかな」
と、自分の辛さを相手に伝え、理解してもらいましょう。
③どうしても共感が辛い時は物理的に離れる
最初にお話したように、特に会話は無くても相手の表情やしぐさのような「非言語情報」からも感情を読み取ってしまうのが人間の脳の仕組みです。
相手から発されるネガティブ感情が辛い時は、物理的に離れましょう。
- 隣の部屋に移動する
- イヤホンで音楽を聴いたり映画を見たりする
- 別の用事(家事、外出など)をする
などはいかがでしょうか。
5.すぐできる共感しすぎ防止策 3選
①情報の遮断
共感は、目の前にいる人物に対してだけではありません。
多いのは事故や災害のニュースに対して過度に共感してしまうケースです。
インターネットもテレビも新聞も、基本的にショッキングで目立つニュースを優先して流します。ドラマを見ていても何かあればニュース速報が表示されます。
心が疲れている時は情報発信する媒体(スマホ、テレビ、パソコン、電話、新聞、雑誌等)から離れましょう
②歩く
歩くことで、まずは脳の血流を促進されます。認知機能を改善し、集中力や注意力が向上します。
そして体内のストレスホルモン(コルチゾールなど)のレベルを下げ、リラックス感をもたらします。自然の中を歩くことは特に有効で、緑の景色や新鮮な空気はストレスを和らげる助けになります。
また、歩く=運動ですよね。運動は自己肯定感を向上させます。歩くことで身体の調子が良くなり、それが心理的な健康感につながることがあります。
歩く動作に集中すれば、マインドフルネス効果も期待できます。
他者に共感しすぎて自分が置き去りになってしまったとき、お散歩して自分自身を取り戻しましょう。
③睡眠を守る
寝ることは毎日やっていることですが、意識しないと「横になっている」だけになります。
横になることで体の疲れは取れますが、脳の疲労は回復しません。
そして脳の疲労はそのままメンタル疲労に繋がります。
1日6~8時間、熟睡感を得らえる睡眠を確保しましょう。
「昨日ちゃんと寝られなかったな」と思ったら、翌日は誰かに共感するの控えましょう。
けいぜん庵コラム「精神障害者の家族が抱える問題」
6.まとめ
◆ネガティブな感情を読み取るだけで人は共感する
◆共感しすぎると自分自身が置き去りになる
◆共感しすぎないためには、自分のキャパシティと役割をしり、相手との境界線を引く
◆自分の辛さを相手に理解してもらうコミュニケーションも必要
◆基本的な生活習慣を守ることで、共感しすぎから自分を守ることが出来る
家族とはいえ自分自身ではない他者です。
そばにいても自分以外の誰かの感情をどうにかすることは出来ませんし、共感しすぎて自分もネガティブになっている状態で他者をケアすることは難しいです。
自分と相手を一旦分けて考えて、自分自身に余裕を取り戻し、出来るケアを提供する中で更に余裕が生まれれば、家族のネガティブな感情にただ共鳴するだけではなく、繋がり合うことによる関係の強化を感じられるようになるでしょう。
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