「負けるが勝ち」のうつ家族生活

西岡惠美子

西岡惠美子

テーマ:ケアラー支援

「負けるが勝ち」のうつ家族生活
負けるが勝ち、ということわざがありますが、うつ病の人と暮らしているとこれがしょっちゅう頭をよぎります。
うつ病家族の心得として、どんな時に適用できるでしょうか。

1.ことわざの意味

「負けるが勝ち」とは、一時は相手に勝ちを譲り、しいて争わないのが、結局は勝利をもたらすということ。(goo)

うつ病の人と家族がケンカになったと想定します。
その時、うつ病の「人」に「勝った」と思っても、実はそのあとが怖い。
ケンカや勝負の内容にもよりますが、

  • 症状の再燃、悪化
  • 家族間の関係悪化
  • うつ病の療養放棄

につながりかねません。それは「仕返し」などではないでしょう。モチベーションややる気がガクンと落ちてしまうせいだと思います。

2.なんの勝負をしているのか

そもそも、何について「勝ち負け」を争っているのか、を考えてみましょう。
誰かとケンカや論争、議論になるのは、二者以上の意見が食い違ったり対立するときです。

何について食い違っているのでしょうか。
家族なら、全面的に何もかもが食い違う、という状況は考えづらいです。
双方の言い分の7割くらいは問題ないのに、残りの3割に納得がいかない、のような状況が多いのではないでしょうか。

その3割が問題です。

話し合いで合意可能なもの
話し合ったところで合意できないもの

があるでしょう。
「合意できないもの」とは、例えば個人の信念・信条だったり、性格だったり、その場にいない第三者、多くはそれぞれの実家族に対する攻撃だったりします。

「勝負」の中身を精査していくと、「絶対に負けられないポイント」というのは、割合的にはそんなに多くないかもしれません。

3.勝ち負けを決めるにはルールが必要

勝負の世界、というと、ゲームやスポーツなどが思い浮かびます。
これは明確なルールがあり、それを公平に判断する審判がいます。
だから勝つか負けるかが大事であり、負けたとしても、悔しいかもしれませんが「次また頑張ろう」と切り替えることが比較的容易です。

しかし人対人のケンカや論争の場には、ルールは存在しません。
どちらか片方が一方的にルールだと思っているものがあるかもしれませんが、もう片方がそれを承知していないならルールとは呼べません。

ルールもなく、どんな状態が「勝ち」なのか分からない中で「勝った」「負けた」をどうやって決めるのでしょうか。

決められませんね。際限がありません。ずっと続きます。勝ちたい、と思っている人が勝ちを実感できるまで。

勝ったところで、メリットは何でしょうか。
一瞬すっきりするだけではないでしょうか。
すっきり出来たのはいいですが、そのあとで<1>のような「ぶり返し」がやってくるのです。
むしろ家族側が勝ってしまったほうが、デメリットが大きいのです。

4.負けの意味、メリット

では、ルールがない場での「負け」とは何でしょうか。
一般的には、「負け」とはマイナスな表現として使われますよね。
敗れる、失う、損なう、無くす、劣る、及ばない、下になる。

しかしこれもまた、ひっくり返すと違う意味にも受け取れます。
引く、譲る、受け入れる、与える、知る、手放す。

ルールもなければ公平な審判もいないのですから、「勝った」と思えば勝ちです。
その場では「負け」を取って引き下がることで、本来の目的を果たすことが出来るかもしれません。

相手の真意、本当にやりたいと思っていること、普段は言わない本音。

そうしたものを引き出せたことが「収穫」なら、勝ちも負けもどちらでもいいのではないでしょうか。

5.うつ家族にとっての「勝ち」とは

よく似た諺で「名を捨てて実を取る」というものがあります。

「体裁・名誉などを犠牲にしても、実質的な利益を得るほうを選ぶ」(goo)

という意味です。

負ける=相手に譲って一歩引くことで、勝負の輪から外れることが出来ます。
すると、それまで何を争っていたのか、を冷静に観察することが出来ます。
そこに気づきが生まれます。

すれ違っただけの一時的な関係ではない、「家族」という永続的な関係性の中で、勝ち負けを決めることにあまり意味はありません。
うつ病の人が含まれる場合はなおさらです。

大事なのは自分の言い分を認めさせることではなく、うつ病と共存しながら生活を安定させることです。

うつ病の人との勝負は、その場は譲ることで「生活の安定」という「実」を取りましょう。
それはうつ病という病気への「勝ち」の第一歩でもあるのです。

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