働き方:リスキリング・アップスキリングしよう:ご自身の未来のために

小川芳夫

小川芳夫

テーマ:働き方

このコラムはビジネスパーソンの方々を対象に書いています。

このコラムでは、日経ビジネス2023年8月21日号の特集『残念なリスキリング』を参照しながら、リスキリングとアップスキリングについて考えます。

このコラムを読んでくださっている方、ご自身のためにリスキリングやアップスキリングしようという提案です。

まず、リスキリングとアップスキリングの言葉の確認から始めましょう。

リスキリング(Reskilling)は、異なる職務に就くために企業が従業員に新しいスキルを習得させることです。

アップスキリング(Upskilling)は、企業が従業員に現職のステップアップにつながるスキルを習得させることです。今の仕事をより良く遂行するために、例えば効率を上げるためのスキルを習得することです。例えば、人材不足でも業務を回せるよう、生産性向上に向けたアップスキルも求められると思います。

  1. 最初に、日本はまだリスキリング制度が定着していない という内容を書きます。
  2. 次に、どのようなアプローチで対応すべきなのか、という内容を書きます。
  3. 最後に、具体的に計画を立てることの重要性を書きます。


私は、ファシリテーションを核としたコンサルティング・サービスを営んでいる個人事業主です。屋号を BTFコンサルティングといいます。BTF は Business Transformation with Facilitation の頭文字をとりました。トランスフォーマーという映画をご存知の方がいらっしゃると思います。クルマがロボットに変身したり、ロボットがクルマに変身したりする映画です。トランスフォーメーション(transformation)とは変身させることです。ビジネス・トランスフォーメーションとはビジネスを変身させてしまうことです。ビジネス変革とも言われています。「ファシリテーションを活用してビジネス変革を実現して欲しい、そのために貢献したい」と考え、この屋号にしました。

ファシリテーション(Facilitation)。「人と人が議論し合意形成をする。この活動が容易にできるように支援し、うまく合意形成できるようにする。」これを実現するためにはどうしたら良いのかという課題を科学的に考え、試行錯誤を繰り返しながら作りあげられた手法、これがファシリテーションです。ファシリテーションをする人をファシリテーター(facilitator)と言います。

このコラムは次の3つの章で構成します。10分程度で読める量です。



1. 日本はまだリスキリング制度が定着していない

この章では、日経ビジネスの『残念なリスキリング』が指摘している5つの勘違いを中心に、日本はまだリスキリング制度が定着していない、という課題について書きます。

5つの勘違い:1-中高年がするものだ

ある企業のリスキリング制度として、2020年から50歳以上の社員を対象にオンライン教材を導入したという失敗事例が載っていました。当初は対象者の7割が利用していたが、半年後には1割を切り、大半が1年以内に学習をやめてしまったそうです。

40代以下の若手層は新素材の開発プロジェクトなどの新事業で忙しいことを理由に、リスキリング制度の対象外としたそうです。

リスキリングやアップスキリングは、経営戦略を実現する為に、働くすべての従業員が対象となるべきです。

経産省の『未来人材ビジョン』では、「企業は人に投資せず、個人も学ばない」と課題を指摘しています。

日経ビジネスは、ビジネスパーソンが学ばないことは「年功序列・終身雇用といった仕組みに支えられてきた日本の雇用システムならではの課題だ」と指摘しています。

年功序列・終身雇用はここ数年で変化しているように私は感じています。転職する人は増えていると感じますし、学ばない姿勢の転換期にきていると思います。


5つの勘違い:2-DXについて学ものだ

ある企業では、デジタル・トランスフォーメーション(DX)に全社的に取り組むよう号令がかかったそうです。30代営業職の方は会社の指示でITスキルの勉強をしたそうです。具体的には、講習会に参加し、参考書も経費で購入し、9ヶ月で100時間以上勉強したそうです。その後2年が経過したものの、学んだことを仕事に活かせていないそうです。担当する業務に変更はなく、これまで通り営業職を続けているそうです。

100時間以上の時間を投資したのに、もったいない話です。これも失敗事例と言えるでしょう。

日本企業の間では「リスキング=DXについて学ぶもの」という発想が根強い、と指摘しています。

コロナ禍を経験し、日本のデジタル化の遅れが見える化されてしまったこともあるのかもしれませんね。ITやDXに関するスキルだけがリスキリング・アップスキリングの対象ではありません。

仕事をするスキルをアップスキルすることも大切です。

例えば、自分の考えを伝えるコミュニケーション・スキルやプレゼン・スキルも大切でしょう。チームビルディング・スキルは、関係者を巻き込んでチームとしてプロジェクトを進めるために大切でしょう。議論の質を高めるためにファシリテーション・スキルも大切でしょう。


5つの勘違い:3-人事部に任せればよい

日経ビジネスが取材した有識者のほぼ全員が、リスキリングは人事部がやればいいと考えている企業は想定以上に多い、と語ったそうです。4割以上の企業が人事部に丸投げ、との見立てもあったそうです。

「経営ビジョンや人材ニーズが明確でないまま育成に取り組んでしまっている」と指摘しています。

「企業として将来こうありたい」という経営戦略があって、「将来こういう人材が必要になる」という人材ニーズが明確になると思う私にとって、この勘違いはマズいと思います。


5つの勘違い:4-就業時間外にするものだ

日経ビジネスが実施したアンケートによれば、リスキリング制度がある企業に勤務していて、その制度に参加したことがない人に心配な点を尋ねると、49.5%が自分の業務時間の圧迫やリスキリングのための時間が捻出できるかという点が不安だと回答したそうです。

「リスキリングは会社が社員に新たなスキル習得を促すものであるならば、業務の一環として取り組むべきものだ」と指摘しています。

私の経験から言うと、どう時間を捻出するかという問題は、大きな課題だと思います。
私は業務時間内の数パーセントの時間を、リスキリングやアップスキリングに充てる施策を打つべきだと考えます。毎日数パーセントでもいいし、まとまった時間を取れそうな日に纏めても良いでしょう。経営戦略を実現するための先行投資と捉え、業務としてリスキリングやアップスキリングの時間を作るべきだと思います。


5つの勘違い:5-優秀な社員がいなくなる

「労働市場で必要とされるスキルを企業負担で身に付けさせても、社員がより良い待遇を求めて転職すると恐れている」と指摘しています。

ある調査によると、「会社での研修や学びは仕事やキャリアに生かされている」「会社の学びの支援に満足している」と回答した人ほど、その会社の一員であることを「強く誇りに思う」傾向にあったそうです。



2. どのようなアプローチで対応すべきなのか

1章ではリスキリングの勘違いを5つ挙げました。リスキリングとアップスキリングの課題と言えると思います。

この章では、どのようなアプローチで対応すべきなのかを考えます。

一番大切なことは、リスキリング・アップスキリングの目的を明確にすることです。従業員に、何を学ばせ何を目指すのかを明確にすることです。

企業には「企業として将来こうありたい」という経営戦略があるので、「将来こういう人材が必要になる」という人材ニーズが明確になります。会社目線ですね。

従業員には「自分は将来こうなりたい」「将来あの人のようになりたい」という欲求があるはずです。個人目線ですね。

企業の人材ニーズと、個人の欲求が合致することが必要だと思います。完全に合致することは難しいかもしれませんが、ベクトルが同じ方向を向いていて、企業の人材ニーズと個人の欲求がどこかで交わるところはあるのではないでしょうか。

「将来こうなりたい」「将来あの人のようになりたい」という欲求がない従業員にはキャリアパスを設計するための支援が必要かもしれません。例えば、ワークショップを開催して、同僚や先輩・後輩との対話を通して刺激や気付きを得ながら、自分のキャリアについて考える機会を持つことは有効だと思います。キーポイントは、企業からの一方的な押し付けではなく、従業員が納得しながら、自分のキャリアを考えることです。

リスキリングとアップスキリングは、経営戦略を実現するための先行投資であり、従業員のキャリアパスを実現するための先行投資です。

現状を把握し、なりたい未来とのギャップを見える化し、ギャップを埋めるための計画を立てる必要があります。

日経ビジネスでは、事例としてIBM社の事例が載っていました。簡単に要約します。

  1. スキルの把握:今の自分のスキルを見える化する
  2. キャリアパスの設計:目指す未来とのギャップを把握し、獲得するスキルの計画を立てる
  3. メンター決定:自分が描くキャリアパスと似ている従業員をIBM社内のツールを使って探し、メンター依頼をし、メンターとなってもらう
  4. 学習:IBM社内のツールを使って、学習コンテンツを探したり、ツールから提案してもらい、学習する
  5. スキル認定:スキルを獲得した証としてのバッジを獲得する


自分がなりたい未来を描き、その未来に向かって活動することは、日々の行動への動機付けに繋がるはずです。従業員体験(Employee Experience、EXやEEと略されることがある)の価値を高めることに繋がるはずです。

企業にとって、必要な人材の要件を明確にすることが必要です。その要件をスキルで表現することが必要です。そして、社員を必要なスキルレベルに育成することが必要です。

スキルレベルとは、あるひとりの従業員について、特定のスキルについて、仕事を遂行する上で、どのレベルにあるのかを表現するものです。

例として、アメリカの NIH(National Institutes of Health)の定義を参照します。
具体的には、"Competencies Proficiency Scale" を参照します。なぜ NIH のものを参照したのかというと、専門家のものであり、具体的であり、公開されているからです。

レベル1:基礎的な知識がある

当該スキルについて基礎的な知識がある。研修に参加したレベル
次のスキルレベルになるためには、より学んだり実務で経験する必要がある。

レベル2:初心者(限定的な経験がある)

当該スキルに関する研修に参加したり、研修生的に実務に携わった経験がある。業務遂行には誰かの助けが必要。
次のスキルレベルになるためには、実務を通して経験を積む必要がある。

レベル3:中級(実務経験がある)

実務を遂行することができる。
時々エキスパートの助けを必要とすることもあるが、大抵は自律して遂行できる。
次のスキルレベルになるためには、実務を通してスキルを研鑽し、誰かの助けをもらうことを少なくするようにする必要がある。

レベル4:上級

誰の助けも借りずに自律して実務を遂行することができる。
プロジェクトが困難な状況になったり、難しい問いが出てきたときに、チーム内で「◯◯さんに聞こう」というような頼りになる人。
次のスキルレベルになるためには、組織間を跨ぐような、専門性が要求されるような課題に取り組み、実践的なアイデアや視点を持ち課題解決し、スキルを研鑽する必要がある。また、他の人を指導することも、スキル研鑽に役立つ。

レベル5:エキスパート(第一人者)

当該スキルに関して、エキスパートとして知られている。
困難な課題に対して、助言したり、課題解決することができる。
組織を越えて、困ったときの頼りになる人。


研修を受講した直後のレベルはレベル1であり、学んだ内容を実務を経験しながら研鑽し、スキルレベルを上げていくことになります。


3. 具体的に計画を立てることの重要性

2章では、1章で取り上げたリスキリングとアップスキリングの課題に対して、どのようなアプローチで対応すべきなのかを考えました。

この章では、具体的に計画を立てることの重要性について考えます。

企業には「企業として将来こうありたい」という経営戦略があり、その経営戦略に沿った形で「将来こういう人材が必要になる」という人材ニーズが出てきます。

具体的に話を進めるために、スキルマトリックスを取り上げます。

経営戦略を実現するためには、どんなスキルを持った人(スキルとスキルレベルの組み合わせ)が何人必要なのか、を具体的に出すべきです。経営戦略を、部単位に落とし込み、部の戦略を課単位に落とし込み、ということをすることにより、課内のチーム単位での戦略に落とし込むことができるはずです。

リスキリング・アップスキリングの計画を立てることは、経営戦略を実現するための計画そのものなのです。

Indeed社が、2020年4月15日に出した "Skills Matrix: Definition, Benefits and How To Create One" が参考になると思います。このサイトを参照しながら、一部加筆しながら話を進めることにします。

2章で説明したスキルレベルをリストします。

  • レベル1:基礎的な知識がある
  • レベル2:初心者(限定的な経験がある)
  • レベル3:中級(実務経験がある)
  • レベル4:上級
  • レベル5:エキスパート(第一人者)



下表がスキルマトリックスです。
「現状のスキルレベル/6ヶ月後に目指すスキルレベル」で表記します。-はスキルを保持していないことを表します。

チームメンバーデータ分析プロジェクト管理マーケティングカスタマー・サービスコンピュータ・システム
Aさん4/42/33/33/32/3
Bさん2/33/3-/13/34/4
Cさん2/23/42/22/23/3
Dさん2/23/33/42/24/5
Eさん3/32/32/23/42/2


このチームは5名で構成されていて、経営戦略実現のためのチームの戦略を実現するためには、下記の強化を6ヶ月間で実現する必要があるということを表しています。

  • データ分析のスキルについて、上級者を1人(1人→1人)、中級者を2人(1人→2人)、初心者を2人(2人→2人)にする
  • プロジェクト管理のスキルについて、上級者を1人(0人→1人)、中級者を4人(3人→4人)にする
  • マーケティングのスキルについて、上級者を1人(0人→1人)、中級者を1人(2人→1人)、初心者を2人(2人→2人)、基礎的な知識を持つ人を1人(0人→1人)にする
  • カスタマー・サービスのスキルについて、上級者を1人(0人→1人)、中級者を2人(3人→2人)、初心者を2人(2人→2人)にする
  • コンピュータ・システムのスキルについて、エキスパートを1人(0人→1人)、上級者を1人(2人→1人)、中級者を2人(1人→2人)、初心者を1人(2人→1人)にする


データ分析について見ると、Bさんは現状スキル2:初心者(限定的な経験がある)で、6ヶ月間にレベル3:中級者(実務経験がある)にする。他の人は現状維持ということです。今まで限定的な経験をしてきたBさんが、実務経験がある(実務を遂行することができる)レベルになるためには、実務でのデータ分析を今まで以上にたくさん行い、経験値やノウハウを獲得する必要があるでしょう。Aさんが上級者ですから、必要に応じてAさんのアドバイスも得ながら研鑽を積むことが求められます

Bさんがデータ分析のスキルレベルを1つ上げることは、Bさんの意志と合致することが必要です。そうすることで、実務でのデータ分析経験を積むことの動機付けになるからです。実務でのデータ分析を研鑽していると、自分の足りない点に気付き、それを埋めるために勉強したり研修に出席したくなったりするかもしれません。自分でなりたい自分になる為に。

ここでは「データ分析」と粒度の荒いスキル項目を例に出しました。もっと粒度を細かくしないと、具体的にならないかもしれません。
具体的に研鑽計画を立てることができる粒度にする必要があります。そうしないと、具体的に何をしたら良いのか明確にならないからです。

Indeed社の記事にはスキルマトリックスを使う理由が5点挙げられています。

  • チームが活動するのに必要なスキルの概要をチームに示す
  • チームメンバーにスキルを意識させる
  • スキルの観点からチームの弱みが明確になる
  • スキルの観点から組織としてどの領域の能力を開発するべきかが明確になる
  • どんなスキルを持った人材を新しくチームに採用すべきかが明確になる


スキルマトリックスは、チームの能力を高め、生産性をあげることができる、としています。

個々のメンバーのスキルレベルの測定方法は、チームによっていろいろ分かれるでしょう。そもそも、スキルマトリックスをどこまでオープンにするのかに悩むチームがあるかもしれません。特に、今までこのようなことをしたことがない場合は。

Indeed社は、スキルマトリックスはチーム全員で共有すべきである、としています。
マネージャーが管理目的で使うものではありません。
経営戦略を実現する為にチーム全員でスキル情報を共有し、チームが達成すべきリスキリンングやアップスキリングを全員で考える為に使うものです。

私は、各メンバーのスキルレベルはチームリーダーが勝手に決めてしまうようなものではない、と考えます。そもそも、例えば、チームリーダーはプロジェクト管理のことは詳しいが、データサイエンス的なデータ分析については良く知らない、などということはあり得ます。良く知らないスキルに関してスキルレベルを正しく判断することは困難でしょう。

個々のメンバーに自分のスキルレベルを聞く方法もあるでしょうし、その人以外のチームメンバーに、その人のスキルレベルを聞く方法もあるでしょう。

ところで、スキルマトリックスを作成することは、チームメンバーのポータビリティーを高めることにもつながります。一人ひとりを共通のスキルレベルで、「◯◯できる人」という観点で見える化しているので、社内人材募集をする時や、異動希望する時など、スキルマッチングがしやすくなります。

1章では、仕事をするスキルをアップスキルすることも大切だと書きました。
例えば、自分の考えを伝えるコミュニケーション・スキルやプレゼン・スキルも大切でしょう。チームビルディング・スキルは、関係者を巻き込んでチームとしてプロジェクトを進めるために大切でしょう。議論の質を高めるためにファシリテーション・スキルも大切でしょう。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。
 
 
 

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小川芳夫
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小川芳夫(ファシリテーター)

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小川芳夫プロは朝日新聞が厳正なる審査をした登録専門家です

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