第28回 商標「フランク三浦」事件の意味するところ
U氏が商標の先取り出願をしたことにより、ピコ太郎は「PPAP」が使えなくなるのかということが話題になっているが、青森県にもU氏の商標の先取り出願により混乱を受けた被害例がある。しかし、U氏が2014~2016年に出願した46,812件のうち、現在32,902件(約70%)が特許庁により逐次駆除されつつあり、いずれU氏のビジネスモデルは完全に破綻するであろう。このため、ピコ太郎の歌手活動にU氏の商標出願は何の影響も与えないと思われ、ピコ太郎以外の混乱を受けた先取り出願による他の被害者等も順次登録できる見込みである。
だが、U氏の行為は我が国の企業のビジネス戦略に警告を与えている。問題は中国の商標の先取り出願にどのように対抗するかという知財戦略である。中国でも既に、2016年10月、11月に、5件のPPAPの商標出願が認められる。こちらは登録まで進んでしまう可能性がある。
我が国の商標戦略は中国、インド、ブラジル、韓国等に比して遅れているということを十分に認識すべきである。
§1 商標権の発生には特許庁による審査が必要である
§2 U氏は迷惑行為を直ちにやめるべきである
§3 U氏は無駄な出願であることが分かっているはずである。
§4 問題は中国である
§1 商標権の発生には特許庁による審査が必要である
商標権の発生には図1に示すような特許庁による審査が必要である。特許庁の審査官が実体審査の結果として登録査定をし、その後、登録料を納めるという手続を経て、特許庁に登録されて、始めて商標権の効力が発生する。
【図1】特許庁における商標出願の審査の手順
ピコ太郎さんの「ペンパイナッポーアッポーペン」が2件、「ペンパイナッポー」が3件、PPAPが3件、ピコ太郎さんとはまったく関係のないベストライセンス株式会社(代表上U氏)によって、2016年の10月~11月に商標登録出願されている。
これらのピコ太郎さんに関連した商標は、「審査待ち」というより、特許庁による「駆除待ち」の段階というのが正しい。ベストライセンス株式会社の代表のU氏は、弁理士法第24条第1項第5号に該当するに至った為、2013年に弁理士登録(登録番号10625)を抹消されている。
弁理士法第24条第1項第5号には、弁理士が弁理士法第61条に該当する場合には、日本弁理士会は、その登録を抹消しなければならない旨定められている。そして、弁理士法第61条(弁理士会の退会処分)には、以下のように規定されている:
弁理士会は、経済産業大臣の認可を受けて、弁理士会の秩序又は信用を害する
おそれのある会員を退会させることができる。
このようにU氏は「弁理士会の秩序又は信用を害するおそれのある会員」として、弁理士法の規定による退会の処分を受けた後の2014年頃から表1のように大量の商標出願をしているが、その殆どは登録されず、駆除されつつある。
【表1】公開商標情報とJ-PlatPatから読めるU氏の商標出願の駆除状況
(出願件数のデータは株式会社 root ipが運営している「知財ラボ」のデータによる)
2014年のU氏の商標出願6376件はすべて駆除され、特許庁(独立行政法人工業所有権情報・研修館)の検索サイトJ-PlatPatの審査待ちの商標出願の情報としては存在していない。2015年のU氏の商標出願6656件は、2件を残して他の商標出願はすべて駆除され、2015年のベストライセンス株式会社からの商標出願8130件はすべて駆除された。
2016年出願分については、約半数以上が駆除されつつあるが、この中にピコ太郎さんのPPAP等が含まれている。しかし、まもなく特許庁によって、ピコ太郎さんに関連した商標駆除されるのは時間の問題である。
§2 U氏は迷惑行為を直ちにやめるべきである
2015年のデータでは商標出願第2015-075489号と商標出願第2015-092058号の2件の商標出願が姑息な手段で生き伸びている。J-PlatPatで検索すると図2のような経緯が分かるが、例えば商標出願第2015-075489号は、その元は2014年3月18日出願の商標出願第2014-20555号である。
そして図2に示すように、第1世代の分割出願(子)が1件、この第1世代の分割出願を親とする第2世代の分割出願(孫)が2件あり、この第2世代の分割出願を親とする第3世代の分割出願(ひ孫)が3件ある内の一つが、2015年のデータで審査継続中で残っている商標出願第2015-07548号である。商標出願第2015-07548号に対して2017年1月6日発送日で拒絶査定が出ているのでまもなく消滅すると思われる。
しかし、商標出願第2015-07548号を親とする第4世代の分割出願(玄孫)が3件出され、第3世代の分割出願を親とする第4世代の分割出願(玄孫)が全部で5件出願されている。更に、この第4世代の分割出願を親とする第5世代の分割出願(来孫)が5件もされている。親の商標出願が拒絶されても、子や孫によって戦おうという姿勢で、特許庁の審査を妨害している。
【図2】U氏の姑息な分割出願戦術の例(出典:J-PlatPat)
U氏は2013年頃より(独)工業所有権情報・研修館の旧検索サイトの名称IPDL及びこれに類似する名称を、上記のような分割出願等を含めて17件も商標出願をいた。IPDLと等価な「特許電子図書館」も類似する名称を含めて11件も商標出願されていた。そして、それらは一旦駆除されたが、やはり図3に示すように、未だ分割出願で生き残っている。
【図3】U氏の姑息な分割出願戦術でIPDLの商標出願も未だ生き残っている
(出典:J-PlatPat)
現在の検索サイトJ-PlatPatの商標は、独立行政法人工業所有権情報・研修館が、2014年8月20日に出願して、登録されている。ところが、このJ-PlatPatの商標についても、U氏はその直後の2014年9月10日に商標出願第2014-073188号を出願している。この商標出願第2014-073188号は駆除された。しかし、分割出願で4世代目の商標出願第2016-112883号が未だ生き残っており、無駄な抵抗をしている。
§3 U氏は無駄な出願であることが分かっているはずである。
弁理士登録時に5件の商標登録がU氏に許可されているが、弁理士登録が抹消された後、表1に示したように、我が国の出願件数の1割となる大量出願をしたのにも関わらず、登録抹消直後の2013年に出願した2件しか登録されていない。この2件は、名義変更され、現在はベストライセンス株式会社の登録商標に移管されている。
U氏は2010年頃から2014年頃まで大阪でベストフレンド弁理士試験受験ゼミナール解説講師をし、ベストフレンド知的財産検定対策ゼミナールも開設していたようである。なお、「Best Friend」は、「弁理士資格取得講座における教授」等を指定役務とするU氏の5件の登録商標の一つである(商標登録第5610323号)。
特許庁は、2016年5月17日付けにて、以下のような注意書きを出している:
最近、一部の出願人の方から他人の商標の先取りとなるような出願などの商標登録出願が
大量に行われています。しかも、これらのほとんどが出願手数料の支払いのない手続上の
瑕疵のある出願となっています。
特許庁では、このような出願については、出願の日から一定の期間は要するものの、出願の
却下処分を行っています。
また、仮に出願手数料の支払いがあった場合でも、出願された商標が、出願人の業務に
係る商品・役務について使用するものでない場合(商標法第3条第1項柱書)や、他人の
著名な商標の先取りとなるような出願や第三者の公益的なマークの出願である等の場合
(同法第4条第1項各号)には、商標登録されることはありません。
したがいまして、仮にご自身の商標について、このような出願が他人からなされていた
としても、ご自身の商標登録を断念する等の対応をされることのないようご注意ください。
なお、これらの出願についても、出願公開公報やJ-PlatPatにて公表されますが、
当該情報はあくまでも商標登録出願がなされたという情報の提供であり、これらの出願
に係る商標が商標登録されたことを示すものではありません。
世界的に著名なPPAPが商標登録されることがないことは、弁理士資格取得講座の教授をしていたU氏が十分に理解しているはずである。
2006年頃、トリノ五輪で荒川静香さんが見せた「イナバウアー」を商標登録したいとの商標登録出願が複数の企業等から13件あったが、すべて認められていない。ただし、「イネバウアー」や「イナパゥアー」等は指定商品が化学品等やサプリメント等であり、誤認混同を生じる恐れがないため、登録されている。
PPAPが日本で商標登録される確率は限りなく0%に近い。
§4 問題は中国である
日本ではU氏の商標出願を日本国特許庁が駆除してくれているが、中国では日本の商標の先取りとなるような出願や都道府県名や市町村名が出願され、登録されてしまっているケースが多数ある。U氏のビジネスモデルは中国のビジネスモデルを真似している可能性がある。
2017年2月の時点で中国商標局のウェブサイトで検索すると、2016年10月、11月に、5件のPPAPの商標出願が既に出されていることが認められる。泉州市、北京 杭州から出願されている。出願日からみて、ピコ太郎のPPAPが世界的大ヒット曲となってから、中国で第三者に先取り出願された可能性があるかと推測できる。こちらは登録されてしまう可能性があるのでやっかいである。、中国商標局のデータベースは最近の3ヶ月~6ヶ月に出願された商標のデータがに入力されていない可能性があるので、実際には、更に多数のPPAPが出願されている可能性がある。
2014年の流行語「壁ドン」(相応する中国語:壁咚)や2015年の流行語「爆買い」(相応する中国語:爆买)も、中国では多数出願されている。中国では日本で話題になった商品や言葉などの商標が先取り出願される傾向にある。このため、中国に輸出を計画している企業は早めに中国での商標権を取得する必要がある。
例えば、中国では日本産の米は、中国産に比べ20倍以上の値段で売れる高級品(贅沢品)であるので、既に図4に示すようにいくつかの銘柄は中国に商標の先取りされている。
【図4】 日本の有名な銘柄は中国に商標の先取りをされている
U氏の稚拙なビジネスモデルは破綻しているが、中国に商標の先取りをされた場合は、,日本の企業が中国に輸出が出来なくなる等の実害が発生する可能性が高い。
既にこのコラムの第16回(BRICSの後塵を拝している我が国の知財マネジメントの問題点)の図2に示したとおり、我が国の商標出願件数は、ブラジル(世界第4位)やインド(世界第3位)よりも商標出願が少なく、5位の韓国のさらに下位に位置する。
http://mbp-japan.com/aomori/soh-vehe/column/900/
中国の2016年の1年間の商標登録出願件数は、370万件である(中国国家工商行政管理総局2017年2月7日発表)。これは、なんと、我が国の37倍である。中国の商標登録の状況には世界中が被害を受けている。
実は、第45代米国大統領ドナルド・ジョン・トランプ(Donald John Trump)氏は、2006年の12月に不動産関連の商標「TRUMP」を中国商標局に出願したが、すでに董偉(ドン・ウェイ Dong Wei)という人物が建設分野で2週間前に先取り出願をしていた。
約10年の争いの後、2016年11月13日になって、中国国家工商行政管理総局がトランプ氏の「TRUMP」が初期審査を通過したと発表している。中国の商標出願の動向に常に注意している必要がある。U氏より怖いのは中国である。
辨理士・技術コンサルタント(工学博士 IEEE Life member)鈴木壯兵衞でした。
そうべえ国際特許事務所ホームページ http://www.soh-vehe.jp